東京二期会公演 ワーグナー作曲 楽劇「トリスタンとイゾルデ」(指揮 : ヘスス・ロペス=コボス / 演出 : ヴィリー・デッカー) 2016年9月10日 東京文化会館

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このブログは昨年6月3日に始めて、未だ1年3ヶ月という新米ブログなのであるが、9月10日をもってアクセス総数 4万を超えました。うーん、あまり具体的なイメージは沸かないが、これが何やら大変な数字であることは理解できる。いつも好き勝手なことを書いているので、お気に召さない方も当然沢山おられるであろうが、東京で起こっている文化イヴェントをメインに紹介するという志は維持して行くので、たまたまこの記事をご覧になった方も、またお立ち寄り頂ければ幸甚です。

と、いきなり〆の言葉のようになってしまったが、いけないいけない。9月からの新シーズンで、東京で最初に上演されるオペラ公演のご紹介をせねば(笑)。上のチラシには東京二期会による2公演がまとめて記載されているが、今回私が鑑賞したのは、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」。実はこの作品、このブログとは多少の因縁がある。昨年8月15日に、ワーグナーの聖地であるバイロイト音楽祭でのクリスティアン・ティーレマン指揮のこの曲についての記事を書いたが、それがこのブログにおいて、これまででダントツにアクセスの多い記事なのだ。日本人のワーグナー好きには本当にびっくりなのだが、もっとびっくりしたことがこのオペラ鑑賞前日に起こった。件のバイロイトの「トリスタン」のポスターを現地で買ってきて、我が家の書斎のドアに貼っていたのであるが、この日帰宅すると、それが地べたに転がっているではないか!!家人いわく、突然ベリベリと大きな音を立ててポスターが剥がれたという。うーん、東京で「トリスタン」を聴きに行く前日に起こった現象としてはとても不思議である。作品が何かのメッセージを私に伝えているのであろうか。もっとも、ただ単にセロテープをわっかにして貼っていただけだったので、粘着力が不足していたという説もある。この機会に、ちゃんと両面テープで貼り直しました。
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そんなわけで、二期会が上演する「トリスタン」である。二期会と言えば、ワーグナーとリヒャルト・シュトラウスを非常に積極的に手掛けている印象があるが、今回の公演のプログラムに記載されていることには、なんとなんと、今回は二期会初の「トリスタン」上演であるという。ワーグナーの主要作品は10(大作「ニーベルングの指輪」は4作と勘定して)。そのうちの9作は、場合によっては既に複数回実演済なのに、この作品だけが未上演であったとは、大変意外なのであるが、それゆえに二期会にとってもこの上演は画期的なものなのであろう。上のポスターにある通り、ライプツィヒ歌劇場との提携公演であるが、昨今このような国境をまたいだ提携は、コスト管理の点から大変効率性がよいということで、どんどんポピュラーになっている。このような提携の場合、セットの移動費を考えると、ステージの作り付けもシンプルな方がよいわけで、今回はまさにそのような上演となった。

実は私が今回この公演を聴くに当たってのお目当ては、まず指揮者である。1940年生まれの76歳、スペインの名指揮者、ヘスス・ロペス=コボスだ。
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彼の指揮するワーグナーというと、日本における金字塔的な実績は、1987年、ベルリン・ドイツ・オペラの音楽監督として、「ニーベルングの指輪」4部作のツィクルスとしての日本初演をしたことだ。あれからはや30年近く経ち、既に円熟の境地。国際的にそれほど派手に活躍している印象はないが、私としてはいつも気になる存在。私は若い頃に、「スペインのモーツァルト」と呼ばれたアリアーガという作曲家の交響曲を演奏した彼のレコードを愛聴したし、FMでローザンヌ室内管との演奏をあれこれ聴いた時期もあり、近年は N 響を振った実演も聴いているが、「トリスタン」を日本で舞台上演するとなると、また違った重みを期待したい。ちなみに今回のオーケストラは、読売日本交響楽団(通称「読響」)。このオケはちょうど1年前、2015年9月に音楽監督シルヴァン・カンブルランの指揮でこのオペラを、舞台ではなくコンサート形式で演奏している(昨年9月7日の記事をご参照)。毎年この大曲を演奏する機会があるとは、オケにとっては大変に素晴らしいこと。全曲を一度演奏するごとに表現力が増して行くことだろう。

今回の上演は4回で、私が聴いたのはその初日。出演歌手は2通りのアンサンブルが組まれているが、トリスタン役のひとりを除いては、全員日本人である。これは日本の音楽レヴェルを知る意味では貴重な機会。そして演出は、ドイツ人で、かつてハリー・クプファー、ジャン=ピエール・ポネルらカリスマ演出家の助手を務め、ケルンで長く活躍したヴィリー・デッカー。映像化されている演出としては、未だ若くスリムであったアンナ・ネトレプコとロランド・ビリャソンが共演したスタイリッシュな「椿姫」がある。これは東京文化会館におけるリハーサル時の指揮者と演出家。服装まで含めて、なぜか双子のようにそっくりだ(笑)。
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今回のロペス=コボスの指揮は、なんとも確信に満ちたものであったが、決して煽り立てることのない大人の指揮ぶりで、延々と続く音の波を巧みに再現した。冒頭は若干硬い感じがしないでもなかったが、進むほどに音が広がって行ったイメージである。第2幕の入りの部分など、これから始まる長大な(そして、聴いていて時々眠くなる 笑)夜の音楽の導入として、夕焼けの輝きを放つ必要があるので、音の広がりが大変重要であるところ、素晴らしい鳴り方であった。ここで醸成された雰囲気が、次の第3幕にまで継続して行ったように思う。第3幕の前奏曲は、まさに荒涼殺伐とした孤島の雰囲気で、全曲を通してもオケの聴きどころのひとつであるが、ピットを見ていると、最初の弦楽合奏から牧童の笛の部分までは金管楽器奏者は席にもついておらず、繊細な冒頭部分が終了してからピットに入ってきていた。若干奇異な感じもしたが、弦楽器の集中力を求めるロペス=コボスの指示だったのであろうか。いやそれにしても、的確な指揮ぶりで長丁場を捌いた彼の手腕は素晴らしいと思う。

歌手では、イゾルデを演じた横山恵子が大健闘だ。
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演技を含めて全く危なげないばかりか、時にぞっとするような表現力を聴かせてくれた。終幕の「愛の死」は、オケが盛り上がる中で、絶叫というよりは静かに神秘的に歌い上げる必要があってなかなか難しいと思うが、鬼気迫る歌唱であった。それから、ブランゲーネ役の加納悦子。
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目立ちすぎないその立ち居振る舞いが基本でありながら、要所要所でストーリーの曲折に関与し、最後にはイゾルデの「愛の死」を導く役目まで務めるブランゲーネ。今回の加納の歌唱と演技は、この作品におけるこの役の重要性を改めて認識されてくれる見事なものであった。彼女らに比べると、トリスタン役のブライアン・レジスターは、残念ながらちょっと弱かったとしか言いようがない。これは練習風景。
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彼は米国人で、キール歌劇場などで既にトリスタン歌唱の実績はあるようだ。声はそれなりに美しい部分もあるものの、声量や伸びに不足しているなぁと思って聴いていると、第3幕の前に二期会の大野徹也(今回の公演監督)が出て来て、「ブライアン・レジスター氏は体調不良であるが、最後まで歌います」と説明した。まぁ、第3幕におけるトリスタンは、もともと瀕死の状態なので、それでもなんとかなったわけであるが(笑)、次回は万全の状態でまた日本のステージに立って欲しい。

演出は、最小の舞台美術による簡潔なもので、一艘の小舟と、それを囲む可動式の壁の中ですべてのストーリーが展開する。登場人物たちは単色の衣装を身に着け、彼らを囲む空間は、第1幕では青い水を模した模様、第2幕では森の緑、第3幕では寒々しい白地に墨のような黒。それぞれの意味をあれこれ解釈することはできようが、決して難解ではなく、ドイツで一時期大流行した「読み替え」なる不要なまでに過激な演出とは一線を画すものであった。
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このように、記念すべき二期会初の「トリスタン」は、なかなかに充実した舞台であった。聴衆の方も既に作品をよく知っていることが明らかで、これから日本におけるワーグナー演奏には、面白い発展があるものと期待される。楽しみにしたい。

by yokohama7474 | 2016-09-11 09:34 | 音楽 (Live) | Comments(0)