エリアフ・インバル指揮 東京都交響楽団 (ヴァイオリン : オーギュスタン・デュメイ) 2016年9月20日 サントリーホール

e0345320_22425754.jpg
今日の東京は、巨大な台風16号が迫りつつある状況で、これから明日未明にかけて大雨の予報である。そんな中サントリーホールでは、完売御礼のコンサートが開かれた。実際に足を運んでみると、空席はそれなりにあったものの、場合によっては帰宅の足がなくなるリスクをかけて集まった熱心なファンたちの期待にたがわぬ熱演に、ホールは熱気に満たされることとなった(「熱」の字三連発)。この演奏会、東京都交響楽団(通称「都響」)の前シェフ(タイトルはプリンシパル・コンダクター)であり、現在の桂冠指揮者であるイスラエル人の名指揮者、エリアフ・インバルの登場である。1936年生まれで今年80歳になったインバル、今年はまた都響との初共演から25年という節目の年である。彼の登壇は今回、9月10・15・20日と5日おきの3回、都響のA・B・Cと3種類ある定期演奏会のすべてに登場する。上のポスターは会場のサントリーホール前で撮影したものであるが、15日と20日の2回分(定期演奏会A・B)を1枚に収めてあるところ、今日はホール前に傘立てが沢山並んでいたためにポスターの前に充分スペースがなく、近距離で撮影せざるを得ず、肝心の今日の日付「9/20」が切れてしまいました(笑)。

曲目は以下の通り。
 モーツァルト : ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調K.216(ヴァイオリン : オーギュスタン・デュメイ)
 ショスタコーヴィチ : 交響曲第8番ハ短調作品65

もともとインバルは1980年代にフランクフルト放送交響楽団(現hr交響楽団)の音楽監督として名を上げ、ブルックナーとマーラーの演奏で日本でも大人気となった。そのフランクフルト放送響との来日以降、日本のオケではN響も何度も指揮しているが、その後都響と急接近した。都響はもともと、歴代音楽監督の中に渡辺暁雄、若杉弘といったマーラーを得意とする指揮者を擁し、それからなんと言っても、インバルとはライバル関係(ケルン放送交響楽団の音楽監督として)にあったやはりイスラエル人の名指揮者ガリー・ベルティーニを音楽監督に頂いたこともあるオケであり、マーラー演奏にかけては世界的に見ても優れた実績を持つ。このインバルは都響とは二度に亘るマーラー・ツィクルスを行い、特に二度目のものはすべてライヴ録音され、絶賛を博した。そして今彼が都響と徐々に採り上げているのがショスタコーヴィチである。既にウィーン交響楽団と全集を録音している彼にとって、ショスタコーヴィチの謎めいた大作群は既に自家薬籠中のレパートリー。一方で東京では、都響に限らず全般にショスタコーヴィチ演奏が明らかに増えて来ている。その点においても、今回の8番には期待が募ったのである。
e0345320_23130576.jpg
さてその前にモーツァルトのヴァイオリン協奏曲3番について語ろう。ここで登場したのは、世界有数のヴァイオリニストのひとり、フランス人のオーギュスタン・ギュメイだ。
e0345320_23163434.jpeg
非常に長身な人だが、なんともエレガントなヴァイオリンを弾く。ポルトガルの名女流ピアニスト、こちらは大変小柄なマリア・ジョアン・ピレシュとの一連のデュオでも知られている。また、私の記憶が正しければ、もう20年以上前であろうが、若杉弘と都響がヨーロッパツァーを行った際にソリストとして同行したはずである。最近では指揮もしており、関西フィルの音楽監督という地位にもある。私も以前、ベートーヴェンのコンチェルトを聴いてから久しぶりのデュメイ体験であったが、以前よりも一層音楽の自由度が増しているように思われた。彼クラスになると、力んだり焦ったりすることはなく、心からモーツァルトの音楽を楽しみながら弾くことが可能であり、注意深く聴けばそこに様々な表情が息づいているのが分かったが、それはやはり、並のヴァイオリニストができる技ではない。最近はやりの古楽器風の鋭いところは皆無で、昔ながらのモーツァルトであったと思うが、それは古臭いということでは全くなく、過度な耽美性も排除しているので、安心して聴けるということである。またインバルの指揮するモーツァルトはあまり聴く機会がないが、キビキビした音楽で万全の伴奏であったと思う。もちろん、お互いの音を聴き合う都響の技量に支えられていたことは間違いない。演奏終了後、いつものようにアンコールねだりの拍手が続いたが、デュメイはアンコールを演奏せず、右手の人差し指を立ててクルクル回して「巻き」の合図を聴衆に送った。言うまでもなく、台風が接近しているので、早くコンサートを進めましょうという意味であったのだろう。

そしてメインのショスタコーヴィチ8番であるが、これは第二次大戦中に書かれた1時間を超える大作。あのムラヴィンスキーが初演していて、壮絶な録音も残しているが、この作曲家の15曲のシンフォニーの中では、さほど人気のある方ではない。それでもその劇的な音響は凄まじく、最近日本でも演奏頻度が上がっているように思う。実際このブログでも、8月10日の記事で、ヴァレリー・ゲルギエフ指揮のPMFオーケストラの演奏を採り上げた。実はその記事に書いた、若いPMFオーケストラの演奏に欠けていた力強さが、今回の都響の演奏に感じられたいちばんの特色ではなかったか。以前から何度か書いている通り、最近の都響の演奏は音の芯が必ずしっかりしており、マーラーと同様、このような曲では無類の適性を発揮するのだ。テンポは概して速めであったが、これはインバルが外で吹き荒れる台風を気にしてのことであったわけではないだろう(笑)。むしろ、サントリーホールの中に台風が吹き荒れたという感じすらするのだ。なんという表現の幅広さ。木管、金管の技術力の高さ。打楽器の迫力。弦楽器のニュアンスの豊かさ。少なくとも日本で聴ける最高の演奏水準であり、世界のどこに出しても恥ずかしくない素晴らしい名演であった。インバルは第1楽章と第2楽章を続けて演奏したが、これは珍しいことではないだろうか。だが、第3楽章から最後の第5楽章までは連続して演奏されるので、これによってあたかも全曲が前半、後半の二部構成に分かれたようになっていて、この複雑な情緒の曲の整理方法としては、なるほどと思わせるものがあった。それにしても、この曲で何度も現れる大音響が、未だに耳に残っているし、そこには視覚の作用もある。例えば、第3楽章であったろうか、ティンパニが紙ナプキンをそれぞれの太鼓の革の上に乗せてドコドコ叩き、次の場面ではそれを取り払っているのを目撃したが、あれはスコアに何か表記があるのだろうか。そのような細部にまで固唾を飲んで見守る演奏であったのである。あるいは、ピッコロの活躍と、それに絡まるコントラ・ファゴットは、木管楽器の最高音と最低音の会話であったし、全楽器の炸裂によって音の飛沫が飛び散り、それが収まったときに狂ったようにトレモロを強奏する弦楽器群の音の毛羽立ちも、耳から消えないでいるのだ。ステージにはマイクが沢山立っていたので、きっとライヴ収録され、CDになるのであろうか。記録に残す価値は充分にある名演であった。

最後にインバルについて少し。この人、日常生活でもかなりユニークな人であると聞くが、芸術家たるもの、ユニークであることは大いに結構だ。今回のプログラムにインタビューが掲載されているのだが、よくありがちな通りいっぺんの芸術家のコメントではなく、インバルらしいユニークさがあれこれ見られて興味が尽きない。例えば以下のような具合だ。

QUOTE
自分は12歳まで、とても信仰心の篤い人間でした。神の存在を完全に信じていたのです。その後、私の中で革命が起こり、唯物論者(マテリアリスト)になりました。その時期はあまり長くなかったのですが。今は、この世界を作った創造主の存在を確信しています。(中略) 科学的な研究は様々な分野でなされていますが、科学の力では究明できないことがこの世界にはたくさんあります。それは創造主の力を仮定しなければ説明がつかない。私は創造主の存在を信じていますし、音楽の中には常に創造主の力が働いていると感じながら指揮をしています。
UNQUOTE

またインタビュー記事には、都響との初共演が1991年9月のベルリオーズのレクイエムであったことに触れられており、インバルは、最初の共演のときから都響の反応が早かったこと、その後共演が一時期途絶えてから再度共演を果たしたときには、自分の要求を都響がすぐに思い出してくれたことを述べている。そして、この25年間、都響は進化を続けてきたので、マーラーにしても、以前よりさらに高いレヴェルで演奏できるようになっていると称賛している。これを読んで私は思い出した。私はこのインバルと都響の初顔合わせ公演を聴いている。早速いつものように当時のプログラムを引っ張り出してきた。
e0345320_00000435.jpg
開いてみると、あぁ、そうだ。サントリーホールではこのベルリオーズのほかに、ショスタコーヴィチの1番・5番。そして東京文化会館ではマーラーの「復活」が演奏され、いずれも土曜日の開催であったので、当時未だ社会人としてはペーペーの雑巾がけの身であった私も、すべて聴くことができたのだ。特にショスタコーヴィチ5番の大団円でティンパニと大太鼓の響きに鳥肌立ったことをよく覚えている。当時の新聞記事の切り抜きもあって、音楽評論家 中河原理は、演奏を称賛しながらも、オーケストラにはさらにデリケートな音色美が欲しいと書いている。中河は既に物故しているが、今の都響を聴いたらなんとコメントするだろう。
e0345320_00002445.jpg
そして、この25年前のプログラムに載っているインバルの写真はこれだ。さすがに現在は80歳。年を取ったとはいえ、まだまだその力量は健在であるどころか、これからさらに深化して行く可能性を秘めていると思う。それは本人の言うように、創造主の力を感じながらの指揮であるからかもしれない。次の来日が待ち遠しい。
e0345320_00003410.jpg

by yokohama7474 | 2016-09-20 22:43 | 音楽 (Live) | Comments(0)