上岡敏之指揮 新日本フィル 2016年7月23日 すみだトリフォニーホール

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このブログでも過去に何度か触れているが、新日本フィルハーモニー交響楽団(「新日本フィル」)は、新たなシーズン、つまりは今年の9月から、上岡敏之(かみおか としゆき)を新音楽監督に迎える。2013年に前音楽監督クリスティアン・アルミンクが退任してから3年の空白はあったものの、その間にインゴ・メッツマッハーやダニエル・ハーディングのもとで充実した演奏活動を繰り広げたこのオケが、遂に才能ある新音楽監督を迎えて新たな時代に入って行く、そんな期待が高まるのである。これは、音楽監督就任発表の記者会見時の写真。彼にしても、日本で手にする最初のポスト?ではないだろうか。
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今回の曲目は以下の通り。
 シャブリエ : 狂詩曲「スペイン」
 ビゼー : 「アルルの女」第1組曲
 リムスキー=コルサコフ : スペイン奇想曲作品34
 ラヴェル : スペイン狂詩曲
 ラヴェル : ボレロ

うぉー、これはなんと楽しい。既に夏休みに入っているということで、誰もが楽しめるポピュラーな曲目で、秋からのシーズンに先立つ肩慣らしを行うという、そういった位置づけであろう。上のポスターにもある通り、「真夏のスペイン・ラプソディー」である。あ、もちろん、ラプソディは、私自身もこのブログのタイトルに使っているくらいなので思い入れがあり、私の人生これすなわちラプソディのようなものなのであるが(笑)、この言葉は日本語では「狂詩曲」。思いつくまま気の向くままに奏でられる曲のことを指し、まさに話題が二転三転ととりとめない、このブログにはぴったりだと思っているのである。これらの曲も、何々の第何番何々調という作品ではなく、気ままに楽しめる曲ばかり。ただ、上記の曲目を見て、「へぇー、狂詩曲スペインと、スペイン狂詩曲があるのか」と思う方もおられるかもしれない。そうなのである。南欧スペインは、他のヨーロッパ諸国から見ると、以前イスラム教徒の支配下にあったこともあり、陽光溢れるエキゾチックな国。ここに並んだフランスやロシアの作曲家が、勝手気ままにスペインをイメージして書いた名曲の数々だ。なので、狂詩曲スペインとスペイン狂詩曲は、違う曲なのであります。但し、正確には「アルルの女」だけは舞台はスペインではなく南仏。同じビゼーの曲では、歌劇「カルメン」はスペインのゼヴィリアが舞台となっている。ただ、ここで2曲目に「カルメン」を入れてしまうと、ちょっとうるさすぎる(?)との配慮だろうか、「アルルの女」の2つある組曲のうち、派手に盛り上がる有名な「ファランドール」を終曲とする第2組曲ではなく、穏やかな曲も含む第1組曲を採り上げて、変化を持たせようという意図ではないだろうか。また、ファリャとかロドリーゴとか、あるいはクリストバル・ハルフテル(ちとマイナーか?笑)のようなスペインの作曲家による作品は含んでおらず、いわゆる「スペイン情緒」のある名曲に絞っているようだ。

このオケは開演前にホールのホワイエで曲目解説をしたり、場合によっては楽員が室内楽を演奏するなどして、聴衆を飽きさせない工夫を以前からしているが、今回も、スペインという国について、また今回の曲目についてのレクチャーがあった。スペイン人のクラリネット奏者(後半の曲目に登場)が喋り、楽団のインテンダント(いわゆる運営責任者)として、最近一般からの公募で選ばれた井上貴彦氏(確か会計士出身の方と記憶)が通訳方々、周辺の話をされていた。
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さて今回の演奏であるが、両者未だに探り合いという感じも残ったものの、まずは指揮者とオケの個性がうまく調和した演奏であったと思う。上岡の指揮の特色は、昨年暮れの読響を指揮した第九でも触れたが、全く彼独自の音楽観に基づいた音色やテンポを身上とする。場合によっては一般的な演奏とはかなり異なることもあり、実際に聴いてみるまで分からない、スリリングな指揮者だ。今回のようなポピュラーな曲目でも、手抜きは一切なし。時にオケとの間に距離を感じさせる瞬間もあったように思うが、それこそが指揮者とオケの顔合わせの妙である。最初からすべてうまく行くようでは面白くない。そもそも、上岡がこれまで日本で披露して来たレパートリーは、やはりドイツのたたき上げ指揮者という彼の経歴からして、どうしてもドイツ物が多かった。そして実際、9月以降の新シーズンの定期演奏会で彼の振る曲目を見ても、ほとんどドイツ物である。その意味ではこのスペイン・ラプソディ・プログラムは若干異色。だが今後の新日本フィルの活動を占うには、このような曲目での充実が欲しいところである。
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前半の3曲は、とにかく明るく楽しく鳴ってもらえればそれでよく、爆発的な演奏には至らなかったものの、安心して聴くことができた。課題はやはり、後半のラヴェルではなかったか。オケの技術的水準には不満はないが、時折もっと立体的に響いて欲しい瞬間があったように思う。そもそも前半と後半を比べてみると、ラヴェルが求める音の精妙さは、それはそれは大変なレヴェルのものであることが、よく分かる。もちろん彼がシャブリエやビゼーやR=コルサコフよりも後の世代であることにもよるが、このクリスタルのような繊細な音の景色は、まさに天才が創り出した業であり、その再現には細心の注意と大胆さが必要だ。例えば「スペイン狂詩曲」の冒頭は、聴こえるか聴こえないかという弱音が棚引いているのだが、ここで上岡が要求した最弱音をオケはかなりがんばって実現していたものの、このコンビがこれから関係を進めて行けば、より精緻なものになって行くと思う。ボレロも、冒頭の小太鼓を弱音のピツィカートで伴奏する弦の一部が、指揮者の要求するニュアンスを出していて見事ではあったものの、もっともっと神秘的に響くようになって行って欲しいという将来への期待を抱かせた。もちろん曲が進むにつれ、熱狂は徐々に沸き起こり、音楽への没入は感動的なものではあったが、それだけに、今後このコンビが切り拓いて行ってくれるであろう長い道のりにも思いを馳せることになった。

そしてアンコールに、「アルルの女」の「ファランドール」が演奏された。推進力のある切れ味よい演奏で、真夏のスペイン・ラプソディは幕を閉じた。なるほど、そういう趣向でしたか。

会場には、このオケのコンサートマスターである崔 文洙と上岡のコンビで録音したCDが売られていた。ここでは上岡は指揮者ではなくピアニストとして、バッハとシューマンのヴァイオリン・ソナタの伴奏をしている。上岡のピアノは本格的で、何年も前に、あろうことか、歴史上で最も難しいと言われるラフマニノフの3番のコンチェルトのソリストを務めたこともあり、チケットは完売で私はそれを聴けなかったが、いつか彼のコンチェルトも聴いてみたい。また、崔は最高のコンサートマスターであり、素晴らしいヴァイオリニストなので、このような共演(デュオリサイタルも開いたことがあるようだ)によっても、オケと音楽監督の関係は深まって行くものと期待される。
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私は新日本フィルの新シーズンの会員にはなっていないが、面白そうなコンサートがいくつもあるので、適宜選んで聴きに行きたいと思う。上岡さん、期待していますよ!!

by yokohama7474 | 2016-07-24 02:00 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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