プッチーニ : 歌劇「蝶々夫人」(演奏会形式) チョン・ミョンフン指揮 東京フィル 2016年7月24日 オーチャードホール

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東京フィルハーモニー交響楽団(通称「東フィル」)の今月の指揮台には当代一流の名指揮者チョン・ミョンフンが立つことは、既に7/21(木)の演奏会の記事でご紹介した。その際にはあえて詳細は記さずにいたのだが、今回チョンが2度に亘って指揮した作品は、プッチーニのあの名作オペラ「蝶々夫人」だ。東フィルは今月のチョンの演奏会を1枚のチラシにまとめているが、前回同様、今回も完売御礼だ。チョンはオペラの経歴も豊富な指揮者であるが、日本で彼のオペラを聴く機会は存外に少ない。3年前には、ヴェネツィアのフェニーチェ歌劇場を率いて「オテロ」を上演したりもしているが、その後彼のオペラを日本で聴くことができたであろうか。会場には今回のリハーサルの写真も展示されており、現在のチョンと東フィルの充実ぶりを知る身には、期待感満点なのである。
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今回のプログラムには、今年3月のフェニーチェ歌劇場によるチョンのインタビューが記載されている。

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私たちが偉大な作曲家の作品を演奏するとき、すべては楽譜に書かれていて、われわれ音楽家は、そのメッセンジャーにすぎません。私にとって「蝶々夫人」はまだほとんど学生の頃に手掛けた初めてのオペラで、人生のほとんどをこの作品とともに過ごしてきました。しかし、それでも、楽譜からすべてを引き出すことは、常に真剣に取り組むべき困難な仕事なのです。
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というわけで困難な仕事に真剣に取り組むチョンであるが、オペラの全曲を演奏するのに、オーチャードホールの舞台には譜面台はなく、暗譜による演奏だ。魂を削って音楽するようなチョンが人生のほとんどを過ごしてきたというこの作品。一体どんな演奏になるのか。
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オペラを演奏会形式で聴くことには独特の意味がある。その最大のものは、作曲家が工夫を凝らして書いたオーケストラパートをよく聴くことができることである。プッチーニは1858年生まれ。マーラーよりほんの2年、リヒャルト・シュトラウスより6年上であるだけで、これら後期ロマン派の作曲家たちと完全に同世代である。実に精緻に書かれたオーケストラパートは、まさに音楽を聴く醍醐味に溢れている。凄まじい表現力。
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うーん。それにしても素晴らしい。何かというと、今回の演奏、指揮者だけでなく、すべての独唱者から合唱団に至るまで、全員が暗譜である。ということは、本当にそのままオペラの舞台に乗せてもよいような公演であるのだ。このような演奏が素晴らしくないわけがない。今回主役の蝶々さんを歌うのは、韓国出身のヴィットリア・イェオ。
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往年の名ソプラノ、ライナ・カバイヴァンスカの弟子であり、イタリアで研鑽を積んでいる。昨年はムーティ指揮の「エルナーニ」でザルツブルク音楽祭にもデビューしているという。対するピンカートンは、1991年生まれ、弱冠25歳のイタリア人、ヴィンチェンツォ・コスタンツォ。
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こんなに若いテノールではあるが、バッティストーニがジェノヴァで「マクベス」を振ったときに主役を務め、このピンカートン役も既にフィレンツェ、ヴェネツィア、ナポリでも歌っているのである。これはリハーサルのときの一コマ。
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だが正直なところ、このコスタンツィオの声は綺麗ではあったものの、もうひとつ突き抜けたところがなく、能天気さを発散すべきピンカートンとしては課題が残ったと思う。その反面、タイトルロールのイェオは強い声で終始一貫して素晴らしい出来であった。この蝶々夫人、ヨーロッパ人から見た日本女性の小柄で一途な面を誇張して表していると思うが、この役柄を歌うには、ただ可愛らしいだけでは全く話にならず、緊張感溢れるリリコ・スピントでなければ。その点でイェオの声は見事であった。このオペラを代表するアリア「ある晴れた日に」は、情念だけでなく、背筋が伸びるような矜持をたたえた歌として、傾聴に値するものであった。後半に向けて会場ではハンカチを手にする人の姿が増えて行ったものだ。

うん、ここでもう一度思い出そう。この音楽の素晴らしいこと。チョンはいつものことながら指揮棒を鋭く空間に突き刺したり、グルグルと円を描いたり、ドンと足を踏み鳴らして音を煽ったり。そして東フィルの素晴らしい演奏能力が彼の身振りを音に化して解き放つのだ。なんという高水準の音楽。もともとこのオケのコンサートマスターを長らく務めた荒井英治をゲストコンサートマスターに迎えたオケは、甘く切ない思いから命を絶つ決意の思いまで、余すところなく表現した。本当に素晴らしい。
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そして大変印象に残ったのが、シャープレスを演じた甲斐栄次郎だ。二期会所属なので、その名をよく目にするが、なんと2003年から10年に亘ってウィーン国立歌劇場専属であったという。この作品では領事シャープレスが上手でないと全体が締まらないのであるが、甲斐の歌唱は申し分のないもので、今日会場で流された涙のある部分は、彼の巧みな歌唱によるものであったと言えるのではないか。
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今回の上演は演奏会形式なので、演技は最小限なのであるが、男性陣が皆タキシードであるのに引き替え、女性陣はそれぞれの衣装を身に着けていた。と言ってもこのオペラに出てくる女性は3人のみ。主役の蝶々夫人以外には、侍女のスズキと、米国女性ケイトだけだ。このうちケイトは出番も少なく、西洋のドレスであったが、蝶々夫人とスズキは東洋風の衣装。だが、髪型を含めて完全に日本風ではなく、いわば汎東アジア風とでも言おうか。この作品はたまたま日本が舞台になっているものの、そこで表現された人間の感情は普遍的なもの。音の大伽藍さながらに鳴り響くクライマックスでの蝶々夫人の姿は、西洋でも東洋でもない、人間の生きる姿そのものであった。

チョンの指揮する東フィルの演奏、前回に続き今回も瞠目すべきものとなった。また9月に来日してベートーヴェンを聴かせてくれるチョンには、もっともっと東京の指揮台に立ってもらえることを期待しよう。駒鳥が巣を作るまで待っています!!
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by yokohama7474 | 2016-07-24 23:04 | 音楽 (Live) | Comments(0)