マリス・ヤンソンス指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 2016年9月28日 オランダ、アムステルダム コンセルトヘボウ

オランダが世界に誇る最高峰のオーケストラ、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団に関しては、昨年11月の来日公演も2度に亘って記事にしたし、その2公演を聴いた者にしかわからない(?)ネタを含んだドキュメンタリー映画「ロイヤル・コンセルトヘボウ オーケストラがやって来る」も、今年2月7日付記事で採り上げた。ともかく、一般的な知名度の点ではベルリン・フィルやウィーン・フィルに劣っているかもしれないが、歴史的な位置づけでも現在のレヴェルにおいても文字通り世界のトップを伺う素晴らしいオーケストラである。また、この楽団の名称のもととなっているコンセルトヘボウとは、オランダ語でコンサートホールのことで、アムステルダムで1888年に建てられたそのようなシンプルな名前のホールを未だに本拠地としている点でも極めてユニーク。今回、仕事の都合でたまたまアムスに滞在することとなり、昼の業務を終えたあと、心の洗濯に向かったのがこのホールであった。
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実はこのロイヤル・コンセルトヘボウ管、この9月からの新シーズンで、首席指揮者が交代する。2004年からこのオケの人気と実力を支えてきた名指揮者、ラトヴィア出身のマリス・ヤンソンスが退き、イタリア人のダニエレ・ガッティが新たな首席指揮者に就任した。このオケのウェブサイトで確認すると、シーズン幕開けのコンサートは早くも8月下旬に、そのガッティ指揮で行われており、メインの曲目はブルックナー4番であったようだ。そして今回、9月28日から3日に亘って開かれたコンサートでは、前首席指揮者であるヤンソンスが登場した。
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その曲目は以下の通り。
 マーラー : 交響曲第7番ホ短調「夜の歌」

音楽好きの方は既にご存知の通り、このコンセルトヘボウ管は、マーラーが生きていた頃からこの作曲家と縁が深く、マーラー自身を指揮台に迎えてもいるし、このオケの基礎を築いたオランダの名指揮者、ウィレム・メンゲルベルクの手によって世界最初のマーラー音楽祭が1920年に開かれている。また歴代の指揮者陣もマーラーを得意としていた人たちばかりだし、20世紀におけるマーラー演奏の最大の立役者レナード・バーンスタインもこのオケでマーラーを録音している。なので、この由緒正しく音響効果も世界最高クラスのホールであるコンセルトヘボウで、ロイヤル・コンセルトヘボウ管の演奏でマーラーを聴けることは、音楽ファンにとっては誠に特別なイヴェントなのである。

私がこのホールで音楽を聴くのはこれが確か4回目であるが、いつ来ても本当に素晴らしいホールなのである。例えばウィーンの楽友協会大ホールは、もちろん同様に世界有数の名ホールであるが、音楽の都ウィーンであるだけに、観光客も結構多い。その点コンセルトヘボウは、アムスの人たちの日常生活の一部として定着していて、親子4人で来ている人たちもいれば、夫婦同僚友人、とにかく皆さん普段着で集まってきている。その気取りのなさが、我々アジアの果ての人間から見るとなんとも落ち着いて見えるし、ヨーロッパ文明の奥深さを感じさせるのだ。こればっかりはいくら説明しても充分に伝えることができず、実際にその場に行ってみるしかない。これが開演前の様子。このホールでは、ステージ奥に据えられたオルガンの向かって右手の赤絨毯を敷いた階段を下りて指揮者が登場する。また楽員は、ステージ両端の前面の階段から出入りするのである。
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会場内には様々な作曲家の名前が刻印されたプレートが貼ってある。中央に見えるのがマーラーの名前である。やはりこのホール及びこのオーケストラとの縁が深いせいであろうか。
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このホールでは、プログラムをバーカウンターで購入する。2.5ユーロと安いが、その代わり内容もスカスカだ(笑)。チケット自体は、昨今では普通であるように、ネット予約してE-チケットをプリントすればそれでよし。
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さてこのマーラー7番であるが、マーラーの交響曲の中でも最も人気のない曲であることは、大方どなたも異存のないところであろう。私も高校生の頃からいろんな演奏で聴いてきたが、何度聴いてもなじめない箇所がある。あの手この手で聴き手の耳を刺激するマーラーの作品としては、その点でいささかユニーク。6番に続いて使用されているカウベルや、この次の8番でも使用されるマンドリン、そしてギターといった楽器の特異な音色は面白いものの、肝心の両端楽章でしばしば聴かれる痙攣的な音楽は、一体何に由来するものであろうか。終楽章にはマーラーのバロック研究の成果が表れているという解説を読んだことがあるが、なるほど、そうかもしれない。だがその説明だけでは、マーラーの創作の深部に秘められた闇は見えてこないのだ。ここはやはり演奏によって何かを感じさせてもらう必要がある。

マリス・ヤンソンスは1943年生まれ。このブログで採り上げるのは初めてであるが、もちろん世界最高の巨匠のひとり。若い頃から知っているとピンと来ないのだが、既に73歳!! にわかには信じがたい。この人のよいところは非常に明快な音楽性であり、しんねりむっつりしたところは皆無だ。本当にオーケストラの力を解き放つ名人で、それは70を越えた今となっても変わらない。ベルリン・フィル、ウィーン・フィルとも緊密な関係を保つ一方で、このコンセルトヘボウと、ミュンヘンのバイエルン放送交響楽団のシェフを兼任して来たが、今般コンセルトヘボウからは退任、バイエルンの方はまだしばらく続けるらしく、来月日本公演も控えている。
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今回のマーラー7番も、そのような彼の音楽性全開の、聴きごたえ充分の演奏であった。冒頭のテーマは、マーラーが湖で船を漕いだときに着想したと言われているが、不気味な中低音が、薄暮の湖面を横切る霧の広がりを表していて見事。ステージ右手前に陣取ったヴィオラの音がその動きを先導し、早くもこの曲の不思議な雰囲気を眼前に現した。それから始まった音楽は、上で書いた通り痙攣的なもので、盛り上がったと思うと沈み込む、なんとも流れの悪いもの。だが、一音一音が最高のクオリティで鳴るこのオケにかかると、その音の浮沈が、あたかも星の瞬きか、あるいは火山活動のようにも思われる。強音部も暴力的にはならないのがこのオケの美徳であり、その音の充実感は只者ではない。ヤンソンスはいつもの通り、スコアを見ながらの丁寧な指揮ぶりであるが、既に気心の知れたコンビのこと、必要な勢いとか力を欠くことは一切なく、まさに輝かしい音の織物を紡ぎ出して行った。全体を通して安定感を欠く部分はほとんどなかったが、ただ、終楽章では、最初のティンパニの連打から広がりのある旋律につながるあたりで、オケが慣性の法則に従って(?)前のめりとなり、ほんの一瞬ではあったが崩壊の予感を感じさせた。実は以前、マゼールとニューヨーク・フィルでこの曲を聴いたときにも同じような現象が起こったことを記憶している。腕に自信の名指揮者と名人オケであればこそ危機が潜む、かなりの難所なのであろう。今回、ヤンソンスは慌てず騒がずしっかりと棒を振って、崩壊を未然に防いだのはさすがであった。また、これは日本のオケでもかなりありがちなのであるが、終楽章の大団円直前でトランペットがタータラタタタターと高音に駆け上る箇所で、見事に外してしまっていた。これだけのレヴェルのオケでもこういうことは起こるのである。生演奏は一度一度が大勝負。翌日以降の演奏ではどうなったことであろうか。

これは終演後の様子。ヤンソンスも満足そうだし、客席もすぐにスタンディングオベーションとなった。
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嬉しかったのは、帰ろうと思ってロビーに出たところ、なんとワイングラスが沢山並んでいるではないか!!
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後日聞いたところでは、この終演後のフリードリンクがこのホールのしきたりらしい。私は今回初めて知ったが、なんとも粋な計らいではないか。だが、タダ酒だからと言ってお客が殺到して取り合いになるような品のない事態は発生しない。そのまま帰宅する人たちも多くいるし、タダ酒を楽しむ人々も、くつろいだ様子で数人で語らいを楽しんでいる。一杯目を一気飲みして二杯目に手を付けるという品のないことをしているのは、周りを見渡す限り、私だけでした(笑)。また、15分ほどするとスタッフが片付け始めるので、グデングデンに酔っぱらうこともなく、さすが文化都市アムステルダムと感心することしきりでした。もうちょっと飲みたかったなぁ・・・。

コンセルトヘボウ管の新しい首席指揮者、ダニエル・ガッティとの演奏会は、10月30日に NHK BS プレミアムでも放送が予定されているようなので、楽しみにしよう。私自身はガッティに関しては、ちょっとクエスチョンマークがつくような経験もしているのであるが、なんにせよ名門オケの新たな時代の門出を楽しみたいと思う。また、ヤンソンスのバイエルン放送響との来日も楽しみだ。

by yokohama7474 | 2016-10-01 01:25 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented by おすぎ at 2016-10-03 02:35 x
素敵なレポート有り難うございます。私も2013に初めてこのホールに行きました。フィツシャー指揮のベートーベンチクルスでした。ここはホントに深い響きのするホールでした。また訪れたいと思ってます。私の行ったときは休憩時間がフリードリンクサービスをやってまして、ロビーは大混雑でした。😉
Commented by yokohama7474 at 2016-10-03 15:12
>おすぎさん
コメントありがとうございます。ここは、一度行くとその響きに魅了されるホールですよね。今回の演奏会では休憩がなかったのですが、休憩時間にもワインが出るとなると、酔っ払ってしまいますね。笑 またよろしければお立ち寄り下さい。
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