N響90周年特別記念演奏会 マーラー「一千人の交響曲」パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK交響楽団 2016年9月8日 NHKホール

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NHK交響楽団(通称「N響」)は今年創立90周年を迎える。N響は言うまでもなく日本を代表するオーケストラであり、日本の西洋音楽史において重要な歴史を刻んできたわけであるが、昨今の日本のオケ全体のレヴェルアップの中で、数々課題もありながら、その指揮者陣においては依然としてトップを独走する。とりわけ、昨年から首席指揮者の地位についたエストニア出身のパーヴォ・ヤルヴィは、世界中のオーケストラから引く手あまたのビッグネーム。9月からの新シーズンに入り、定期演奏会の開始に先立ち、この演奏会が開催された。音楽史上最大規模の演奏者を要する超大作、マーラーの交響曲第8番変ホ長調。俗に「一千人の交響曲」と呼びならわされている。今年7月3日付の記事で、ダニエル・ハーディング指揮新日本フィルの演奏会を採り上げたが、そこに書いた通り、普通世界のどんな大都市でも、せいぜい数年に一度という頻度でしか演奏されないこの超大作、東京でだけはほぼ毎年か、あるいは今年のように、1年のうちに複数回演奏されることがある。しつこいようだが、こんな現象は、世界広しと言えども東京だけであろう。大規模な合唱を伴う祝典的な曲であるがゆえに、創立90周年という節目を祝うには最適な曲である。
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実はN響は比較的最近、この曲を演奏している。指揮は名誉音楽監督のシャルル・デュトワ、2011年のことである。私はその時には残念ながら聴きに行くことができず、その後演奏会を録画したものの、視聴しないままになっているが、かなり充実した演奏であったものと聞いている。この大曲なら、さしもの広いNHKホールも音の奔流に満たされるだろうという期待を込めて、今回は実演を楽しみに出かけた。収容人数3,800人のNHKホールは、大入り満員。せっかくの特別演奏会だ。1度きりの公演が、少しもったいないような気がする。
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ホール入り口を入ったところには、このような落ち着いた創立90周年の垂れ幕が下がっている。90年の重みによる緊張のせいか(笑)、ちょいとピンボケ。
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さすが超大作だけあって、通常よりも舞台が前にせり出していて、恐らくはオペラ上演のときのオーケストラ・ピットあたりの位置になるのではないか。普段このホールの巨大さに閉口している身としては、これによって少しでも聴きやすい音になっていることを期待する。弦楽器の編成は、コントラバス10本。舞台上にはソリストの歌手が7人登場するが、舞台後方の合唱団の手前ではなく、舞台最前列に並ぶ。やはりこの広いホールではその必要があるのだろう。今回の歌手の一覧を記しておこう。
 ソプラノ1 : エリン・ウォール(カナダ)
 ソプラノ2 : アンジェラ・ミード(アメリカ)
 ソプラノ3 : クラウディア・ボイル(アイルランド)
 アルト1 : カタリーナ・ダライマン(スウェーデン)
 アルト2 : アンネリー・ペーボ(エストニア)
 テノール : ミヒャエル・シャーデ(ドイツ系カナダ)
 バリトン : ミヒャエル・ナジ(ドイツ)
 バス : アイン・アンガー(エストニア)
名前に聞き覚えがあるのはミヒャエル・シャーデくらいだが、METやウィーンやスカラ座に出演経験のある若手歌手が中心である。中でも、ヤルヴィの出身国であるエストニアの歌手が2人含まれているのが注意を引く。N響の演奏会で独唱つきの曲というと、昔のサヴァリッシュやシュタインやスウィトナーの頃は、日本人の歌手が中心であったというイメージがあるが、ここには日本人歌手の名前は一人もいない。ヤルヴィの主導する国際スタンダードでの勝負ということだろうか。

さて今回の演奏の印象であるが、相変わらずヤルヴィの長い腕が複雑な音響をよくまとめており、なかなかの熱演であったと思う。前回のハーディングの演奏会の記事でも書いたことであるが、この曲は、巨大な規模であるにもかかわらず、室内楽的な透明さが求められる箇所が多く、特に後半、第2部の冒頭から大団円に至る長い行程は緊張感の持続が大変なのであるが、今回はN響の弦の響き(特にチェロ)が深々として素晴らしく、単調に逸することを免れていたと思う。合唱団は、少年合唱(NHK東京児童合唱団)は暗譜で、大人の合唱(新国立劇場合唱団と栗友会合唱団の合同)は譜面を持っての演奏となったが、いつもながらの日本の合唱のレヴェルの高さを示していた。舞台の左右に歌詞の対訳字幕が出ていたのも、親切なアレンジであったと言えるだろう。もっとも、第1部はラテン語の聖歌、第2部はゲーテの「ファウスト」から採られており、オペラのようにストーリーがあるわけではないので、予備知識がない人にとっては、字幕だけ追ってもチンプンカンプンであったかもしれないが・・・。まあそれでも、字幕がないよりはあった方がよいとは思います。

そうしてここからはいつもの感想なのであるが、残響のないホールでこの曲を聴くのは、本当に本当に本当に残念だ。結局、舞台が前面にせり出した効果もさほどではなく、鳴っていたのはいつものNHKホールの音響であった。演奏の中身自体は間違いなく国際的水準には当然達していようが、全体としての音楽体験としては、なんとも残念なことに、このホールでは厳しい。創立90周年を機に、N響には是非、21世紀にふさわしい音楽体験を目指してもらいたい。

ところでヤルヴィとN響は、これから10月初旬までの間に、いつもの通り3つのプログラムを2回ずつの定期演奏会に加え、いくつかの特別演奏会も開く。その中には、サントリーホールを舞台とした、同じマーラーの今度は3番も含まれている。その成果はもうすぐ判明する。今N響が果たすべき役割。ヤルヴィのもとでそれが果たされて行くことを、音楽ファンとしては切に願っている。
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by yokohama7474 | 2016-09-09 00:06 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented by 吉村 at 2016-09-09 12:26 x
私は二階席で聴いていましたが、熱演だったが故に、本当にサントリーホールで聴きたかったです。でも、オルガンの横で歌った栄光の聖母のパートはどういう訳か、素晴らしく響いて聞こえました。
Commented by yokohama7474 at 2016-09-09 23:53
> 吉村さん
そうでしたそうでした。あれは歌手(クラウディア・ボイル)の歌も最高でしたね。そもそも栄光の聖母役は、この長大な曲において、たったの一ヶ所しか出てこないのに、おいしいところを持って行く役ですよね(笑)。この曲をよくご存じない方のために付記すると、「舞台上に7人の歌手が並んだ」と書いたくせに、歌手名を列記した箇所には8人の名前が載っているのは、この栄光の聖母役のソプラノだけ、舞台以外の高いところに忽然と表れて消えて行くからです。
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