秋山和慶指揮 東京交響楽団 (トロンボーン : 中川英二郎) 2016年8月11日 ミューザ川崎シンフォニーホール

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つい4日前、8/7(日)に行われたラデク・バボラーク指揮日本フィルの演奏会についての記事で既にご紹介した通り、ミューザ川崎シンフォニーホールでは、7/23(土)以降、フェスタサマーミューザKAWASAKIと題して、一連のオーケストラコンサートが開催されてきたが、今日はその最終回。実はこのシリーズ、オープニングを飾ったのは、このホールを本拠地とする東京交響楽団(通称「東響」)とその音楽監督、ジョナサン・ノットの演奏であったが、最終回を飾るのもやはり東響で、指揮を執るのはかつて東響の音楽監督を実に40年務め、現在は桂冠指揮者の秋山和慶 (あきやま かずよし) だ。このブログでは何度となく私が熱烈な秋山信奉者であることを述べてきたが、秋山は今年75歳。まだまだ老け込む気配など微塵もないが、今や名実ともに日本指揮界の重鎮である。できる限り多くの機会に彼の音楽を聴きたいと思っているところ、今回は、先のバボラークと日フィルの演奏会同様、公開リハーサルを聴くこともできるとあって、期待もひとしおだ。
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今回の曲目は以下の通り。
 バーンスタイン : 「キャンディード」序曲
 シルクレット : トロンボーン協奏曲 (トロンボーン : 中川英二郎)
 ベートーヴェン : 交響曲第7番イ長調作品92

会場で配布されたプログラムには、コンサート全体の副題として「華麗!豪快!爽快!」とある。最初の「キャンディード」序曲とベートーヴェン7番にはそれらの謳い文句があてはまるが、真ん中のシルクレットとは、なじみのない名前だ。いかなるトロンボーン協奏曲であるのか。その点の説明から始めよう。いや実はこのブログをやっていて、私はかなり頻繁に、この作曲家を知らない、この曲は初めて聴く、この演奏家はまだ聴いたことがない、と書きまくっているわけで、自分の無知をさらけ出してばかりで本当に恥ずかしい次第ではあるのだが、今回もこの作曲家シルクレットのことを微塵も知らなかったのである。今回初めて知ったことには、ナサニエル・シルクレット(1895-1982)はユダヤ系米国人、1930-40年代に映画音楽を手掛け、フレッド・アステアの主演作(「踊らん哉」とか「有頂天時代」・・・あ、原題では前者があの"Shall We Dance"、後者が"Swing Time"です)の音楽を作曲したほか、もともとはクラリネット奏者で、メトロポリタンオペラやニューヨーク・フィルの前身に所属したり、あの行進曲で有名なスーザのバンドにもいたらしい。また、RCAビクターの軽音楽部門の責任者として、多くの音楽家と交流を持ったということだ。このトロンボーン協奏曲は1945年の作品、初演したのは誰あろう、あのトミー・ドーシーとレオポルド・ストコフスキーだ。なかなかにダンディなシルクレットの肖像写真。
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指揮者のレオポルド・ストコフスキーは、そのけれんみたっぷりの魔術師的指揮ぶりに、保守的なクラシックファンからは未だにゲテモノ扱いされているきらいがあるものの、同時代の音楽にも極めて積極果敢に取り組んだ功績は音楽史上に輝くものであり、私は彼のCDをせっせと集めているが、なんということ、このシルクレットのトロンボーン協奏曲の初演の際の録音があるとは、これも全く知らなかった!!
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そしてこの初演者のトミー・ドーシーであるが、もちろんジャズのビッグネームである。私はジャズには体系的な知識があるわけでは全くないが、聴くのは結構好きで、特にこの時代のスウィングジャズは大好きである。若い頃からこんなCDを愛聴盤にしていて、トミー・ドーシー(4人のスウィングジャズの巨人たちのうち、右上の写真の人)の"On the Sunny Side of the Street"とか"I'll Never Smile Again"なんかは、時折口ずさんだりしている。
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そして、最近のこの曲の録音には、トロンボーンの超人クリスティアン・リンドベルイによるものがある。ジャケットでは、眼光鋭いストコフスキーが、くつろいだ雰囲気のトミー・ドーシーと向かい合っている写真が使われている。いい写真だ。
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そのような作品であるからして、このシルクレットの協奏曲には、ジャズの雰囲気がかなりあり(終楽章ではドラムも大活躍)、それと同時に昔の映画音楽のようなロマンティックなメロディー(チャップリンの「ライムライト」とショパンの「別れの曲」を足したような???)も、惜しげなく出てくるのである。トロンボーンとオケという本来のかたちでは今回の演奏が「おそらく日本初演」とのこと。そのような作品を演奏するには、相当腕の立つトロンボーン奏者が必要であろう。今回ソロを演奏したのは中川英二郎。
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1975年生まれ。トランペット奏者を父に持ち、5歳でトロンボーンを始め、高校在学中に初リーダー作をニューヨークで録音したとのこと。ジャンルを超えた様々な音楽に取り組んでいる音楽家だ。今回はリハーサルのときから全く譜面を見ることもなく、オケが途中で停まっても、指揮者のスコアをちょっと横から見るだけで完璧に曲の途中からでも演奏していたので、この曲が徹底的に頭に入っているのだなと実感された。実際のところ、親しみやすいようでそれなりに複雑な曲であると思うので、これだけ軽々と演奏できるトロンボーン奏者が、日本にそう何人もいるとは思えない。お見事だ。ところで秋山のリハーサルは、想像した通り大変効率的に進められ、要所要所でピアノだフォルテだ、クレッシェンドはどこからだ、ソロと金管楽器ではステージ上の距離のせいで若干ながら時差があるので注意せよ、等々、極めて実務的な指示が出るだけで、情緒的な説明は一切なし。また、この協奏曲の第2楽章では、初演曲であるせいだろうか、パート譜に音の誤りがあって、リハーサルの場で修正するなど、音作りの興味深い過程を見ることができた。

最初の「キャンディード」序曲は、これは私もよく知っている大好きな曲であるが、飛び跳ねるような曲想を自在に表現した名演で、このような演奏を聴くと、本当に秋山は万能の指揮者だなぁと思う。東響は管・弦ともに素晴らしい水準だ。だがそれにしてもこの曲、ミュージカルにしては技術的に難しすぎやしませんかね(笑)。せっかくだからバーンスタインの写真を載せておきましょう。
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メインのベートーヴェン7番は、この「華麗!豪快!爽快!」プログラムを締めくくるには最適の、リズムが全体を支配するスタンダードな名曲であるわけだが、実は私にはひとついやな思い出がある。もう10数年前であるが、同じこの秋山と東響のコンビでこの曲の実演を聴いたことがあるのだが、その時にどういうわけかトランペットにミスが頻出し、聴いていて落ち込んでしまったのだ。ベートーヴェンの時代のトランペットなど、パーッとかパッララパッパーッとか、全体の流れの中で、いざというときに音を華やかにする効果の音型を吹くために使われているに過ぎず、難しいソロがあるわけでもなんでもない。それゆえ、その日の演奏は私にとって大きなショックであったのだ。その頃既に、日本のオケの水準は上がって来ていると思っていただけに、やっぱりこんなものだったのか・・・と落胆してしまったわけである。だが今回は始まる前からそのような不安もなかったし、実際に鳴っていた音は、そのような過去を完全に忘れさせるようなもので、オーソドックスなベートーヴェンを堪能することができた。何か特別な趣向が凝らされているわけではないが、すべての声部があるべき力と美しさを持って演奏されていた。世の中にはもっと激しい7番もあるかもしれない。だが、ここにも充分な情熱があったことを聴き逃してはならない。素晴らしい演奏であった。

そして、意外なことにアンコールが演奏された。同じベートーヴェンの歌劇「フィデリオ」から、第1幕でドン・ピツァロが登場するシーンでの行進曲。単独で演奏されるほど名曲とも思えないが、このミューザ川崎でのフェスティヴァルの締めくくりに、ベートーヴェンの小品をという意図であったろうか。そういえばフェスティヴァルのオープニングでのジョナサン・ノット指揮東響の演奏会も、メインはベートーヴェンの「田園」であった。改めて考えてみるに、この川崎の素晴らしいホールで日本のオケが腕を競い企画を競い、大変充実した演奏会を繰り広げるこのフェスタサマーミューザ川崎は、ほかでは聴けない面白い内容のものであった。この秋も、ヤンソンスとバイエルン放送響や、メータとウィーン・フィルがここで演奏を繰り広げる。迎え撃つ日本勢も、もうベートーヴェンでトランペットが外しまくることはない。秋以降のシーンが楽しみだ!!
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by yokohama7474 | 2016-08-11 23:08 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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