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クエイ兄弟 ファントム・ミュージアム 神奈川県立近代美術館葉山

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神奈川県立近代美術館と言えば、鎌倉の鶴岡八幡宮の境内にあって、「カマキン」の愛称で親しまれた美術館である。だが、今年1月11日の記事で採り上げた通り、そのカマキンは先日惜しくも閉館となってしまった。だがこの美術館、本館は閉鎖してしまったものの、鎌倉に別館があるし、実は葉山にも比較的新しい建物があって、時々面白い展覧会を開いている。陽光溢れる葉山の海岸沿いに建つこのような場所だ。
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これまでにここを訪れたときには、私の大好きなチェコのヤン・シュワンクマイエル、ロシアのユーリ・ノルシュテインといった、いわば芸術派のアニメーターの展覧会を見ることが多かったのだが、そこに今回新たな1ページが加わった。米国フィラデルフィア出身の双子の映像作家、スティーヴンとティモシーのクエイ兄弟(あるいは、ブラザーズ・クエイといった方が座りがよいか)の展覧会である。1947年生まれなので、来年70歳になる。
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私がこの展覧会を見てから既に二週間が経過してしまっているが、だが大丈夫。開催期間は10月10日まで。まだあと二週間残っている。非常に趣味性の高いアーティストであるので、興味のない方には無縁であろうが、彼らの怪しい雰囲気に身を乗り出す方には、是非この展覧会を訪れて頂きたい。あ、それから、この美術館のすぐ近くには、日本画家の山口蓬春の旧自宅兼アトリエが残されているので、そちらもお薦めだし、ちょっと南に足を延ばすと、運慶作の重要文化財の仏像を5体所蔵する横須賀市の浄楽寺もある。うわー、クエイ兄弟に山口蓬春に運慶と、全く共通点のない時空を超えた組み合わせであるが、このラプソディックな記事をモットーとするブログを書いている身としては、これらを同じ日に回られることを、併せてお薦めしておこう。食い合わせの悪さで精神的下痢(?)を起こされても、当方は一切関知しません。

いつもの寄り道はこのあたりにして、さて、クエイ兄弟である。このブログでは既に一度、その名前が出ている。今年の1月23日の勅使川原三郎のダンスについての記事である(ちなみにその記事へのアクセスは非常に少なくて、ちょっと残念な思いをしているのだが・・・)。そのダンスはポーランドの作家ブルーノ・シュルツの作品から想を得ていて、そのシュルツの別の作品をクエイ兄弟が映画化したのが短編「ストリート・オブ・クロコダイル」。私は学生時代にその作品といくつかのクエイ兄弟の短編を劇場で見て、ガツーンと脳天をやられてしまったのである。もう一度その作品のポスターと、いかなる映画であるかのイメージを持って頂けるような場面の写真(ポスターの一部だが)を掲載しておこう。
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今手元に、1988年公開当時のプログラムを持ってきて見てみると、当時の衝撃が甦ってくる。中でも、やはり私が敬愛してやまない英国の映画監督、ピーター・グリーナウェイ(最近とんと活動を聞かないので淋しい限りであるが)までが文章を寄せている。
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ご覧頂けるように、この映像作家が立っているのは芸術文化のDark Sideであって、決してBright Sideではない。趣味性の高いアーティストであると書いたのはそういうことである。Dark Side好きの私にとっては感動の嵐であっても、Bright Side好きの方の中には、「なんだよこれ」と眉をひそめる向きもあろう。そのような方には、この展覧会はお薦めしません。

さて、日本ではこの映画でクエイ兄弟の名前は大ブレイク(?)したのであるが、その後彼らの作品に触れる機会は非常に限られていた。1995年に制作した長編映画「ベンヤメンタ学院」は正直なところ期待外れ。その後2005年にやはり長編映画の「ピアノ・チューナー・オブ・アースクエイク」を制作しているが、私はそれを見ていない。それら以外にクエイ兄弟の名前を聞くことはなく今日に至っているのであるが、その長い間の渇を癒すのがこの展覧会である。会場では、彼らの数々の短編作品を上映しているほか、撮影に使われたパペットの類もあれこれ展示されている。また、兄弟の美意識の原点を辿ることのできるデッサンや鉛筆画、また彼らが手掛けたCMや舞台美術などにも触れることができ、これまで「ストリート・オブ・クロコダイル」で大ブレイク(あ、だからこれには"?"がつくのだが 笑)して以来未知であったクエイ兄弟の全貌に迫ることができる、貴重な機会なのである。

上記の写真でも感じられると思うが、クエイ兄弟の持ち味はかなりブリティッシュな感じである。確かに彼らはロンドンのロイヤル・アカデミーに学び、今でもロンドンに住んでいるものと理解している。だが実は彼らの生まれは米国ペンシルヴァニア州、フィラデルフィア郊外である。今回の展覧会には、「母と双子」という1948年の写真が出品されているが、これが彼らの幼少時の写真なのであろうか。生まれは1947年なので、1歳ということになる。
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いやー、この写真、1歳にして既にクエイ兄弟の最初の作品のような気がする。遠景の2人の赤ん坊の無人格性と、後年彼らの作品中でパペットが行うなんらかの「労働」を、ここでは彼らの母が行っており、そして不気味に大きく開いた地下室への入り口が、何か神秘なものを思わせる。それぞれが、まごうことなきクエイ・ワールドではないか!!

20代の頃の鉛筆画にも面白いものが沢山ある。これは、「シュトックハウゼンを完璧に口笛で吹く服装倒錯者」(1967年頃)。カールハインツ・シュトックハウゼンは当時バリバリの前衛作曲家。電子音楽(って古い言葉だな)をいち早く取り入れ、頭が痛くなるようないわゆる現代音楽を盛んに作った人だ。だから、そのシュトックハウゼンの音楽を完璧に口笛で吹くなど、ありえない話(笑)。このあたりにこの兄弟のブラックな面が出ている。
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でもこれは、誰が見ても面白いと感じるであろう。「幻想 - 外したゴールのペナルティ」(1968年頃)。幻想的な絵本の挿絵のようでもあり、シュールな雰囲気をたたえていて物寂しいが、それと同時に、Dark Sideのクエイ兄弟にもサッカーに興じた少年時代があったのかと思うと、ちょっとほっとする(笑)。
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ついでにサッカーを題材にした作品をもうひとつ。「ペナルティーキックを受けるゴールキーパーの不安」(1970年代)。いいですねぇ。ノスタルジーと不気味さのほどよい調和というか。
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これは、「切断手術を受けても意欲的な人のための自転車コース」(1969年)。クエイ兄弟の中にある、身体の変容といびつな運動性というテーマへの強い興味がここにも表れている。感性として似ているのは、もともとモンティパイソンのイラストレーターであったテリー・ギリアムであろう。そういえば、彼らの2作目の長編映画「ピアノ・チューナー・オブ・アースクエイク」の制作総指揮はギリアムらしい。
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彼らの作品を見ていると、いかにDark Sideとはいえ、ただおどろおどろしいのではなく、そこには冷徹な知性が常に感じられる。音楽や文学に材を採った作品も多い点も特徴だ。これは、「MISHIMA」(1971年頃)。言うまでもなく三島由紀夫のことだろうし、制作年から明らかなように、前年の三島の自決に対するクエイ兄弟の反応であろう。仮面としての剣道着を着た人物がねじれたポーズを取っている。私が勝手に想像するのは、この剣道着がカポッと外れて、中に入っている三島の肉体がバラバラと崩壊する様子である。
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短編映画の撮影に使用されたとおぼしきセットが沢山展示されていて興味尽きないが、まずはやはり、代表作「ストリート・オブ・クロコダイル」だ。
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あぁ、いつまでもこのセットの前に佇んでいたい。あるいは、このセット、欲しい!! ・・・という叶わぬ欲求を起こさせる耽美性なのである。CG全盛の今日、このような手作りパペットはあまり流行らないだろうし、撮影にかかる手間も膨大なものであろうが、その徒労にこそ高い趣味性が潜んでいる。これは「パンチとジュディ」。もともとある英国の人形劇らしいが、作曲家ハリソン・バートウィスルが1968年に書いた同名のオペラに想を得ている。バートウィスル!!現代音楽の分野ではそこそこ有名ではあるが、一般的な知名度は低いだろう。ところでこれ、殺戮のシーンではないのか!! なんともブラック。
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作曲家を扱った短編映画も多い。ストラヴィンスキーを題材にした「イーゴリ --- パリでプレイエルが仕事場を提供していた頃」(1982年)や、「レオシュ・ヤナーチェク --- 心の旅」(1983年)。
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それから、クエイ兄弟が大きな影響を受けたチェコ・アニメの大家、ヤン・シュワンクマイエルを題材にした「ヤン・シュワンクマイエルの部屋」(1984年)。人形を使った魔術の国、チェコ。ルドルフ2世が作った「驚異の部屋」やアルチンボルド。そのようなイメージの断片を散りばめていて、知性と悪魔主義的感性が融合している。これぞクエイ兄弟の真骨頂。
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これだけ趣味性の高い創作活動をしていると、ちゃんと食べていけるのであろうかという余計な心配をしてしまうのであるが、そこはそれ、結構ミュージック・ビデオやコマーシャルの仕事をしているらしい。あぁ、よかった(笑)。以下はそれぞれ、ハネウェル(1986年)、ニコン(1989年)、コカコーラ(!1993年)のCMから。趣味性の追求に妥協はないように見える。
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それからこれは、アイルランドのビール銘柄、マーフィーズのモノクロのCM(1996年)。侍が忍術によって瓶に触れずにビールを飲み干す。
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フランスの天然微発砲水、バドワのCM(1998年)。フランスではクエイ兄弟の人形パペットが、普通にテレビに出ていたということだろう。
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それから、舞台美術もあれこれ手掛けているようだ。以下は、イングリッシュ・ナショナル・オペラでのプロコフィエフの「3つのオレンジへの恋」(1988年)と、ロイヤル・ナショナル・シアターでのチャイコフスキーの「マゼッパ」。
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この展覧会には一ヶ所、写真撮影OKの作品がある。映画「ベンヤメンタ学院」に使われたセットで、「粉末化した鹿の精液の匂いを嗅いでください」とある。いやですよそんなもの(笑)。と心配するまでもなく、近づけないので匂いを嗅ぐことはできない。
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ここでご紹介した以外にも、クエイ兄弟の持ち味満載の展示物が目白押しである。面白いのは、双子なので人間としては二人なのであるが、どの作品も、二人のうちのどちらが作ったとか、制作にあたってどのように役割分担したとか、そのような記述は一切ない。それだけ二人は一心同体ということであろうか。これを機会にまた日本で人気が再燃して、次の映画作品にとりかかってもらえればいいなぁと思っております。そのためにも、この展覧会に行かれる方には、是非山口蓬春と運慶も同日に鑑賞して頂き、イメージの衝突に慣れておいて頂ければと思う次第であります。

by yokohama7474 | 2016-09-24 11:36 | 美術・旅行