サントリー芸術財団 サマーフェスティバル2016 板倉康明指揮 東京シンフォニエッタ (ヴァイオリン : 神尾真由子) 2016年8月25日 サントリーホールブルーローズ

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年間を通して実に様々なコンサートが数多く開かれている東京であるが、8月のこの時期はさすがにシーズンオフで、めぼしいコンサートはほとんどない。だが、ここに毎年東京のこの時期を彩る非常に重要な音楽イヴェントがある。それは、サントリー芸術財団のサマーフェスティバルだ。このサマーフェスティバルという、ビアガーデンでも連想しそうな浮き浮きするような名前(?)と、上記のような親しみやすげなポスターから、どんなポピュラーな曲目が演奏されるのかと思いきや、全くそうではなく、非常にハードな現代音楽の祭典なのである。去年もこのフェスティバルから、大野和士指揮によるB・A・ツィンマーマンの大作の日本初演や、テーマ作曲家であったハインツ・ホリガーの演奏会を採り上げた。今年も、現代音楽のシリーズもの、サントリーホール国際作曲家委嘱シリーズ、そして芥川作曲賞先行演奏会という3種類8回のコンサートが開かれる。本当は今年のテーマ作曲家、フィンランドの女流であるカイヤ・サーリアホの作品を聴きたかったが、2回のコンサートのうち1回は既に終了。もう1回は出張のために行けないことが確定しているため、涙を呑んで諦めた。その代わりと言ってはなんだが、なかなかに興味深いコンサートに2回行くことにして、今回がその1回目。

ここで改めて述べておきたいのは、サントリーという会社の音楽文化への多大な貢献だ。サントリーホールという、今や世界有数の名ホールの名を確立した素晴らしいホールを持ち、そしてこの、一般的には全く人気のないであろう現代音楽の祭典を、もう何年も続けて来ているわけである。バブルの頃にメセナという言葉が流行ったこともあったし、もちろんサントリー以外にも文化に投資をしている会社は数々あれど、ここまで主体的に芸術的な試みを続けている会社も、ちょっとないのではないか。一音楽ファンとして、この場を借りてこのフェスティバルの関係者の方々に、心からの賛辞を呈しておきたい。

そしてこの日、少し早めの時刻に会場のサントリーホールに足を運ぶと、何やら長蛇の列ができている。サントリーホールのウェブサイトによると、確かこの日、大ホールでは関係者による催しがあるとのみ記載されていて、詳細は不明であった。一体何があるのだろうと思い、会場のポスターを見てびっくり。
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なんということ、製パン会社のヤマザキが貸し切りで、あの秋山和慶指揮の東京交響楽団の演奏会を開いている!! しかもピアノはあの辻井伸行だ。この後、東京交響楽団のウェブサイトも調べてみたが、この前後に同様の演奏会はなく、この日限りであった模様。これは全く素晴らしいことだ。ポスターが「ヤマザキ」で改行して「サマー」となっているが、まさか「ヤマザキ様」ではあるまい。きっと社員の福利厚生イヴェントなのであろう。これが聴けるなら、ヤマザキに転職しようかと思いました(笑)。

だが、私が聴くのはこの大ホールのコンサートではなく、小ホールの方だ。サントリーホールの小ホールは、今の名称はブルーローズと言って、その入り口にはその名の通り、このような青いバラが飾られている。プリザーブド・フラワーだろうか。
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この名称の由来について、サントリーホールのウェブサイトに以下の解説がある。

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英語のBlue Roseは不可能の代名詞とされてきましたが、サントリーがバイオ技術によって2004年に新品種「青いバラ」を開発。この小ホールは、多くのアーティストの皆さまに新たな挑戦の舞台として活用して欲しいという思いから「ブルーローズ」と名づけられました。
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ふーむ。素晴らしいではないか。一流の音楽を奏でることは、技術において、また表現の深い部分において、常に高いハードルに挑戦すること。まさにブルーローズを追い求める闘いである。その意味では、かなりハードな内容の今日のコンサートに、ブルーローズを発見したい。

このコンサートは、板倉康明指揮の東京シンフォニエッタによるもの。曲目は板倉の企画によるものであるが、この人は指揮者というよりもクラリネット奏者として知っている。だが、1945年以降の音楽だけを演奏する現代音楽演奏団体の東京シンフォニエッタの音楽監督を2001年から務めているので、もう15年のコンビということだ。
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曲目を紹介しよう。
 ピエール・ブーレーズ(1925-2016) : デリーヴ I (1964年作)
 オリヴィエ・メシアン(1908-1992) : 7つの俳諧 (1962年作)
 ベネト・カサブランカス(1956- ) : 6つの注釈 --- セース・ノーテボームのテクストに寄せて (2010年作、日本初演)
 ジェルジ・リゲティ(1923-2006) : ヴァイオリン協奏曲 (1990年作、92年改訂) (ヴァイオリン : 神尾真由子)

3曲目の作曲家以外はよく知られた現代音楽の大家ばかりで、今回は人気ヴァイオリニスト神尾真由子の出演もあってか、収容人員400名のブルーローズはほぼ満員。会場には、作曲家の細川俊夫や、この翌日別のコンサート(これについては別途記事をアップ予定)に出演する指揮者の三ツ橋敬子の姿も見られ、活況を呈していた。

さて、コンサート前半に演奏された2曲は、フランスの現代音楽を代表するメシアン - ブーレーズ師弟の作品であった。これらはいずれも1960年代、いわゆる前衛が前衛でありえた時代の作品だ。面白いことに、もっと最近に書かれた後半の2曲には、時にドビュッシーやラヴェルの残像が垣間見える瞬間があるのに、それは一種の先祖返りであって、半世紀前、前衛の時代の音楽は、過去の遺産への挑戦とも言うべきとんがり方をしており、耳には刺激的に響く。また、メシアンとブーレーズという現代音楽の巨人たち2人は、性格も作曲家としての個性もまるで異なるのに、これらの作品においては、時にブーレーズ作品の中にメシアンを感じ、またメシアン作品の中にブーレーズを感じることができるように思われる。いかに創作態度がとんがっていても、人間の創造は全くStand Aloneではなく、やはり継続性や流行があるということだろうか。2曲目に演奏されたメシアンの「7つの俳諧」は変化に富んだ面白い曲で、作曲者が日本を訪れたときの印象を音にしたものであるが、1964年にドネーヌ・ミュジカルを指揮してこの曲を世界初演したのはほかならぬピエール・ブーレーズであるのだ。初演のメンバーでその頃録音されたのがこの曲の世界初録音。そしてブーレーズは1990年代にクリーヴランド管弦楽団を指揮してこの曲を再録音している。よほど気に入った曲であったのだろう。これがその師弟の写真。
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板倉は指揮棒も指揮台も使わず、大きな身振りで明確に小編成のオケに指示を出していた。現代音楽を積極的に採り上げた岩城宏之もそうであったが、この種の複雑な音楽を演奏する際には、分かりやすい身振りである必要があるのかもしれない。東京シンフォニエッタと、その専属ピアニストである藤原亜美の演奏は鮮やかなものではあったが、欲を言うなら、一音一音がもっとよく響くホールで聴きたかったなぁという思いも抱いたものである。

3曲目の作品は、スペインのカサブランカスという作曲家の作品の日本初演。この作曲家、私も今回初めて知ったが、NAXOSレーベルには既に多くの作品が録音されているようだ。中には「3つの俳句」という作品もあり、上記の「7つの俳諧」のパロディかと思ってしまいました(笑)。こんな方である。
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この「6つの注釈」は、オランダの作家セース・ノーテボームの「サンティアゴへの道」という作品に基づいて書かれたもの。奏者はたったの5人で、10分程度の短い曲だ。だが、曲によって音色や曲調はかなり異なり、聴いていて飽きることがない。世の中にはまだまだ知らない作曲家や知らない曲が沢山あるなぁ、と改めて感じた次第。ところでこのノーテボームという作家もなじみがないが、1933年生まれだから既に83歳。各地を旅行してそれを題材にしていることが多いようだ。この作品のインスピレーションのもととなった「サンティアゴの道」のサンティアゴは、もちろんあの有名な巡礼地、サンティアゴ・デ・コンポステラであろう。会場で配布されたプログラムにこの小説からの抜粋が含まれていて(演奏によっては朗読してもよいという作曲者の指示があるらしい)、そこにはセルバンテスやスルバランというスペインの芸術家の名前が見られる。調べてみると、日本を題材とした「木犀!/日本紀行」という本も書いていて、面白そうなので購入することとした。この本は、今Amazonでは取り寄せになっているが、すみません、在庫の最後の1冊は私が購入しました(笑)。

さてこの演奏会、やはりなんといってもクライマックスは、最後のリゲティのヴァイオリン協奏曲であった。リゲティはハンガリーの作曲家で、作風はいささか難解かもしれないが、よく聴くと民族的な要素もある。楽しい音楽はあまり書かなかった人だが、その音楽の表現力は素晴らしい。
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このヴァイオリン協奏曲は、1990年に一旦3楽章で発表されたものの、1992年に改変されて5楽章となった。私は随分以前、FMからのエアチェックで3楽章版で最初にこの曲を知ったが、なんといっても忘れられないのは、1998年にクリスティアン・テツラフのソロ、エサ・ペッカ・サロネンが、未だ音楽監督に就任する前のフィルハーモニア管を振って伴奏した日本公演だ。激しく切り込むヴァイオリンに、時々聴こえてくる懐かしいようなオカリナの音。強烈な印象を受けたものである。演奏頻度はさほど多くないので、実演に接することは貴重なチャンスである。おまけに今回は日本の若手ヴァイオリニストとしては疑いなくトップを争うひとり、神尾真由子の独奏である。
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彼女は10代の頃から演奏活動を続けていたが、2007年、21歳のときにチャイコフスキーコンクールで優勝し、さらにその名声を高めた。既に演奏家として活動しながらコンクールを受けるというのは、もし成績がよくなければ名声に傷がつくというリスクもあったわけで、相当自信もあったであろうし、強い精神力を持つ人なのであろう。そのヴァイオリンは極めてEmotionalで、とことん歌い込むもの。あまりリゲティのコンチェルトとはイメージが合わないかと思ったが、ふたを開けてみればなんのことはない。実に見事な演奏であった。つまりここでも彼女の情念的かつ力強いヴァイオリンはそのままで、曲の新たな魅力まで引き出して見せてくれたように思う。今年30歳。表現者としてこれから様々な挑戦を重ねて行くことであろうが、その中で沢山のブルーローズを手にして行くことだろう。ただ、演奏とは直接関係ないが、興味深いシーンがあった。演奏開始前にスタッフがステージの準備をしていたとき、10cm四方くらいの金属製かと思われる板を、ヴァイオリニストが演奏するあたりの位置においた。薄いものだが、ごくわずかな傾斜があって、ステージ奥側が低くなっている。色は黒っぽいが、上の面だけ白く塗ってある。見ているとその板を、神尾が演奏中に何度も軽く踏んでいたのである。あれは一体何であったのか。何かのおまじない? 謎である。終演後にサイン会があったので、訊いてみればよかった。
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このように、大変充実した演奏会であったが、全席自由3,000円はあまりにも安い。涙が出るほど安い。これもサントリー芸術財団のパトロネージュによるものであろう。来年以降もこの充実したフェスティバル、可能な限り聴きに行きたい。

by yokohama7474 | 2016-08-27 01:08 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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