ターザン : REBORN (デイヴィッド・イェイツ監督 / 原題 : The Legend of Tarzan)

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出張に出ていたため、一週間ほどブログの更新をしなかった。そして、再開はこの映画だ。実は出張前にも映画を見ているし、この映画を見る前にコンサートにも行っているのであるが、たまたま前回の記事が似たような題材を扱った「ジャングル・ブック」であったので、私としては同時期に公開されているこの2本を続けて採り上げたいと思ったもの。実際には、この記事で初めてこのブログをご覧になる方もおいでであろうし、継続性に気を遣ってもあまり意味がないのかとは思いつつも、自分自身の妙なこだわりというか、頭の整理のためにそうしたいと思ったものなのであります。ただ、東京で起こっている文化イヴェントとしての映画を語る際に、どういう作品が同時に上映されていたかを考える点は、あながち無意味ではないでしょう。

さて、前項で採り上げた「ジャングル・ブック」とこの「ターザン REBORN」の共通点は、いずれも密林で野生動物に育てられた人間が主人公ということであり、つまりは、人間による文明社会と動物の社会との対比が自然と大きなテーマになると言えよう。だが、これは言うまでもないことであろうが、この2つの映画、全く異なる内容である。「ジャングル・ブック」のモーグリは、森の中を駆け巡るが、「アーアァ~」と雄叫びを上げて蔓を使っての振り子移動はしないし、「ターザン REBORN」のターザンは、熊と一緒に川に浮かんで気楽な歌を歌いはしない。いや、その前に、大きな違いが3つある。ひとつは、モーグリは子供であるのに対してターザンは立派な大人であること(当然ながら 笑)。ふたつめは、「ジャングル・ブック」の動物たちは劇中で人間の言葉を喋るのに対し、この映画ではその設定はないこと。そして3つめは、これは実は結構重要なことなのであるが、「ジャングル・ブック」の舞台がインドであるらしいのに対し、この映画の舞台はアフリカであると明示されていることだ。最後の点について補足すると、「ジャングル・ブック」の記事で書いた通り、そちらの映画では虎が王者であり、ライオンは姿を見せなかったのに対し、この映画ではライオンが登場し、このようにターザンと旧交を温め合うのである。
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最初の点に戻ると、今回のターザンは、立派な大人もよいところで、英国の貴族なのである。米国人作家である原作者のエドガー・ライス・バロウズ(1875-1950、ほかにも「火星のプリンセス」のようなSFシリーズを多く執筆)の作り出したターザン像(1914年に初の単行本「類人猿ターザン」発表)について詳しく知るものではないが、一種の貴種流離譚としての設定があるのだろう。最初の方ではこのような恰好で登場する。サミュエル・L・ジャクソン扮する米国の特使が、人権調査のために、ターザン、いや、グレーストーク卿の故郷であるベルギー領のコンゴに出向くことを依頼するシーン。
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そして早い話が、グレーストーク卿はコンゴの密林の中で惜しげもなく(?)こんないで立ちとなり、襲い来る危機に立ち向かうのであった。演じるのはスウェーデン人のアレクサンダー・スカルスガルド。既に40歳とは思えない素晴らしいその肉体美とは裏腹に、この映画では随所に深刻な表情で登場する。
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ターザンと言えば、昔のハリウッド映画でその役を演じた、もと水泳のオリンピック金メダリスト、ジョニー・ワイズミュラーが有名だが、上の写真と下の写真を比べてみると、まあなんというか、時代の変遷を感じますなぁ。
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つまり、これはどのヒーロー物も同じなのであるが、21世紀も15年以上経過した今日、古きよき時代のように、ただ単純に悪い奴をやっつければよいというわけにはいかないのである。ヒーローにも弱みがあり、深い悲しみや触れられたくない過去があり、そして、場合によってはこの映画のように、歴史的事実とののっぴきならない対峙という要素も出てくるのである。つまりこの映画の評価には、そのような製作態度自体への評価がまず関係して来よう。私自身としては、このブログでもいくつかの映画におけるリアリティのなさには憤慨を示してきたが、その点この映画のリアリティは、ある前提のもとにではあるが、説得力のあるものであると思う。つまり、ここでターザンが巻き込まれるのは、欧州の帝国主義の一端としてのベルギーのコンゴ支配であって、英国でもフランスでもオランダでもよい、近代においてヨーロッパ各国や米国が、アフリカやその他の植民地で何をしていたかについてのイメージが多少でもあれば、ターザンが「アーアァ~」と雄叫びを上げるだけではすまない深刻な内容であると分かるはず。だからこれは、「ジャングル・ブック」のようなファンタジーではなく、実に社会派な映画なのであって、その点が評価の分かれ目になるように思う。

リアリティという観点では、例えばターザンの顔の傷など、あらゆるシーンでご丁寧にも同じ場所に同じように存在していて、これだけのCGあり、エキストラの大量出演ありの大作の中で、そのような細かい気遣いには感心する。
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また、ターザンとその妻ジェーンとの出会いのシーンにおいては、数年前ということが分かるように、登場人物の表情が少し初々しいものに感じられた。そのような細部の積み重ねからリアリティが生み出される。本作の監督、デイヴィッド・イェイツは「ハリー・ポッター」シリーズを手掛けており、次回作は「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」であるそうだが、魔法の世界を表すにもリアリティは重要であるということだろう。

リアリティと言えば、サミュエル・L・ジャクソン演じるジョージ・ワシントン・ウィリアムズや、クリストファー・ヴァルツ演じるレオン・ロムは実在の人物であるらしい。前者は、このところこの役者が演じている癖のある人物像の数々に比べれば、まっとうな役柄とは言えようが、そのセリフで語られる南北戦争や米国ネイティブ狩りの悲惨さから、一筋縄ではいかない複雑な人物像であると分かる。そして、この映画で明確な悪役であるレオン・ロム。どこかで見た顔だと思ったら、「007 スペクター」でも憎たらしい悪役を演じていた。やはりこの種の映画では悪役は非常に重要であり、この人の場合、画面に出るだけで、チンピラにはない品性を伴った本物の悪の匂いが漂う。もう善人の役は演じられないのではないかと心配になる(笑)。
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ターザンの妻ジェーンを演じるのは、オーストラリア出身のマーゴット・ロビー。「ウルフ・オブ・ウォールストリート」でディカプリオの妻の役を演じていたらしい。なるほど。でもここでの役は、ターザンを慕いつつもアフリカの奥地で自分の身は自分で守るという芯の強い女性を演じていて、なかなかに気品があり、美しい。
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だが、彼女の次回出演作を知ってビックリ。日本でも随分以前から予告編が上映されており、もうすぐ公開になる「スーサイド・スクワット」の、この役だ!!ならず者を集めた部隊という設定でも、かなりワルそうな女の役。いやいや、役者とは本当に大変なお仕事ですなぁ。
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「ジャングル・ブック」との比較において挙げたもう一点の差、つまり、ここでは動物たちは喋らないという点だが、実はその点も大変に興味深い。つまり、ここでのメッセージは、近代において世界を牽引し、文明度を誇ったはずの欧米諸国は、アフリカ奥地の原住民たち、さらにはそこに住む動物たちと比べて、一体どちらが野蛮であったかということであるからだ。動物たちが人間のように喋ったりすると、私利私欲で奔走する人間と同程度の野蛮な存在に堕ちてしまうというメッセージではないだろうか。「ジャングル・ブック」との共通点は、ここでも象が森の中の神聖な存在として出てくることである。日本には、先頃69歳で大往生した、はな子の例もあるし、今後は動物園で象を見るときには、神聖なものとして接することとしよう。

by yokohama7474 | 2016-09-04 09:40 | 映画 | Comments(0)