エクス・マキナ (アレックス・ガーランド監督 / 原題 : Ex Machina)

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最近、報道で AI (Artificial Intelligence = 人工知能) が取り扱われる機会が増えて来ている。やれチェスで人間に勝っただの、展示会で新製品が発表されただの、老齢者が大半を占めるようになる今後の大きな課題であるだの。ある朝、NHK のニュースを見ていたら、今後考えるべき AI に関する問題として、廃棄されたロボットが権利を主張することになる可能性だと解説されていたのを聞いて、ガハハと大声で笑ってしまったのであるが、現在の AI の特徴は、自らが考える能力を備えていること。であれば、お役御免で廃棄されたり、3K労働を強制されたということで人間に対する恨みを抱くロボットという、まさに古くからあるSF的テーマ、いや、SFという分野が成立したまさにその時からある古典的テーマというべきか、それが現実の問題として発生するのはそう遠くないということであろうか。アイザック・アシモフのロボット三原則が国際機関によって明文化され、各国の選挙では立候補者がロボットとの関係に関する公約の内容で人気を競い合うようなことになるのだろうか。

この映画はまさにそのような AI の現状に基づいて作られたスリラーなのであるが、この「エクス・マキナ」とはいかなる意味か。実は、6月28日付の記事で採り上げた現代演劇界の鬼才、ロベール・ルパージュによる一人芝居「887」でも、冒頭に「これはエクス・マキナの制作によるものです」というセリフがあった。そのとき既にこの映画に目をつけていた私は、むむ、この言葉は時代のキーワードなのだろうかと、若干興奮気味になったことを白状しよう (笑)。実はこのエクス・マキナとは、ルパージュが経営するプロダクションの名前であるようだ。そしてこのラテン語の意味は、どうやら「機械による」というものらしく、"Deus Ex Machina" (機械仕掛けの神の意) とは、ギリシャ悲劇由来の演出技法のこと。舞台上で劇の内容が錯綜した際に、天から神が現れて解決するという手法を指すらしい。Wiki を見るとモーツァルトのオペラ「イドメネオ」のラストが例に挙がっている。なるほど、それなら同じモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」とか、さらに言うならヴェルディの「ドン・カルロ」などもそのデウス・エクス・マキナの例ではないのだろうか。

ともあれ、この映画のストーリーは、IT 企業で成功したワンマン社長が山奥にある自宅に抽選で選ばれた若い社員を招待し、このアンドロイド (名前を AVA = エヴァという) の人工知能が正常に機能しているか否かを試させるというもの。そのような行為をチューリング・テストというらしく、英国のアラン・チューリングという科学者に因んで名づけられている。この設定から分かる通り、これは、先日見た「10 クローバーフィールド・レーン」同様、完全な密室劇である。この映画、今年のアカデミー賞の視覚効果賞を受賞している。CGの駆使によっていかなる映像も可能になっている現在、このような賞を取るには、なんらか明確なコンセプトが必要で、それは映画の内容にも必然的に関係してくるものであると思う。つまり、人間とアンドロイドとが織り成す心理ドラマが成功しているがゆえの視覚効果賞受賞であろうと思う。このような密室のシーンの表現力。
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何より、この映画のポスターにおけるエヴァの表情に、何やら興味を惹かれるではないか。この複雑な役を素晴らしく演じた女優は、スウェーデン出身のアリシア・ヴィキャンデル。と書いてから自分で「あーっ」と声を挙げて思い出しているのだが、昨年12月2日の記事で私が大絶賛した、あのガイ・リッチーの「コードネーム U.N.C.L.E」に出ていた女優だ。なるほどそうだったか。その作品ではこんな感じであったが。
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彼女はルイ・ヴィトンの広告のモデルもやっているし、何より「リリーのすべて」で今年アカデミー賞助演女優賞を獲得しているのだ。
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ふと気づくと、冒頭から 4枚、同じ女優さんの写真ばかり続いてしまっていますね (笑)。せっかく AI 問題の社会性について論じていたのに、これではちょっと気が散ってしまうので、映画について少し論評すると、舞台となる社長宅の設定が山奥の緑深い場所であって、しかも水量豊富な川の流れに面しているので、本来あるべき閉塞感を発散させることができる解放感が時折画面に立ち現れ、それが映画に陰影とリズムを与えている。
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社長を演じるのはオスカー・アイザック。
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IT 業界の天才という設定なので、ひげもじゃの不気味な姿だが、どこかで聞いた名前だと思ったら、コーエン兄弟の「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」の主役であり、また、「スター・ウォーズ / フォースの覚醒」ではこんな役で出ていたと言えば、分かる人も多かろう。ウルグアイの出身だ。
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まあしかしこうして見ると、役者という職業はいろいろな人生の (ある場合は人間だけでなくアンドロイドであったりもするわけだが 笑) 様態を違った形で演じ分ける必要のある、大変な職業であることが分かりますな。そうなるともう一人気になるのは、主人公ケイレブを演じるドーナル・グリーソンだ。
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名前からアイルランド人であることは明らかだが、「ハリー・ポッター」シリーズにビル・ウィーズリー役で出ており、またやはり「スター・ウォーズ / フォースの覚醒」でも、ハックス将軍役として出ていたらしいし、「レヴェナント」にも出演していた由。いずれも残念ながらあまり記憶にないが、ここでの彼は、SE らしい冷静さ、したたかさと、一方で初々しさを感じさせる雰囲気のよさで、かなりの好印象を与える演技を披露している。さてそうなるともう一人、セリフのない役で出ている女優を紹介したい。
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ソノヤ・ミズノ。28歳の日系英国人だ。東京生まれ、英国育ち。幼時からロイヤル・バレエ団で研鑽を積み、モデルとしての経歴もある。今回は映画デビューとのことであるが、その目力はなかなかのものがある。この映画ではあまり意味があるとも思えない (?) ダンスシーンで能力の一部を発揮してはいたものの、ちゃんと英語もできるであろうから、次はセリフのある映画への出演を期待したい。

これらの役者のアンサンブルが織り成すスリラーは、展開も読みにくく、なかなか面白い。クライマックスにはそれほど驚愕するわけでもないが、かなりスマートな演出となっていて、見ていて嫌味がない。そうそう、主人公が最初に社長宅の入口を入ったところで流れている BGM は、シューベルトの最後のピアノ・ソナタ、第 21番だ。このブログでも、昨年12月14日のクリスティアン・ツィメルマンのリサイタルの記事で、対照的な2枚の写真を掲載してその曲の複雑な情緒について説明したが、この映画が密室に入って行く冒頭部分で、この不気味さを孕んだ静けさを表現するには最適の曲であったであろう。この場所及び同じBGMは、映画のラスト近くでももう一度出て来るが、その詳細はネタバレになるので避けるにして、両シーンで、この音楽の持つ深淵を感じて頂きたい。エンド・タイトルで確認すると、このシューベルトの演奏は巨匠アルフレート・ブレンデルの録音。また、劇中ほかの場面でやはりBGMとして、バッハの無伴奏チェロ組曲第1番が流れているが、こちらはヨーヨー・マの録音でしたよ。

ところでこの映画の脚本及び監督を手掛けたアレックス・ガーランドは、1970年生まれの英国人で、これが監督デビューであるとのこと。なかなかのセンスの持ち主であると思う。これまで小説や脚本を手掛けていて、ダニー・ボイルが映画化していたりするようだし、「わたしを離さないで」の脚本にも加わっていたらしい。今後期待の監督だ。
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このように見応え充分の映画であったが、さて、AI が人間を脅かす日は、本当に来るのであろうか。その点について考えていて、ふと思い立ったことがあった。あのスピルバーグが撮った、その名もずばりの「AI」という映画。今から 15年前、2001年の映画だ。主役を演じたのは、当時天才少年と言われたハーレイ・ジョエル・オスメント。その彼は、この「エクス・マキナ」に出ている二人の女優、アリシア・ヴィキャンデル及びソノヤ・ミズノと同じ1988年生まれで、未だ28歳。「AI」出演の頃の彼と最近の彼を、ちょっと比較してみよう。
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うーん。やはりあの時、つまり21世紀初頭の AI は偽物だったか (笑)。面影はないとは言わないが、人間は年を取るものであります。本物の AI との関係は、今後21世紀の半ばに向かう中で考えて行くべき問題なのであろう。

by yokohama7474 | 2016-07-04 01:22 | 映画 | Comments(0)