レジェンド 狂気の美学 (ブライアン・ヘルゲランド監督 / 原題 : Legend)

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1960年代ロンドン。人々がビートルズに熱狂した時代。ジェームズ・ボンドが活躍した冷戦の時代。今やノスタルジーをもって語ることしかできないそんな時代のロンドンで、双子のギャングが幅を利かせていた。この映画はその双子のギャングを主人公としている。兄のレジナルド(レジー)は切れ者でカリスマ的。演じるのはトム・ハーディだ。
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そして弟のロナルド(ロン)はカミングアウトした同性愛者で、カッとなると手の付けられない乱暴者だ。演じるのはトム・ハーディだ。
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あ、あれっ。私は今、何か変なことを言ってしまっただろうか。この兄弟、双子とはいえ別々の人物であり、このような共演シーンもあるというのに、演じるのは同じトム・ハーディだというのか。同姓同名か?
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いやいや、そんなわけはなくて、ここで私が一人でボケとツッコミをやらずとも(笑)、今や飛ぶ鳥を落とす勢い、このブログでも過去の出演作を大絶賛してきた絶好調のトム・ハーディが、一人二役でとことん双子のギャングを演じてみせるのだ。まずこの点がこの映画の最大の売りであることは間違いない。この二人の「共演」シーンには、取っ組み合いの喧嘩まであるという念の入り用だ。トム・ハーディの役作りは明確で、まずレジーを演じるときには、ある意味快活で、表情自体をめまぐるしく替え、恋人の前ともなると、時にはこのような笑顔も見せる。もちろん、獣のように豹変する瞬間はかなり怖いが。
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一方のロンを演じるときには一貫して陰気で、口の中に詰め物をしているのであろう、顎の線にシャープさがないし、モゴモゴと不明瞭に喋り、口を開いても下顎の歯がほとんど見えない。彼はこのままの表情で平然と殺人を犯すのだ。
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このような対照が全編にこの映画独特の色合いを醸し出しており、それは見事なものだ。時代の空気が伝わってくる。実在のクレイ兄弟はこんな感じで、まあこの種の映画では、必ずしも本物ソックリな映像を作ることが重要だとは思わないが、多分演じている役者たちが、実物に近いことによってリアリティを出したいという心理的効果はあるだろう。うーん、確かにこの実物、今回のトム・ハーディの役作りと近い雰囲気がある。本当に双子でも顎の線が違いますな(笑)。ただ、強いて言うとレジーは実物の方がさらに線が細いようにも見える。
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一人二役も、今日技術的にはそれほど難しくないだろうが、本作の撮影方法を調べてみると、ごく素朴な方法がメインであったことが分かる。つまり、双子が共演するシーンでは、トム・ハーディのそっくりさんを代役に立てて芝居をしたとのことだ。だが、その代役はただのそっくりさんではない。ジェイコブ・トマリというスタントマンで、「マッドマックス 怒りのデスロード」や「レヴェナント 蘇りし者」でもハーディのスタントを務めたとのこと。ハーディは様々なインタビューでこのスタントマンをジェイコブと名前で呼んで感謝の意を表明しているらしい。うーん、男っぽい。
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レジーの恋人フランシスを演じるのは、オーストラリア出身のエミリー・ブラウニング。決して素晴らしい美形というわけではないが、なかなかに表情豊かであり、等身大の女性を自然に演じてみせた。
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彼女はどこかで見たことあると思ったら、ザック・スナイダー監督の佳作「エンジェルウォーズ」の主役でした。そうでしたそうでした。昔「ゴーストシップ」にも子役で出ていたらしいが、それは覚えていない。あ、あと、「ポンペイ」か。なるほど。こんな感じでした。
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その他の出演者ではデイヴィッド・シューリスが最も知名度が高いとは思うが、私としてはやはり、あの「キングスマン」で颯爽と主役を務めたタロン・エガートンの姿を見ることができて嬉しい。ただ、ロンの愛人役という役どころだが・・・。
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そんなことで、役者陣の充実は大したもの。あとは、時代の裏側を駆け抜けた双子のギャングを巡る物語が、どういった現代的な意味を持ちうるかということであるが、この点については若干課題が残ったのではないか。これは「ゴッドファーザー」でもなければ「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」でもない。特徴的であるのは、一人称で物語を語るのがレジーの恋人のフランシスであるということ。これによって特にレジーの人間的内面を描くことはできたと思うものの、ギャング同士の抗争の中で、いかに二人が策略や蛮勇をもってのし上がって行ったかという点の迫力には、いささか不足していたように思う。もちろん抗争のシーンや警察を手玉に取るシーンも少しはあるが、物語を大きくうねらせるようなものではなかった。社会の激動の中で、彼らが何を見てどこを目指して活動したのかを、さらに実感をもって感じられればよかったのにと思う。この作品の脚本・監督を務めるブライアン・ヘルゲランドは、あの素晴らしい「L.A.コンフィデンシャル」とか「ミスティック・リバー」、「ボーン・スプレマシー」等の脚本を書いた人らしいので、もうひとつ、ひねりが欲しかったという気がする。

ところでこれは、カラーで残っている実際のクレイ兄弟とフランシスの写真。上のモノクロの写真もそうだが、どうも彼らは自らを被写体として意識しているのではないだろうか。まるで映画のワンシーンのような写真である。
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事実は小説よりも奇なり。最近の映画は実話に基づくものが多く、それはそれでよいのだが、純然たるフィクションが荒唐無稽になりすぎて、想像力の翼を気持ちよく広げることができない場合が多い。それゆえに、この映画のような事実に基づくもの、しかも実在の人物たちがそれなりの情報を残してくれている場合には、時代と正面から切り結ぶようなリアルな社会性が欲しいと、私は考えるのであります。

by yokohama7474 | 2016-07-24 00:27 | 映画 | Comments(0)
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