山田和樹指揮 日本フィル 2016年9月3日 サントリーホール

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9月に入り、「楽都」東京に通常のコンサートシーズンが返ってきた。まだまだ暑い日が続いているので、秋という感じはしないが、この秋、これから11月にかけての東京の音楽シーンは、すごいことになっている。オペラにコンサートに、一流演奏家が徒党を組んで東京を襲来(時折意表をついて横浜でだけ重要なオペラ公演があったりして油断できないが---もちろん、ムーティ指揮ウィーン国立歌劇場の「フィガロの結婚」のことを言っている)。迎え撃つ日本勢も、それはそれは充実の顔ぶれだ。もとより、行きたいオペラやコンサートにすべて行けるわけでは到底ないものの、東京で起こっている文化イヴェントの意義を正しく認識するために、頑張って仕事のやりくりをして出掛けたいと考えている次第。

さて、そのような充実の秋のシーズンの最初に聴いたのがこの演奏会。このブログでも何度となく採り上げてきた、日本だけでなく世界的に見ても若手指揮者のホープのひとり、山田和樹である。彼は国内外で非常に多くの重要なポストを持っており、超人的なハードスケジュールをこなしているわけだが、それを童顔で易々とこなしているように見えてしまうのがすごい。大変な集中力と明晰な頭脳の持ち主なのであろう。このところ毎年9月には、彼が正指揮者を務める日本フィル(通称「日フィル」)の定期に登場している。
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彼はどうやら聴衆の前で話すことが好きらしく、一連のマーラーシリーズでも必ずプレトークがあるのだが、スタッフが毎回時間制限を伝えに来るほど夢中になって聴衆に語り掛けており、またその説明が誰にでも分かりやすいのである。日フィル定期では、演奏会の前のプレトークで楽団の方などが曲目解説をするのが恒例になっているようだが、今回は山田自らの希望により、自身で語りをすることになったとのこと。その日の演奏会について指揮者が語るとは非常に貴重な機会である。今回の曲目は以下のようなもの。
 柴田南雄(みなお) : コンソート・オブ・オーケストラ
 リヒャルト・シュトラウス : 4つの最後の歌(メゾソプラノ:清水華澄)
 エルガー : 交響曲第1番変イ長調作品55

これは誰でも飛びつくようなポピュラーな曲目とは言い難く、また一見脈絡がないように見える。このあたりについて山田はいかに語るのかに興味があったので、楽しみにしてプレトークに出掛けた。まず最初の柴田の曲であるが、この曲を採り上げたのは、今年がこの作曲家の生誕100年、没後20年に当たる記念の年であるからで、未だ若い山田としては、自分自身を含めてこの偉大な作曲家の業績を知らない世代が増えてきているので、日本の作曲界の遺産を未来に伝えて行くために柴田作品を採り上げるとの説明があった。実は、11月7日(月)に、同じ日フィルを指揮して同じサントリーホールで、大作である交響曲「ゆく河の流れは絶えずして」を含む柴田作品だけによるコンサートを開くので、いわばその前哨戦として今回の演奏会に柴田の短い作品を含めたとのこと。尚、その演奏会のチラシは以下の通りだが、充分にスポンサーを集めることができず、山田が私財を投げ打って開催するのであるという。その心意気には全く頭が下がる。心ある方は是非お出かけ頂きたい。尚、この「ゆく河の流れは絶えずして」については、後ほどまた触れることとしたい。
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尚、柴田南雄については、今年3月6日付の大野和士指揮東京都交響楽団の演奏会の記事の中に触れているので、そちらも是非ご参照下さい。今回演奏された「コンソート・オブ・オーケストラ」は、1973年に初演された16分ほどの曲であるが、中身は驚くほど「現代音楽」めいている。リゲティや、トンがっていた頃のペンデレツキを彷彿とさせる音楽で、トーンクラスターとかセリー音楽という、まあ知らなくても日常生活にあまり苦労することはないだろう(笑)手法が使われているが、それは作曲家本来の表現意欲というよりは、好奇心に駆られて試しにいろいろやってみたという、ある種のパロディ音楽だと言ってしまうと、少し言い過ぎであろうか。以前も書いたが、私が音楽を聴き始めた頃にFMで音楽番組の解説をしたり、エッセイやレコードのライナーノートを書いていた柴田は、大変な教養人でありまた、温厚な語り口の人であった。なにせ、東京大学の植物学科と美術史学科を両方出ている人なのである。今回の山田の演奏は、まぁ楽し気に演奏したとまでは言えないかもしれないが、作曲当時とは段違いの演奏能力を備えた今の東京のオケなら、この程度は余裕でこなせるものであろう。

2曲目の「4つの最後の歌」について山田は、大変素晴らしい曲なのに、なかなか歌える歌手を見つけるのが難しいと自論を展開。ソプラノで歌われることが多いが、音域としては少し低い。アルトにしては少し高い。なのでメゾ・ソプラノで歌える人がいないかと探していたところ、たまたまマーラー・ツィクルスの第2番「復活」においてメゾ・ソプラノとして出演した清水華澄 (しみず かすみ)に可能性を見出し、打診をしたところ、清水としても初挑戦だがやってみようということになった由。清水は二期会所属で、アムネリスやエボリ公女、サントゥッツァ等、イタリア・オペラのドラマティックな役柄を中心に活躍中だ。
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この「4つの最後の曲」を、私は西洋音楽の長い歴史においても最高の作品のひとつであると思っている。84歳のドイツの老巨匠が、激動の戦争の時代を経た1948年、生涯のほぼ最後に書いた奇跡の歌曲集である。死を究極のテーマとして、暗く重く淋しくはあるものの、そこには同時にシュトラウスならではの、華麗で耽美的な雰囲気も漂い、今このように書いているだけでも、胸がグッと来てしまう傑作だ。清水の歌はドラマティックな表現を中心としながら、声量も情緒もうまくコントロールされたものであったと思う。山田の指揮する日フィルも、個人技を含めて万全の伴奏。歌い終わって、人差し指でそっと目頭の涙を拭った清水の仕草が心に残った。

さて、メインに据えられたのは、決して秘曲というほどマイナーではないが、実演で聴くことはあまり多くない、英国の大作曲家サー・エドワード・エルガー(1857-1934)の第1番。1908年に世界初演されている。山田によると、この曲の日本初演はようやく1980年になされていて、その時は日フィルが演奏しているとのこと。音楽好きならピンと来るだろう。指揮者は英国のジェームズ・ロッホランだ。このロッホラン、あのバルビローリの後任としてマンチェスターのハレ管弦楽団の音楽監督も務めた名指揮者であるが、一時期はよく日フィルを指揮しており、今でも同楽団の名誉指揮者の称号を持っている。最近活躍を聞かないが、1931年生まれと高齢なので、既に引退状態なのだろうか。ともあれ、山田はこのエルガーの曲を面白おかしく解説した。第1楽章と第4楽章で、遠くから聴こえてくる音を表すのに、弦楽器セクションの後方の奏者だけ演奏するという変わった指示があるとか、第2楽章のスケルツォのマーチはまるでスター・ウォーズ(当然ダースベーダー・マーチを指している)のようであるが、このエルガーの曲の方がもちろん先に書かれているとか、緩徐楽章である第3楽章の美しさは本当に素晴らしいとか。ここで山田は、この情緒豊かな第3楽章には亡き人への追悼が感じられるとして、実は今回の演奏会の裏のテーマとして、「亡き人を偲ぶ」というものがあると説明した。

さて、エルガーが完成した交響曲は2曲。これらは、ボールトやデイヴィスという英国の大指揮者だけではなく、かつて英国にポストを持った外国人指揮者たち、例えばバレンボイム、ショルティ、シノーポリらが軒並み録音を残しているので、私もそれら多くの録音に親しんではきたものの、正直なところ、何回聴いても膝をポンと打つようにはならないのが実情だ。時に英国のブラームスなどとも呼ばれるエルガーだが、うーむ、ブラームスの極度の洗練とはかなり違うように思う。大いに盛り上がっているのはよく分かるのだが、そこに引き込まれて大興奮、とはどうもならないのがいつものことなのだ。今回の山田の演奏は、見通しもよく、技術的には高度なものではあったものの、目から鱗のエルガーとまでは行かなかった。私とエルガーとのつきあいは、今後もこんな感じで続いて行くのであろうか。
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ともあれ、この3曲の組み合わせは大変意欲的であるのは言うまでもなく、やはり東京の音楽シーンにおける山田和樹の重要度を改めて認識した次第。上述の11月7日の柴田作品の演奏会には行けるか否か分からないが、可能性を追求することとしたい。そこでのメインの曲目、「ゆく河の流れは絶えずして」は、もちろんあの鴨長明の「方丈記」から歌詞が取られたものであり、合唱団が舞台を練り歩くなどの演出を含む一種のシアターピースである。山田は、「前回この作品が演奏されてから27年間、誰も演奏していないので、自分が採り上げることにした」と語っていたが、そうなのである。前回の演奏は1989年、若杉弘指揮の東京都交響楽団によるもの。なぜ知っているかというと、私もその演奏会に行ったからだ。当時、若杉と都響は、マーラーやブルックナー等の後期ロマン派から新ウィーン楽派、フランス音楽、戦後の音楽、とりわけ日本の現代音楽等、意欲的な試みを次から次へと行っていて、今でも思い出すと胸が躍る。柴田南雄の作品だけで一夜の演奏会が開かれたのだが、これがその時のプログラムと、林光が朝日新聞に掲載した批評(同じ指揮者とオケで同じ月に演奏された諸井誠の演奏会と併せて論評)。
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当時の日本はバブルの真っさ中であったわけだが、熱狂的な経済の隆盛の中で行われたこのような意欲的な文化面での試みの歴史的な意義は、長く顕彰されてしかるべきである。若杉も大変な才人であったが、70そこそこで惜しくも亡くなってしまった。だが日本では、時代は変わっても新しい世代が先人の業績を引き継ぎつつ、また新たな試みを続けているわけであり、我々はそれを誇りに思おうではないか。それこそまさに、「ゆく河の流れは絶えずして」である。方丈記の意図する無常感だけではなく、その流れに積極的な意味を見出して行きたいものだ。

by yokohama7474 | 2016-09-04 23:15 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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