奈良 興福寺 (五重塔・三重塔初層開扉、国宝館、東金堂)

e0345320_10353799.jpg
誰もが知る奈良観光の第一歩、法相宗(ほっそうしゅう)総本山の興福寺では今、特別な催しが開かれている(10月10日まで)。それは、ともに国宝に指定されている二つの塔、五重塔と三重塔の初層(1階のこと)の同時公開だ。この催しは東京でも広告を見ることができ、この寺が近年伽藍再建に力を入れていることをよく知っている身としては、是非ともこの催しに出かけて行って、少しでも伽藍復興が進むことに貢献できればよいと思い(まぁ、微々たる額ではあるが 笑)、9月中旬の三連休を利用して、出かけて行ったのである。

興福寺は藤原氏の氏寺として長い歴史を持つが、その堂塔は何度も火災に見舞われ、また明治の廃仏毀釈の頃には廃寺寸前になるなど、苦難の歴史を辿ってきた。だがそれでも、この2つの塔や東金堂、南円堂、北円堂という国宝・重要文化財が残されたし、阿修羅像をはじめとする天平時代の貴重な仏像の数々に加え、平重衡の南都焼き討ちからの復興の際、運慶一派によって制作された素晴らしい鎌倉彫刻の数々を現在に伝える。現在では奈良公園の一角として多くの人々に親しまれているが、寺域を示す塀もなければ門もない。いや、それどころか、中心となる本堂も存在しない。寺としてはその状況からの脱却を求めているらしく、昔日の威厳ある風景を取り戻すべく、中金堂の再建中である。将来的には回廊や中門も再建される予定であり、そのための浄財集めが必要とされている。近年行われて大活況を呈した阿修羅像を含む八部衆・十大弟子の東京での展覧会や仮金堂での展示は、いずれもその流れによるもの。今回の五重塔・三重塔の史上初の内部同時公開も、やはりそうなのであろう。ここで同時公開が史上初というのには理由があって、以前五重塔、三重塔それぞれの初層開扉は行われたことがあるからだ。五重塔の開扉は2000年のこと。私はそのときに見に行っており、写真集も購入した。塔の内部については、後でこの写真集掲載の写真をお目にかけることにしましょう。
e0345320_10281665.jpg
さて今回の興福寺訪問、あいにくの雨である。もう何十回も訪れていておなじみの、東金堂から望む五重塔。
e0345320_10372138.jpg
上記の通り中金堂を再建中である。平成30年落慶予定というから、ほんの2年後だ。さらにその後、手前の礎石の部分に回廊と中門が再建されることになるのであろう。だからこのような写真は、時を経ると貴重なものになるかもしれない。
e0345320_10384848.jpg
五重塔にはこのように観覧者の列ができている。この塔は室町時代、1426年頃の再建になるもので、高さ50.1m。日本の五重塔の中でも京都の東寺のそれに次ぐNo.2の高さであり、もちろん国宝だ。
e0345320_10401036.jpg
そしてこのような注意書きが。3点目を見て、「えっ、国宝の建物なのに、中にある置物は安物なのか!!」と一瞬思ってしまったが、それは私の勘違い。「安置物」は「やすおきもの」ではなく、「あんちぶつ」と読むのでした(笑)。
e0345320_10403704.jpg
この五重塔の初層部に安置された仏像は、塔の建設後まもなく作られたもので、もちろん安物であるわけもない。室町時代は既に仏教彫刻自体の需要が減っていた時代であるので、これらの仏像も、この寺にある鎌倉時代の仏像ほどの出来ではないにせよ、四方に薬師(東)、釈迦(南)、阿弥陀(西)、弥勒(北)のそれぞれ三尊像を配するのは奈良仏教(いわゆる密教到来前)の伝統であるそうで、貴重な作例である。では上記の写真集から、それぞれの三尊仏をご紹介しよう。心休まるお姿ではないか。
e0345320_10493622.jpg
e0345320_10503403.jpg
e0345320_10505039.jpg
e0345320_10510376.jpg
続いて三重塔を見てみよう。こちらは鎌倉時代初期の建築で、現在残る興福寺の建造物の中でも、北円堂と並んで最も古いもののひとつで、もちろん国宝だ。高さ19mと、五重塔と比べると小ぶりであるが、優美な建物である。
e0345320_11022990.jpg
e0345320_11024379.jpg
こちらは初層の内部に立ち入ることはできず、外からの拝観になる。内部には五重塔のようないわゆる塔本四仏はなく、肉眼では分からない板絵や、東側には弁財天が祀られている。もちろん内部は撮影禁止なので、私が撮ったものではなく、2011年の前回開扉時の写真を引用。
e0345320_11122720.jpg
彩色に関する資料も何点か掲示されている。
e0345320_11130207.jpg
e0345320_11131740.jpg
実は後で知ったことには、凸版印刷がこの塔の彩色をヴァーチャルで見ることができるように復元し、ヘッドマウントディスプレイで360度体験できるらしい。場所はこの三重塔西側の興福寺会館前で、今回の五重塔・三重塔特別公開のチケットを購入した人の中で、各日先着250名とのこと。このヴァーチャル体験の期間はなぜか前期と後期に分かれていて、前期は8月26-31日、後期は今日10月1-10日とのこと。つまり、私が現地を訪れた9月はまるまるお休みだったことになる。な、なんで??? ちょっと悔しい。これはイメージだそうです。
e0345320_11200273.jpg
ところで興福寺の塔というと、明治の廃仏毀釈の際に両方とも売りに出され、25円とか50円とかの価格で買い手がついたという記述をよく目にする。当時この寺が存続の危機に立たされたことは確かなようであるが、寺のウェブサイトによると、塔の売却については「あくまでも伝承の域を出ない」とある。実際のところはどうだったのか分からないが、今日のように文化財保護という観点が未だ確立していなかった頃、貴重な建築物や彫刻工芸品の数々を守った人々の努力には、本当に頭の下がる思いである。そのような人々の努力の成果が、国宝館という名称で知られるこの寺の宝物館であると言えるだろう。私は子供の頃から40年くらいに亘ってなじみの場所であり、もう何度訪れたことか数えていないが、昔の展示方法に比べて今の展示方法は非常に質が高く(特にライティング)、今回改めて日本の至宝の数々を心行くまで堪能した。いかに優れた芸術作品でも、それを鑑賞する環境が整っていないとその真価を感得することはできない。その意味で、この興福寺国宝館の展示方法を、ほかの社寺や美術館にも見習って頂きたいものである。阿修羅を含む八部衆や十大弟子と、ガラスケースで隔てられることなく対面できる喜びは本当に大きい。このような奇跡的な造形をこれほどまでにじっくり鑑賞できる場所はそうそうあるものではない。
e0345320_11330051.jpg
国宝館以外で常時拝観できるこの寺の建物は、東金堂である。十二神将や維摩居士、文殊菩薩という国宝仏が見どころであるが、実はこの大きな本尊、薬師三尊像も味わい深い。明らかに銅像で白鳳時代の古い様式を示す脇侍、日光菩薩・月光(がっこう)菩薩に比べて、本尊の薬師如来は明らかに時代の降る室町時代のもの。もう何十年もおつきあいしているこのご本尊であるが、実に恥ずかしいことに今回初めて知ったことには、木造ではなく銅製なのである。してみると、もともと飛鳥の山田寺から運ばれてきた旧本尊と、この両脇侍に合わせて、木ではなく銅で制作されたということだろう。それから、これは調べればきっとどこかに書いてあるのであろうが、この仏様の台座は箱型をしていて、普通の蓮弁ではない。これはつまり、当初からその台座の中に何かを格納するという目的で作られたということではないだろうか。
e0345320_11361527.jpg
その「何か」とは明らかで、昭和12年にこの台座から発見された旧山田寺の本尊の頭部、いわゆる山田寺仏頭である。現在国宝館で見ることのできるこの素晴らしい仏頭は、白鳳時代の清新の気を見事に伝えている、やはり奇跡的な作品であるが、戦乱の中でこの尊い仏様の頭部を守ろうとする人たちがいて、それを永遠に保存するために現在の本尊の台座を作ったのであろう。だがそれが昭和の時代まで発見されなかったことはまた興味深い。廃仏毀釈の嵐も、この尊い仏頭に近寄ることなく過ぎ去って行ったわけである。
e0345320_11442709.jpg
奈良のよいところは、何度訪れても新たな発見があること。今回の興福寺訪問でも、そのような思いを新たにした。古いものであっても新鮮な思いで接することにより、未来につながる原動力になる。そのようなことを意識するとしないとでは、日常生活の過ごし方も変わってくるものだ。古い仏様からパワーをもらって、なんとか頑張って生きて行くことができるような気がしている。

by yokohama7474 | 2016-10-01 11:51 | 美術・旅行 | Comments(0)