ユジャ・ワン ピアノ・リサイタル 2016年9月7日 サントリーホール

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前々回の記事に続く、ユジャ・ワンのピアノ・リサイタル。前回は中規模ホールの神奈川県立音楽堂でのコンサートだったが、今回はいよいよ日本のメインホール、サントリーホールでのコンサート。彼女が今回日本で行う5回のリサイタルのうちの3回目。まさに折り返し地点である。先の記事で説明した通り、今回の彼女のリサイタルは、チケット売り出し時には曲目未定であった。上のチラシは、実は巷で配布されたのをあまり見かけなかったが、そうする必要がないほどチケットの売れ行きが早かったのだろうか。ここを見ても、曲目の記載はない。ただ、「さらに自由に さらに激しく さらに美しく」と、クラシックのコンサートのチラシとしては異例のコピーが、ピンクと青を使って書かれている。

18時30分にホールが開場して人々が中に入ると、早くもCD売り場が黒山の人だかり。なんでも、終演後にサイン会があるという。見渡してみると聴衆は本当に老若男女様々で、いつのまにかユジャ・ワンはこれだけ幅広い層の人々から支持されるようになったのだと実感。さて、今回の興味はまず、チケット売り出し後に発表された曲目がそのまま演奏されるのか、あるいは、そこからの曲目変更が既に決定しているのか、はたまた、9月4日(日)の神奈川県立音楽堂でのように、開演ぎりぎりになって変更されるのか、という点にあった。入場時に配られた紙片には、「発表しております曲目」として、例のスクリャービン、ショパン、グラナドス、そして後半にベートーヴェンの「ハンマークラヴィーア」が記載されているが、その上部に、「本日の公演は、演奏者の強い希望により曲目・曲順が一部変更になる場合がございます」とある。ただこの書き方なら、「あ、ちょっと曲順が変更になるだけで、今日こそは前半にこれらの曲を弾くんだな」と思ったのである。ところが開演直前のアナウンスは、「曲目の変更がございます。まず前半はシューマンの『クライスレリアーナ』、後半はベートーヴェンの『ハンマークラヴィーア』になります」であった!! のみならず、「直前の曲目変更になったことをお詫び申し上げます」と来た。だ・か・ら、ホールが謝る必要などないと言っているでしょうが。
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さて、神奈川県立音楽堂のケースを思い出してみると、これと同じ内容の会場アナウンスであったにもかかわらず、実際には「クライスレリアーナ」のあとに、予告なしにカプースチンの変奏曲作品41が演奏されたのである。今回はどうなることか。・・・やはり同じことが起こったのだ。これには少々驚いた。前回のコンサートの記事で書いた通り、私は、シューマンの幻想性のお口直しに、その場の思い付きでジャズ風のカプースチンを弾いたのかと思ったのである。だが、今回も同じことが起こるとなると、何か違う意図があるはずだ。・・・そして私が聴きながら思いついた仮説は以下の通り。つまり、「クライスレリアーナ」の終曲のリズムを、シューマンは自身の交響曲第1番「春」の終楽章でも使っている。一方のカプースチンの曲は、何を主題にした変奏曲であるかは定かではないし、解説も見たことがないが、もとになっている主題は、実はストラヴィンスキーの「春の祭典」の冒頭のファゴットのメロディではないのか??? そうすると、春つながりということか。そういえば、ユジャの衣装は春先に出る限定ビールの柄のようなピンク色だ(笑)。と思っている私をあざ笑うような出来事が次に続いた。なんとカプースチンの曲のあと、前回はアンコールのうちの1曲であったショパンのバラード第1番をユジャは弾いたのだ!!このスーパー・ピアニストにとってはもはや、メインの曲目もアンコールも、差がないのだ。感興の赴くまま、心に沸き上がったものを指からピアノに放射する。チラシのコピーに偽りはない。なんと自由な。もしかすると次のリサイタルでは、演奏時間45分の大作「ハンマークラヴィーア」ソナタをアンコールとして弾くのではあるまいな!!(笑)
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まぁとりあえず(?)、今回のリサイタルではメインとして演奏された後半の「ハンマークラヴィーア」のあと、実に7曲のアンコールが演奏された。いずれも前回のリサイタル、あるいは以前の来日公演で弾いたことのある曲ばかりだ。終演は21時40分頃であった。
 シューベルト(リスト編) : 糸を紡ぐグレートヒェン
 プロコフィエフ : ピアノ・ソナタ第7番第3楽章
 ビゼー(ホロヴィッツ編) : カルメンの主題による変奏曲
 モーツァルト(ヴォロドス/サイ編) : トルコ行進曲
 カプースチン : トッカティーナ 作品40
 ラフマニノフ : 悲歌 作品3-1
 グルック(ズガンバーティ編) : メロディ

個々の演奏について詳細に入ることはしないが、ほぼ同じ曲目を異なるホールで聴いた感想は、やはりよい音楽はよいホールで聴きたい、というもの。サントリーホールの音響は際立っていて、ひとつひとつの音のクリアさが全然違う。そこから、実は面白い感想を抱いたのである。それは、「クライスレリアーナ」でも「ハンマークラヴィーア」でも、冒頭に聴こえてくる音の塊の中に、ごく僅かな技術的な揺れが聴き取れたこと。そうなのだ。ユジャ・ワンとても機械ではない。ただ正確に弾いているだけではない。サントリーホールだからこそ、彼女の演奏に備わった、ある種の人間性が伝わってきたと捉えたい。もちろん、彼女の演奏はすべてを通して完璧と賛美することに何ら躊躇はないが、そこには同時に、生身の人間であるユジャ・ワンの姿を感じることができるのである。一度これを聴き取ってしまうと、次からまた、その前提で聴くことになるので、神ならぬ身の奏でる音楽の素晴らしさを、より一層実感することになると思う。レパートリーも現時点では技巧性に重きを置いた曲が多い彼女であるが、今後徐々に、違ったレパートリー、例えばハイドンやモーツァルトやシューベルトを採り上げて行くだろうし、それからバッハという巨塔に挑む日が来るだろう。また、ウェーベルンやメシアン(そういえば、最近トゥーランガリラ交響曲を弾いたらしい)なども、きっと面白いと思う。聴き手としても、一回一回のリサイタル体験の積み重ねを耳に残して行けば、今後彼女が到達するであろう目も眩むような高みについて行くことができるかもしれず、本当に楽しみだ。その頃彼女のステージ衣装がどうなっているか分かりませんがね(笑)。

ユジャ・ワンの次回日本登場は、11月のマイケル・ティルソン・トーマス指揮のサンフランシスコ交響楽団との共演である。それに出掛けるのはちょっと難しそうだが、今後は室内楽なども、もっと聴いてみたいものである(チェロのゴーティエ・カプソンとのデュオは日本でも実現したと記憶する)。その場合はさすがに当日曲目変更はないだろうから、ユジャ・ワン独特のスリルは味わえないのだろうか。興味あるところである。

by yokohama7474 | 2016-09-08 01:42 | 音楽 (Live) | Comments(0)