ボローニャ歌劇場来日公演 プッチーニ : 歌劇「トゥーランドット」(指揮 : 吉田裕史 / 演出 : アレッシオ・ピッツェック) 2016年9月22日 奈良・平城宮大極殿前特設ステージ

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本公演は、上のチラシにある通り、ジャパン・オペラ・フェスティヴァル2016奈良公演と銘打って開催されたものである。この名称だけでは内容が分からないが、実質的にイタリアの名門歌劇場であるボローニャ歌劇場の引っ越し公演である。指揮をするのはこの歌劇場の首席客演指揮者であり、この歌劇場のオーケストラがシンフォニーコンサートを演奏する際の名称であるボローニャ・フィルの音楽監督である、1968年生まれの吉田裕史(ひろふみ)である。
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恐らく首都圏の方は、「あれ?9月28日のサントリーホールでのコンサートなら知っているけれど、オペラ公演があったとは知らなかったな」と思われる方がほとんどではないだろうか。かく申す私も、この公演のことを全然知らなかった。つい数日前、興福寺の五重塔・三重塔初層同時公開(関連記事は追ってアップ予定...ちょい時間を頂きます)を見るために奈良に向かう途中、近鉄京都駅のプラットフォームに入るまでは。そこで私が目にした光景はこれだ。
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2010年の平城京遷都1300年を記念して開かれた数々のイヴェントのキャラクターとして彫刻家 籔内佐斗司(やぶうち さとし)が考案した、あのせんとくんである。なんの変哲もない(?)せんとくんと思いきや、その向かって右側のチラシが私の気を引いたのだ。
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あの復元された平城宮の中心の建物、大極殿の前に特設ステージを設けて、あのプッチーニの名作「トゥーランドット」を演奏する。しかもあのマエストロ吉田とあのボローニャの共演。東京のコンサート会場で配布されているチラシ(原始的ながら、公演情報としては未だ非常に有用なツール)では見たことがないし、いわゆる大手のチケット業者が扱っていないのか、これまでこの公演のことを聞いたことは皆無であった。だが、せんとくんのお導きで知ってしまったからには、これにはどうしても出掛けねば。というのも、実は私はこのマエストロ吉田とは若干の知遇を得る幸運に浴しており、彼の音楽の素晴らしさをよく知っているからだ。文化に敏感な方々に覗いて頂いているこのブログにおいては、やはり採り上げるべき対象である。スケジュールには多少の無理はあったが、万難を排して会場に赴いた。

まずこの吉田(本来は「氏」をつけるべきであろうが、ほかの指揮者同様の敬意を込めて、以下呼び捨てとする)であるが、日本人にしては珍しく、イタリアで着々と地歩を築いている指揮者である。以前、マントヴァ歌劇場の音楽監督であった頃、「日本人の指揮者でイタリアでポストを持った人って考えても思いつかないんですけど、ほかにいましたっけ」と訊くと、胸を張って「私が初めてです」とおっしゃったものだ。そして今では、あのイタリア有数の名門、以前はあのリッカルド・シャイー(ミラノ・スカラ座の現音楽監督)も音楽監督を務めたボローニャ歌劇場の首席客演指揮者である。イタリア人にとってのイタリア歌劇は、まさに自分たちの文化遺産。彼らの感じる誇りは、往々にして外国人への偏見につながるものだと思うし、言語ひとつ取っても、イタリア語が完璧にできないとまず信用されないであろう。吉田はそんな中、まさに「敵地」でひとり孤独な闘いを続けた結果、自らの実力で今日の地歩を築いた人なのである。私は彼の「蝶々夫人」を聴きにミラノ近郊のノヴァッラまで出かけたこともあれば、国内でも「フィガロの結婚」「魔笛」の素晴らしい指揮ぶりを聴いている。彼にとっては別に日本だけが舞台である必要はなく、イタリアをはじめとする世界で活躍して頂ければよいのだが、やはり故国日本で、さらに知名度を上げ、活躍の場を増やしてもらうことを切に祈っている。

実は吉田の指揮する日本でのボローニャ歌劇場のオペラ公演はここ数年続いていて、2013年には清水寺でマルティーニの「ドン・キホーテ」(知らない曲だ!!)ほか、2014年には二条城で「蝶々夫人」、昨2015年には姫路城と京都国立博物館で「道化師」が演奏されてきた。昨年からは、投資信託さわかみファンドの創業者、澤上篤人が会長を務める「ジャパン・オペラ・フェスティヴァル」としての上演となっている。それにしても、毎年凝った場所での公演だが、いずれも関西であるのは何か意味があるのだろうか。吉田はゆるぎない信念の人であり、かなりの硬骨漢であるので、なんらかの主張が込められているのかもしれない。

さて今回の会場は、国が長期的な復元計画を遂行中の平城宮址において、2010年に木造で復元されている巨大な建物、第一次大極殿の前の特設広場である。実はこの日は曇りか雨か、微妙な天気。覆うもののない野外での公演ゆえ、雨天なら中止になるが、主催者のウェブサイトで9時、12時、15時の3回アナウンスがあり、公演開催決定とのこと。平城宮址は近鉄の大和西大寺駅から歩いて10分あまり。道の途中も、敷地内に着いてからも、きっちり環境整備されている場所とは言い難いが、広い草むらのむこうに、ついにこのような巨大な建物が見えてくると、ワクワクする。
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この建物より10年以上前、1998年にこの遺跡で最初に復元された建物である朱雀門は、かなり遠くに見える。このガランとした空間に、これから復元作業が続いて行くのであろう。ところで、この門のすぐ前を近鉄が走っているが、オペラの会場からはかなり距離があるため、その音が音楽の妨げになることはない。写真で見えるクレーンは、回廊の復元作業用であろうか。
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16:30 開場、17:30開演予定とのことであったが、結局16:55まで待たされることになり、このような門の前で開場を待つ人たちの長蛇の列ができた。
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いよいよ開場となり、中に入ると、さすがに雄大なステージ設計である。空模様は気になるものの、なんとか行けそうだ。
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野外特設ステージゆえ、椅子はこのような質素なもの。全部で 3,000席は超える収容人数であっただろう。楽員たちもその場で上着を着るなど、くつろいだ雰囲気。
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そして開演前にはこのようなドラが鳴らされる。これは、イタリアの野外オペラの代表であるアレーナ・ディ・ヴェローナを真似ているのだろうか。ふと見るとカラスが一羽、どこからともなくバサバサ飛んできて、屋根の上から見下ろしている。このあたりのハプニング性も野外公演ならではで、面白い。
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こうして始まった「トゥーランドット」であるが、総じて言えば演奏のレヴェルはかなり高かったと思う。だがその一方で、会場設営や音響効果に課題が残り、ちょっともったいないような気がした。まず、歌手はいずれも高度な出来。主要な配役は以下の通り。
 トゥーランドット : ノルマ・ファンティーニ(イタリア人。ィーン、ミラノ、MET等に出演。新国立劇場では「アイーダ」「トスカ」のタイトルロール等で出演多し)
 カラフ : イアン・ストーリー(英国人。スカラ、MET、コヴェントガーデン等に出演。ベルリン州立歌劇場では「神々の黄昏」のジークフリートを歌ったこともあり)
 リュー : シッラ・クリスティアーノ(ボローニャ出身。イタリアを中心に活躍)

トゥーランドット役は、当然強い声を必要とされるわけだが、内面には恋への憧れを持ち、再終幕では可憐さすら求められる。私はあまり強すぎる声、たとえば昔のビルギッテ・ニルソンとか、この役を当たり役にしたゲーナ・ディミトローヴァで聴くと、ちょっと白けるようなところが正直あるのだが、今回のファンティーニの声には最初から優美さもあって、大変よいと思ったものだ。
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カラフのストーリーは、堂々たる体躯に張りのある声。演技も上々だ。
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その他、この曲で難しい箇所のひとつであるピン・パン・ポンの絡みもなかなかに絶妙で、うまく劇の流れが作られていた。但し、どうやらPAは使っていなかったか、もしくは限定的であったようで、私のいた前から10列目くらいでは、弦の響きなどはかなり聞こえにくく、本来鳴っていたであろう劇的な音は、残念ながら野外ではその効果がかなり薄れてしまっていたとしか言いようがない。また合唱団も、ボローニャ歌劇場合唱団と、オーディションで選ばれた日本人メンバーの混成で、舞台の両脇に長く伸びて陣取ったこともあり、コロス的に運命を語り物語を強く後押しするだけの凝縮性に欠けた点も残念であった。吉田は小柄な人であるが、その強い統率力はまぎれもない一流のオペラ指揮者であることを証明している。今日の指揮ぶりは、これまでにほかの演目で接してきた強い集中力とリズム感溢れるものであったものの、この環境では、実際に耳に入ってくる音にかなり自分のイマジネーションで補強して聴く必要があったものだ(笑)。

だがまあ、野外オペラである。そもそもオペラハウスでの演奏とは異なる環境であり、あまり硬いことは言わず、徐々に暮れ行く空間の中、いわば舞台の「借景」として堂々たる姿を見せる大極殿を見上げながら、一時日常を忘れたい。第1幕が終わる頃には既にあたりは暗くなっていて、雰囲気が出てきましたよ。幕間に見る指揮台もなかなかカッコよい。指揮者の戦場である。
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ただ、音楽面を離れて会場設営上の難点も散見された。最大の難点は、トイレや飲食物の売店までが遠すぎること。これではなんとも慌ただしいし、体の不自由な人たちはかなり困ったことだろう。休憩が1回ならともかく、3幕物で休憩が2回入ると、この点は大きな課題になる。主催者の方々は、是非来年以降はこの点を熟慮して、会場と曲目を選んで頂きたい。もちろん、そもそもがオペラ上演を想定しているわけもない場所でのこのような公演には様々な困難があったことは容易に想像でき、この公演を実現に漕ぎ着けただけでも、心からなる敬意を表したい。

さて、実はこのオペラ、作曲者プッチーニが途中で再終幕を完成させずに死んでしまい、未完成に終わったものを、弟子が補筆完成させたのであるが、実は今回の公演も、残念ながら未完成で終わってしまったのである。つまり、第2幕が終わって第3幕に入ろうかというとき、ポツリポツリと雨が降ってきたのだ。野外とは言っても、これがサッカーとかラグビーなら、雨が降ろうと試合は続いて行くわけであるが、さすがにオーケストラの楽器は水に濡れると相当まずい(笑)。楽員の人たちはさっさと楽器をケースに入れて避難してしまった。その後しばらくは小雨、あるいはタイミングによっては弱い霧雨が続き、空を見てもあまり雲は厚くなかったので、観客たちはじっと席で我慢していたのである。しかしながら、そのうち雨具なしにはすまない状況に。
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待つこと、恐らくは30分くらいであったろうか。「出演者とどのように演奏を継続するか協議中」とのアナウンスが何度か流れた後、主催者の澤上篤人と指揮者の吉田、そしてボローニャ歌劇場の責任者のイタリア人が出て来た。傘で遮られているが、これがその時の写真。
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それによると、この天気ではオケが演奏できない。だがせっかくなので(第3幕にはこの曲最大の聴きどころ「誰も寝てはならぬ」もあるし)、ソロ歌手と合唱団には歌ってもらい、ピアノ(聴こえて来た音からするとピアノではなくエレクトーンであったように思うが)で伴奏して最後まで演奏します、とのこと。聴衆からは拍手はあったものの、正直なところ雨が弱まる気配がなく、半信半疑という雰囲気であった。案の定、それから雨足はむしろ強まってしまい、さらに10分ほど経過してからまた3人が出て来て、歌手にとって雨の中で歌うのは危険なので、残念ながら今日の演奏はここで中止としますとの発表があった。そうして人々は家路についたのであるが、周りの人たちの声は、「まあ雨だからしょうがないね」というもので、特に大きな混乱は見られなかった。

そんなわけで、尻切れトンボの上演となってしまったわけだが、次回、9/24(土)にはちゃんと通しでやりますとのこと。今年の日本は台風にやられたい放題で、しかも嵐が去っても爽やかな台風一過の秋晴れにはならないケースばかり。天気はコントロールできないので、主催者側の落ち度ではなんらないものの、ちょっと不便な会場設営と合わせ、若干疲れる未完成オペラの鑑賞となってしまった。演奏内容自体はかなりのものであっただけに、残念だ。ただ、私の席の近くの人が、「これもいい思い出になるね」と言っているのが耳に入った。そうそう。何事も前向きにとらえよう。マエストロ吉田とボローニャの次回公演に期待。





by yokohama7474 | 2016-09-23 01:53 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented by 吉村 at 2016-10-02 09:42 x
28日のサントリーホールでのガラコンサート行って参りました。知名度のせいか、3、4割ね入りで寂しい感じでしたが、吉田さんの熱演堪能しました。ボローニャ行きたいですねー。
Commented by yokohama7474 at 2016-10-02 13:10
> 吉村さん
そうでしたか。それは残念でしたが、このブログのような場所で少しでもマエストロ吉田の知名度が上がればよいのですが。ボローニャ、いいでしょうね!!
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