観音の里の祈りとくらし展 II びわ湖・長浜のホトケたち 東京藝術大学大学美術館

古来近江の国と呼ばれた滋賀県、琵琶湖近辺には数えきれないほど多くの社寺が存在し、幾星霜を越えて貴重な文化遺産を今日に伝えていることは、つい最近も2日間に亘る同地の旅行レポートでその一端をご説明したばかりである。実はこの夏東京で、その近江地方の北部、いわゆる湖北地方の長浜市所在の仏像ばかりを展示した展覧会が開かれたので、ご紹介する。但し、既に昨日8/7(日)にその展覧会の会期は終了してしまっているので、もしこの記事でこの地域の仏像にご興味をお持ちの向きは、是非現地でそれぞれの仏様に出会うことをご検討下さい(無責任で申し訳ありません 笑)。または、この記事の最後の情報をご参考下さい。今回の展覧会の会場は東京・上野の東京藝術大学の美術館。上野公園にはこのような雰囲気のあるポスターが貼られていた。
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実はこの展覧会、「観音の里の祈りと暮らし展 II」と銘打っているには理由があって、ちょうど2年前の春にも同様の展覧会が同じ場所で開かれており、今回は第2弾なのであった。以前の記事にも書いた通り、私はこの地域の寺々には中学生の頃以来何度となく足を運んできたし、その頃から、琵琶湖を舞台に十一面観音像を巡る旅を描いた井上靖の「星と祭」や、白洲正子の著作などで、既にこの土地の歴史についての明確なイメージがあった。それは、夥しい寺々が長い歴史の風雪に耐え、信長の比叡山焼き討ちや人災・天災で無残にも堂塔伽藍が灰燼に帰して行くに際し、しばしば村人たちが自分たちの手で仏像を水の中に沈め土の中に埋めるなどして、必死に守って来たという篤い信仰のおかげで、今日これだけの数の仏像が残されたという事実である。従って、近江の仏像は、京都・奈良の観光寺院とは異なり、小さなお堂や無住の寺、あるいは近隣の村人たちによって大切に守られていることが多く、そのような場面に出会うと、騒然とした現代の日本においても、歴史の荒波に耐えてきた素朴な祈りの姿が残されていることに、大変感動するのである。私の野心は、京都はもうよく知っているという、少しはモノの分かった外人たちをこの地域に連れて行き、日本の歴史と文化についてのさらに深い部分を、身を持って実感させるということなのである。例えばこのような光景に出会うと、人は洋の東西を問わず、思わず敬虔な気持ちになるものだ。
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ここで男性が手を合わせて拝んでいるのは、長浜市南郷町所蔵で、現在ではこの写真のように同地の自治会館の中に祀られている、平安時代の聖観音像(長浜市指定文化財)である。この観音様は今回の展覧会にも出品されていて、図録の写真は以下の通り。金色の光背や宝冠、瓔珞等の飾り物がない状態での展示なので、上の写真とは少し違った印象に見える。
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細身のモデリングや彫りの浅さは平安時代も後期のものと見えるが、ユニークなのは、クルリと輪を構成した両肘の横の天衣である。平等院鳳凰堂の雲中供養菩薩のように、動きを表したものなのであろうか。からだが停まっていては、このような形にはならないだろう。ほかのどこの土地でも見たことがない、独特の造形だ。ここでこの仏像をまずご紹介したのは、今回の展覧会の在り方が象徴的に表れていると思ったからで、つまり、もともと地元で手厚く守られている仏様が、一旦その本拠地を離れ、花の東京の美術館で、素のままのお姿で我々の前においでになる。信仰の対象というよりは、彫刻という芸術作品として。ここにはよい面悪い面があると言えないだろうか。地元に足を運び、お堂の鍵を開けて頂いて一体一体拝むお姿と、ライトを浴びて陳列された彫刻群として鑑賞の対象となるお姿と。冒頭で、展覧会を見逃した方に現地訪問をお薦めしたのは、そういうわけなのである。あ、もちろん、この記事の最後に出てくる情報もお忘れなく。

近江の仏像群の特徴のひとつは、いかにも素朴な地方色豊かなものと、明らかに最高の技術をもった仏師の手になるものが混在していることだ。後者の代表が、日本有数の美仏である渡岸寺の国宝・十一面観音像であるが、だがあれほどの作品はもちろん例外的であって、洗練された仏像でも通常はどこかにユニークな持ち味があるのが面白い。例えばポスターになっている、像高2mの堂々たるこの仏像。平安時代初期(9世紀半ば!!)の重要文化財だ。
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長浜市木之本黒田にある観音寺の伝・千手観音像。ここで「伝」とあるのは、寺伝では千手観音と呼称しているが、通常千手観音はメインの両手以外に40本、合計42本の手を持つところ、ここでは18本しかないがゆえに、准胝(じゅんてい)観音ではないかとも言われているからである。この展覧会のよいところのひとつは、ほとんどの仏像は周囲を回って見ることができる点で、この仏像の場合、上の写真の通り後ろ姿が大変美しく、東大寺三月堂の不空羂索観音すら思わせる圧倒的な存在感だ。お顔は地味な作りにも見えるが、角度によって表情が異なり、大変に味わい深い。普段は厨子を出ることすら稀だというから、今回は本当に貴重な機会であったわけである。ちなみにこのお寺のある黒田という場所は、あの軍師官兵衛の黒田家発祥の地であるとのこと。すると官兵衛もこの仏様を仰ぎ見たことであろう。長い歴史を背負った観音様なのである。

技術的な精度で印象に残ったのはこちら。
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舎那院の秘仏本尊、鎌倉時代の愛染明王だ。重要文化財に指定されている。1970年頃まで厳重な秘仏であったため、大変保存状態がよいらしい。但し、通常愛染明王は赤く塗られているところ、この像は金箔の痕跡があり、それも煤けているように見えることから、この像の前で護摩が焚かれていたようにも思うが、いかがだろうか。

これは堂々たる等身大の聖観音像。来現寺所蔵の重要文化財。彫刻の技術は高いのに、お顔にどこか素朴さがあるのが、この地域の仏像らしくて、大変心に残った。
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彫刻技術の点では、こちらもなかなか。長浜市西浅井町山門自治会が所蔵する馬頭観音(滋賀県指定有形文化財)。
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近江の国は交通の要所であったせいか、このあたりから日本海側の若狭にかけて、馬頭観音の優品が数々遺されているが、この像も平安時代のものと、大変古い。ただ、後世の補修が相当入っているもののようだ。次に、同じ滋賀県指定有形文化財の馬頭観音で、大変ユニークなものをご紹介する。徳円寺所蔵になるもので、造立は鎌倉時代。
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ちょっと素朴なだけで、変わったところはないように見える。ところが、足元を見てビックリ!!
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なんと、両方の足の裏を見せて踵で立っているのだ。座像で足の裏を見せるような座り方の影響とのことだが、いやいや変でしょうこれ。座像じゃなくて立像なんだから(笑)。きっと何か意味があると思いたくなる。例えば、まるで飛んでいるように速く走るという意味を表しているとか(?)。

さて、お次は先般私も念願叶って訪問することができた竹生島(ちくぶじま)の弁財天座像。室町時代の作で、長浜市指定文化財。弁天さんのイメージをよく表している。像の底面に銘文があって、1557年、竹生島の祭礼である蓮華会(れんげえ)の際に奉納された像であると判明する。あ、展覧会では像の底面までは見せて頂けませんでした。念のため。
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これは比較的珍しい、十一面観音の座像。岡本神社の所蔵する平安時代の作で、長浜市指定文化財。なかなか綺麗な造形であるが、背中には大きな割れの補修がある。これは、姉川の戦い(1570年、織田・徳川 vs 浅井・朝倉)の際に村人がこの像を避難させようとして、誤って落としてしまったときのものとも言われているらしい。戦乱の歴史と、その中で生き延びてきた仏の力、それを支えた村人たちの信仰心を実感させる。但しこの像の背面は、上記弁天様の底面同様、展覧会では見ることはできなかった。
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素朴な地方色をたたえた仏像を3つ連続でご紹介する。最初は、洞寿院所蔵の観音菩薩(鎌倉時代、重要文化財)。33年に一度しか開扉されない貴重な秘仏だが、この呪術性すら感じさせる素朴さはどうだ。
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次は、横山神社所蔵、平安時代の馬頭観音(長浜市指定文化財)。ここにも、稚拙な静謐さの中に漂う呪術性が感じられるではないか。
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そしてこれは、浄光寺の十一面観音。室町時代の作で、文化財指定はないようだが、一度見たら忘れない存在感がある。もしかしたら、彩色も村の人たちが施したのだろうか。うーん、でもなんだか忘れがたいのである。
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これまで、観音像を多くご紹介したが、この地域には如来像にも注目すべきものが多々ある。これは西野薬師堂の伝・薬師如来。平安時代の作で重要文化財だ。私は3年前に現地でこの仏像を拝観したが、やはり重文の十一面観音像と並んで安置されたお堂に入り、心が豊かになったような気がしたものだ。この衣文の流れは平安時代初期の特徴を表していて、堂々たるもの。からだに塗られた漆が、一種独特の味わいを出している。
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そして3年前当時、この西野薬師堂からほど近いところにある無住の寺(というよりも小さな小さなお堂がひとつあるだけ)、正妙寺に向かったことを忘れるわけにはいかない。その頃、学研から出ている「へんな仏像」という本で見て、どうしても拝観したかった仏像があったのだ。まさか今回、この展覧会で再会するとは思ってもいなかった。皆様にご紹介しよう。これぞ日本全国探してもほかにない、千手千足観音だ!! 文化財指定はもちろんナシ!!!
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今回の展覧会では江戸時代の作とされているが、以前調べたときには、実は平安時代の古い仏像に金箔を施してあるという説(?)も目にしたと記憶する。いずれにせよ、千手観音は日本国中数々あれど、千足観音はほかにはないだろう。しかもこれ、普通の千手観音より手の数は少なく見える。足を作っている暇があれば、ちゃんと42本の手を作った方がよかったのでは???という疑問はぐっと呑み込んで(笑)、この奇抜な造形に心からの拍手を捧げよう。足はこんな感じで、左右各19本ずつあるらしい。
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実はこれ、誰かが勝手なイマジネーションで作り出したものではなく、天台宗系の図像集には千足観音の記述も見られるという。いやそれにしてもこの仏様、わずか42cmの小像であるが、そのやんちゃな表情といい、ポッコリ出たおなかといい、本当に存在感満点だ。3年前に拝観してからこんなに早く再会が叶うとは、これも何かのご縁であろう。現地では厨子の中に入っているところ、展覧会では背中も惜しみなく見せて頂くことができ、感動した。背後から見てみると、この大量の手と足の部分はどうやらひとつの塊のように見え、それを本体の後ろからパカッと合体させているように見受けられた。

と、改めて振り返ってみると、村人たちの素朴な信仰に守られてきた、なんともユニークな造形の数々を心から楽しんだわけである。今回展示された45体の仏像のうち、実に15体は現地から持ち出されるのも初めてとのことで、長浜が仏像の宝庫であると実感する。さてそのような長浜のホトケたちと出会うのは、果たして現地に行くしかないのだろうか。いえ、東京の皆様には朗報があります。なんと今年、上野に「びわ湖長浜 KANNON HOUSE」なる場所がオープン!!
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不忍池のほとり、上野の森ファーストビルの1階にできたこのスペースには、数ヶ月おきに長浜から観音様が交代にやってこられるという。長浜市が運営していて、入館料は無料だ。私も未だ行ったことはないが、ウェブサイトを見ると、「速報! 次にお越しになる観音様が決まりました」などと情報がアップされている。百数十体の古い観音像を持つという長浜市ならではの企画であり、上野という歴史ある場所、かつ琵琶湖を模したとも思われる不忍池の畔での展観も、なかなか内容にぴったりではないか。地図は以下の通り。今後上野に出かける際には、是非とも立ち寄りたいと思います。様々な観音様との出会いに心が躍る。
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by yokohama7474 | 2016-08-08 23:22 | 美術・旅行 | Comments(0)
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