チョン・ミョンフン指揮 東京フィル 2016年7月21日 東京オペラシティコンサートホール

東京フィル(通称「東フィル」)の今月の指揮台には、同楽団の桂冠名誉指揮者、チョン・ミョンフンが立つ。既に7月の後半で夏季とはいえ、東京の音楽シーンは未だ活発かつ、暑い、いや、熱いのである。会場入り口に貼ってあるポスターはこんな感じ。アンディー・ウォーホルではありません(笑)。
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今回のチョンと東フィルの演奏会は合計4回。うち純然たる演奏会は、今日と、それから7月27日(水)にこのオケとしては珍しくミューザ川崎で開かれるものの2回。残りの2回は、オペラの演奏会形式上演だ。今回の演奏曲目は以下の通り。
 モーツァルト : 交響曲第40番ト短調K.550
 チャイコフスキー : 交響曲第4番ヘ短調作品36

モーツァルトとチャイコフスキーとは、若干取り合わせが悪そうにも思えるが、数年前に老巨匠ヘルベルト・ブロムシュテットが N 響を指揮してモーツァルトの3大交響曲(39~41番)と、チャイコフスキーの同じく3大交響曲(4~6番)を組み合わせた3回の定期演奏会を開いたこともある。この40番と4番という組み合わせは、そのときのN響の演奏会とは違っているが、実際に聴いてみると意外に座りがよいので驚いた。そして結果的には、現在のこのコンビがなしうる最高の成果とも思われるような、誠に素晴らしい演奏会となったのである。
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まずモーツァルトであるが、ドラマティックな音楽を身上とするチョンのレパートリーとしては、中心的な存在とはあまり考えられず、いかなる演奏になるのか大変興味があった。ただ、私のこれまでのチョンによるモーツァルト演奏は、自らピアノを弾きながら指揮した軽井沢でのピアノ協奏曲第23番だけであったが、(以前の記事でも少し触れたが)そのときは指が充分に回らずに本番中に一度オケを停めるというアクシデントがあったにもかからわず、全体としては大変美しい演奏であったので、今回も期待はあった。そして今回、冒頭のリズムの刻みからあの憂いを帯びたテーマが動き始めた瞬間、あぁなんと美しい音楽だろうと実感し、早くも演奏の水準の高さに聴き惚れることとなったのだ。東フィルの各楽器からは大変ニュアンス豊かな音が出ており、お互いの音に反応して表情を変えて行く。チョンはその音の流れを抑えすぎることなくリードし、節目節目では、ぐいっと水をかき分けるような動作で静と動を反転させる。昨今のモーツァルト演奏では、古楽の影響を無視することはできず、多くの演奏が透明感かつ歯切れの良さを重視して、音楽があまり情緒的に響かないように苦慮しているように思われる。しかるに今回のチョンと東フィルの演奏では、全楽章で繰り返し指示を守る点には原典主義の姿勢を感じさせたものの、ヴァイオリンの対抗配置は取ることはなく、何よりも音楽が雄弁で多彩、やせ細ったモーツァルトとは一線を画すものであった。聴いて行くうち、このような40番をどこかで以前に聴いたような気がしてきた。・・・そうだ。チョンの師匠であるカルロ・マリア・ジュリーニである。
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チョンのジュリーニへの深い尊敬は以前から様々な場で明らかにされているが(また、師がワーグナー演奏を生涯頑なに拒んだ点については、批判的な意見を隠さない)、音を聴いてそれを実感したことは、これまでにあまりなかったような気がする。ただ今回、もちろんテンポは晩年のジュリーニのように遅くないものの、音楽の練り方や進み方に共通するものを感じたので、帰宅して早速CDを取り出し、ところどころ聴き比べてみた。ジュリーニの40番には、壮年期のニュー・フィルハーモニア管を指揮したものと、晩年になってベルリン・フィルと録音したものがある。若い頃のジュリーニは、指揮棒を振り回すブンブンいう音が録音に入っているとまで言われた熱血的な指揮者で、晩年の深い音楽になじみのある日本の聴衆にとっては若干意外感があるが、この2種のジュリーニの録音を比べてみると、もちろんテンポは全く違うものの、意外と音の表情づけには近いものがあるように思う。そしてやはり、今回のチョンの演奏とも共通する、何かヒューマンなものがそこに一貫して通っている。もしかしたらチョン本人にはそんな意識はないかもしれないが、音楽とは人間の奏でるもの。師から弟子へ伝達されることが、時を超えて立ち現れることがあっても不思議ではない。ここで例によって話は飛ぶが(笑)、これはジュリーニが1982年にロサンゼルス・フィルと来日したときに私がもらったサイン。書き終えたあと、しっかりと目を見て微笑んでくれた巨匠の澄んだ瞳を、今でも忘れない。
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これを掲載したには意味がある。ジュリーニは1914年生まれだから、このとき68歳。現在のチョンは、既に63歳。ということは、この1982年時点の師匠と現在の弟子は、かなり近い年代ということになる。実はチョンはこのロス・フィルでジュリーニのアシスタントであったので、このときも随行していた可能性もあるのかもしれないと、勝手に考えてみるのも楽しい。このときジュリーニが日本で演奏したモーツァルトの交響曲は、第36番「リンツ」であった。第1楽章の提示部の反復で、同じ音楽なのに表情が微妙に変わったのを聴いて驚いたことを、今でも鮮烈に覚えている。そう、それと同じ感覚を覚えたのが、今回のチョンの演奏であったのだ。素晴らしいのは、これが外来のオケではなく、東京のオケによって達成されていることだ。この30年の進歩は、それだけ顕著であるということだ。

さて、後半のチャイコフスキー4番も、指揮者も暗譜なら、オケも技術的な傷の全くない堂々たる演奏で、聴衆を完全に打ちのめした。舞台に向かって左手にホルン、右手にその他の金管を並べ、その間には木管が並ぶ配置であり、冒頭からこの配置が強烈なコントラスト効果を発揮。左側から聴こえる冒頭のホルンのファンファーレは、よくあるようにブカブカとただデカい音で鳴り響くというのではなく、フレーズの中に実に細かいニュアンスの変化があって、最初から音楽の流れに深みがある。それに続いて右側から聴こえるトランペットやトロンボーンは、輝かしさを伴いながらも運命の過酷さを強調する。その後の沈黙の重さ。そしてそれから始まる音の奔流は凄まじい。弦楽器は、いかに音楽が熱を帯びようとも、乱暴に弾き飛ばすことは皆無で、チョンが体を揺すって扇動すればそれにのりかかり、一転して制止すれば見事に歩調を緩め、弱音の緊張感に万感の思いを込め、そしてまた息の長い盛り上がりの末に力を開放する。実に見事であった。第2楽章のうら悲しさ、第3楽章の諧謔と中間部の愉悦感、そして終楽章の嵐まで、この曲はもちろんロシア情緒を随所に含んでいるが、その感情のうねりには、東アジア人である我々にも大いに共感できる部分がある。聴いているうちに、この演奏は東アジア地区の音楽の特性を充分に発揮しているのではないかとも思えてきた。西洋音楽を演奏する韓国人指揮者と日本人楽団員たち。そこにはもちろんクリアすべきグローバルな水準があるわけであるが、音の個性という点では、ユーラシア大陸の東の端で西洋音楽が独自の鳴り方をしていても、何ら不思議ではない。いやそれどころか、そのような個性は、この地域の音楽家たちのたゆまぬ努力の賜物なのではないか。そう思うと、大団円で鳥肌立ちながらも、チョンと東フィルが、あるいは東アジアにおける音楽表現が、何か新たな次元に到達しつつあるのではないかという感動に駆られたものだ。

調べてみると、チョンは既に、15年務めたフランス放送フィルの音楽監督の座を降りている(後任は、最近あまり名前を聞かなくなったミッコ・フランク)。また、ソウル・フィルの音楽監督も、オケの内部問題に嫌気がさしたとやらで昨年辞任。そうすると今は、自ら結成したアジア・フィルと、首席客演指揮者を務めるシュターツカペレ・ドレスデンくらいしかポストがないということか。であれば、是非是非、東フィルを頻繁に指揮して欲しい。このオケはちょうど今、音楽監督不在の状態であり、楽団としても当然今後の運営を考えていることだろうが、チョン・ミョンフンとの関係が熟成して来ていることは確実で、今回のような素晴らしい演奏会を重ねて行けば、本当に東アジアからクラシックの新たな潮流を起こすことも夢ではないと思うが、いかがであろうか。

最後にひとつ疑問を。冒頭に掲げたポスターのように、今回は完売御礼であったはずが、会場にはところどころまとまって、かなりの数の空席があった。あれは一体どういうことなのであろうか。あの空席の数だけ、素晴らしい演奏を聴くことができる人がまだいたはずであると思うと、残念だ。演奏家たちの熱演に報いるためにも、なんとかして欲しいものだと思う。

by yokohama7474 | 2016-07-22 01:19 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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