ワレリー・ゲルギエフ指揮 PMFオーケストラ (ヴァイオリン : レオニダス・カヴァコス) 2016年8月9日 サントリーホール

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この日、8月9日(火)の東京は、うだるような暑さであった。会社からほとんど外に出ることがないようにし(面談相手にはこちらのオフィスに来てもらうようにして 笑)、外気に触れることは極力避けていたが、昼や夕刻に建物から出ると、直射日光の当たらない庇の下を歩いていても、そのムワッと押し寄せる熱気が、まさに東南アジアの雰囲気だ。都心でも38度を記録したという。フェーン現象だかなんだか知らないが、こんな気候でも真面目に仕事している日本人は、どうかしていると思うときがある。ただ最近ではクールビズもかなり定着し、この季節にネクタイ・上着を見ることは稀になった点は有り難い。

さて、毎年この時期に恒例のPMFオーケストラの東京公演である。PMFとはPacific Music Festivalの略で、世界の若手演奏家たちが、第一線で活躍するプロの音楽家の指導を受け、その成果を披露する。故レナード・バーンスタインの提唱によって、札幌を舞台として1990年に始まった音楽祭だが、登場する音楽家たちの顔ぶれは文句なしに一流で、非常に成功している音楽祭であると言えるだろう。毎年、学生たちの修練の最後の仕上げとして東京で演奏会を開いており、昨年のコンサートもこのブログで採り上げた。今回も指揮を執るのは、昨年からこの音楽祭の芸術監督に就任したロシアの巨匠、ワレリー・ゲルギエフ。相変わらず世界で最も多忙な指揮者のひとりと言えるだろう。
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彼の音楽はいつも熱いので、この炎暑に聴くには少しばかりきつい(?)という気もするものの、いやいや、やはりこの人の音楽を聴きたいのである。さて、注目すべきは曲目だ。
 メンデルスゾーン : 交響曲第4番イ長調作品90「イタリア」
 ブラームス : ヴァイオリン協奏曲二長調作品77 (ヴァイオリン : レオニダス・カヴァコス)
 ショスタコーヴィチ : 交響曲第8番ハ短調作品65

えっ、これって1回の演奏会ですか?! だって、通常のコンサートは正味1時間半程度。そこに休憩と楽員の入退場、場合によってはアンコールなどを含めて、大体2時間前後に収まるのが相場である。だが、この演奏会はどう見てもそれを遥かに超過している。前の2曲の組み合わせでは若干だが短い。後の2曲の組み合わせでも、既にして通常より長い。そうだ、強いて言えば、最初の曲と最後の曲を組み合わせるのが、普通の長さであると言えるだろう。そう思って上記のポスターを見ると・・・あっ、なんということ。ここではまさに、1曲目がメンデスルゾーンの「イタリア」、2曲目がショスタコーヴィチ8番と書いてある。ということは、最初の予定では普通の長さの演奏会であったものが、そこに40分を超えるブラームスのコンチェルトが加わって、なんとも盛り沢山なものになったということだろう。この炎暑にゲルギエフのショスタコーヴィチとは、毒を食らわば皿までと割り切って、出かけようではないか。

この記事を書くに当たり、昨年のPMFの演奏会について書いた自分の記事を読み返してみたのだが、なんだ、その感想がそのまま今回の演奏にもあてはまるではないか(笑)。ひとつ訂正は、私はてっきりこの音楽祭に参加する若者たちは環太平洋地域(つまりは日米、東アジア、東南アジア、オーストラリア)から来ていると思っていたところ(確か当初はそうだったと記憶する)、今回のメンバー表を見ると、フランス、スペイン、ドイツやUKなど欧州から、あるいは中南米、ロシア、イスラエルからの参加者もいるのである。つまり、本当に国際的なメンバーが集まっているということになる。音楽は国境を越えるとは言い古された言葉だが、ここでは肌の色も言葉も宗教も違う若者たちが、ともに音楽を奏でるわけで、世界各地で現実に起こっている悲劇的な出来事を考えると、なんと意義のあることだろう。実際にこのような世界的な音楽活動が日本で25年以上行われていることは、一般にもっと注目されてもよいのではないか。これは札幌でのピクニックコンサートの模様。おー、まさに日本のタングルウッドだ。素晴らしい解放感。
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演奏に関しては、メンデルスゾーンとショスタコーヴィチをまとめて語ろう。昨年の感想同様、この若いオケには渋みやコクを求めるのではなく、ひたすらキレのよい躍動感をこそ求めたい。だがその意味で言えば、メンデルスゾーンの爽やかなシンフォニーのイメージを伝えるにはもう一歩。特に、弦のがんばりに比して、木管がもう少し前に出てきてもよいように思った。終楽章の疾走感は聴きごたえがあったものの、全体を通して、明朗な音の張りのようなものがあればもっとよかったのにと思う。その点、指揮者ゲルギエフの適性もあるのだろう、ショスタコーヴィチの陰鬱で長くて謎めいた第8番は遥かに成功していたと思う。この曲は戦争中の1943年に書かれているが、伝統的な交響曲の楽章構成を取らず、全体の作りが非常にアンバランスなのである。時に激しく咆哮するかと思うと、ほとんど沈黙してしまう箇所もあり、最後は諦観なのか平和への祈りなのか、よく分からない静けさの中に消えて行く。ここでも音の厚みとか爆裂する部分には課題が残ったが、ただ、大変真剣に音楽に没入するメンバーたちの姿が感動を呼んだことも事実。若さの特権は確実にあって、プロのオケのような出来上がった演奏ではなかった点、むしろ好感が持てたものである。それから、ゲルギエフは今回最初から最後まで指揮台を使用していなかった。同じロシアの先輩、ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー(85歳だが、来月読響を振りに来日する!!)を思わせたが、何か意図があったのであろうか。

この2曲に比べ、私の耳をより魅了したのはなんといっても、レオニダス・カヴァコスの弾くブラームスであった。このカヴァコスは、長身長髪のギリシャ人。1967年生まれなので、今年49歳になる。
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私は以前ロンドンでこの人の生演奏に何度か接して、その素晴らしい音楽性に仰天したものである。こういう人を天才というのであろう。もちろん天才にもいろいろあるが、ヴァイオリンという、歌うことに長けたつややかな音色の楽器を手にしながら、そこで実際に聴こえてくる音以上のものを聴かせてしまうという点で、彼は天才なのである。多分、彼の音楽を聴いたことのない方にはなんのことやらサッパリだと思うが(笑)、技術のあるヴァイオリニストなら、その技巧をひけらかし、華麗に音楽を奏でたいという欲望に抗うのが難しいであろうところ、彼は禁欲的に音楽の本質に迫って行く。その姿に人々は大きな感動を覚えるのである。ブラームスのコンチェルトはもちろん名曲中の名曲であるのだが、カヴァコスの手にかかると、初めて耳にするような新鮮さをもって響く。暗い音楽にはなっていない。だが、破裂する歓びでもない。音の線を情緒的にならずに、集中力をもって紡いで行くうち、作曲者が創造したかったであろう、厳しくも純粋な音楽が響き出すのだ。凡庸な才能がこの方法を真似ると、多分聴くに堪えないものになるであろう。このような演奏を聴くと、音楽の本当の深みというものを思い知るのである。私の知る限り、ニコライ・ズナイダーという、カヴァコスより少し若いデンマークのヴァイオリニストも、彼に近い音楽性を持っているように思う。彼らのような音楽家が21世紀を作って行くのである。また今回のカヴァコス、興味深かったのは、第1楽章でも第2楽章でも、自分のソロが始まるまでは指揮者の隣でオケの方を向き、じっとその演奏を見守っていたことで、第2楽章で有名なソロを吹くオーボエ奏者の女性などは、緊張してしまうのではないかと思ったが、素晴らしく伸び伸びと吹いていた。これもカヴァコス流のオケとの一体感の成果なのかもしれない。一方で、アンコールで演奏したバッハの無伴奏ソナタ2番のおなじみのアンダンテ楽章では、古雅な響きの中、孤独と向き合う強い個が感じられた。これはリーダーとしての資質とも言えるのではないか。つまり、最近彼が行っているという指揮活動にも活きるものではないかと思った。もっとも、率直なところ、ヴァイオリン主体で演奏活動を続けて欲しいと思いますが。指揮者は既に沢山いるので(笑)。

このような盛り沢山の演奏会、終演時刻は開演から3時間後の22時であった。つまり、やはり通常のコンサートより1時間程度長かったことになる。PMFの一連のコンサートスケジュールを見てみると、8/4(木)には千歳で、8/8(月)には函館で、メンデスルゾーンとショスタコーヴィチだけで演奏会が開かれている。これは普通の演奏時間、つまりノーマル・ヴァージョンだ。では、ブラームスのコンチェルトの入ったロング・ヴァージョンが東京だけで演奏されたかというとさにあらず、8/7(日)のピクニックコンサート(上に写真を掲げた野外ステージが会場)では、12時から散々いろいろな曲が第1部で演奏されたあと、15時30分から第2部として、なんとこのロング・ヴァージョンのプログラムがまるまる演奏されたようだ。もちろんソリストはカヴァコフ。大きな会場では彼のヴァイオリンの機微が充分聴き取れたか否か分からないが、まあいずれにせよ大変な体力を要するコンサートであったわけだ。超人的な音楽的体力を持つ芸術監督ゲルギエフに引率され、この音楽祭がますます発展して行くことを祈ろう。

そしてゲルギエフとは、10月のマリインスキー劇場の来日公演で再会の予定。今から体力を蓄えておかないと。
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by yokohama7474 | 2016-08-10 00:59 | 音楽 (Live) | Comments(0)