岐阜県 可児郡 願興寺 / 瑞浪市民公園 / 多治見市 永保寺

日本の各地にはそれぞれに興味深い文化遺産が存在している。細かく見て行くときりがない世界であり、なかなかそれらをことごとく踏破するのは難しいが、それでも少しずつ興味深い場所を探索して行きたいと考えている。そんなわけで今回の記事では、岐阜県を採り上げる。「またお寺の記事書いているの?」と家人がウンザリした顔をすると思うが、やはり文化の領域内でどこに行くか分からないのがこのブログ。ご興味おありの方はしばしお付き合い頂きたい。

まず訪れたのは、可児郡(かにぐん)というところにある願興寺。「かに」という地名からの連想で、蟹薬師とも呼ばれている。この寺にはなんと、24体もの重要文化財の仏像があるという。事前に電話連絡を入れ、ご住職のおられる時間帯に伺うこととした。
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この寺のある場所は、江戸時代に制定された中山道の御嶽(みたけ)という宿場であり、またもともとは8世紀に東山道(とうさんどう)という街道がここを通っていたとのことで、古代から人々の往来のあった場所であるらしい。
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寺伝によると、815年に最澄がこの土地に薬師如来を安置したのが起源とのこと。それ以来長い年月を経て来た古寺であり、度々の兵火を乗り越えて貴重な文化財を伝えている。まず、重要文化財に指定されているこの本堂を見てみよう。かなり巨大な堂であるが、錆びた金属製の屋根も痛々しく、つっかえ棒をしていたり、あちこちにいびつな柱があったりして、一種異様な迫力がある。
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実はこの本堂、1581年に庶民の手によって建立されたもの。それだけ霊験あらたかな蟹薬師への信仰が篤かったということであろう。ご住職は老齢ながら非常に快活な尼さんで、寺の歴史を詳しくご説明頂ける。その説明によると、この重要文化財の本堂は来年秋から10年をかけて解体修理する予定とのことで、檀家のない寺だけに浄財集めに奔走していると言っておられた。そのため中山道関連のイヴェント等でもこの寺の拝観を組み込むなどして、少しでも観光客を呼び込む努力が必要であるようだ。だがこの寺には観光客の興味を惹くものがある。それが、24体の重要文化財の仏像群だ。この収蔵庫に保管されている。
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中に入るとまさに圧巻。本尊蟹薬師は秘仏であるが、その他の平安から鎌倉にかけてと見られる仏像群は、地方色があるものも多いが、優美な仏様もおられる。このような四天王や十二神将の力強さはどうだ。
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優美なのは、釈迦三尊像や阿弥陀如来だ。
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最近では仏像に関する本も硬軟取り混ぜていろいろ出ているが、みうらじゅんが監修した「東海美仏散歩」(出版社はなんとあの、ぴあだ)にもこの寺の仏像があれこれ紹介されている。この寺のご本尊についてのページは以下の通り。写真では小柄にお見受けするが、ご住職によると、結構大柄の仏様とのこと。
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子年の4月に公開というから、12年に一度で、次回は2020年。よし、ちゃんと覚えておいて、お参りすることとしよう。実は徳川秀忠がこの仏様の前で泊まったことがあるという。それは、関ケ原に向かう途中、上田城で真田の激しい抵抗にてこずり、結局戦には間に合わなかったわけだが、中山道を上る際、途中でこの寺の本堂に泊まったということらしい。後に天下の第二代将軍となる秀忠、どのような悔しい気持ちでここに滞在したのだろう。またこの寺には、鐘楼を兼ねた門がある。大事にされて来た鐘は、戦時中も招集を免れたという。蟹薬師の名に因んで、上の方に金属製の蟹がはめ込まれている。
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このように貴重な文化財の宝庫である願興寺、本堂の解体修理がつつがなく行われることを願うとともに、もしこのブログで興味を持たれた方は、来年秋に修理が始まる前に是非一度足を運んで頂きたい。あ、必ず事前に電話で予約することをお忘れなく。

それから私は、大地の歴史を遥か遡る旅に出た。可児郡から少し西に行ったところにある瑞浪市(みずなみし)というところに、地下トンネルを利用した施設があると聞いたからである。そうして辿り着いたのは、瑞浪市民公園。
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実はこの場所はもともと化石がよく取れるらしく、このような石碑が立っている。
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ところが今ある施設は少し様子が異なる。戦時中ここには、戦闘機を製造するための地下工場が作られ、そのために中国人・朝鮮人の捕虜が強制労働に駆り出されたというのだ。この看板にあるように、相当な規模である。
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このブログでも松本にある地下工場(公開していないので全貌は不明だが)を採り上げたし、同じ長野県の松代では、大本営を移築するために作られた地下施設を見学したこともある。こうした戦争の傷跡を残す負の遺産も、正しい歴史認識のための保存が必要であろう。上の写真の通り、ほとんどのトンネルは封鎖されているが、一部は研究や見学のために有効活用されている。これはなかなか意義深い試みだ。これが地球の歴史を展示している地球回廊という施設。中は涼しくて、展示物も結構手が込んでいて、ちょっとお化け屋敷風で楽しかったですよ。
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それから、トンネルそのものに入って行って、そこに残されている化石を見ることができる場所もある。なかなかワイルドだ。
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また、ここで発掘された化石を展示した博物館もある。かなり大きいものも出ているようだ。
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また、ビカリアという巻貝の化石が、月のおさがりという名前で、お守りとして尊重された例についての展示もあって興味深い。
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そして、さすが陶磁器作りが盛んな場所だけに、ここには登り窯があって、現在も友の会が使用中(笑)。
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それに、ほかのところから移築してきた古墳まであるのである。
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このような悠久の歴史を辿る瑞浪公園、市民の方々の憩いの場になっているようであった。そして私は、次の目的地である多治見市の永保寺(えいほうじ)に向かうこととした。ここには有名な国宝建築が二つもあり、以前から行く機会を伺っていたのである。車を降りて寺に向かうと、堂々たる石灯篭が道の両脇に立っている。これは立派である。
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歴史探訪者たるもの、こういうところで手を抜いてはいけない。早速近づき、素性を確認すると、武州増上寺とある。もちろん、あの芝の増上寺であろう。とすると、将軍家に関連のものであろうか。
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それぞれ、「有章院」「惇信院」尊前とある。帰宅して調べると、前者は第7代徳川家継、後者は第9代徳川家重のことと分かった。きっと増上寺にあって戦争で焼けてしまったこれら将軍の廟の前に立っていたものであろう。これは家継の廟の戦前の写真に色をつけたもの。残っていれば国宝及び世界遺産は間違いなかったろうが・・・。歴史の荒波を越えて岐阜県多治見市で余生を送るこれらの石灯篭は、言葉を喋らないが、その存在感に人は打たれるのである。
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さて、永保寺である。この寺は珍しく、入り口から坂道を下って行ったところに境内がある。そのような寺は全国にどのくらいあるだろうか。今思いつくのは、京都の泉湧寺くらいである。坂道を下るにつれ、よく知られた天下の国宝、観音堂が段々その姿を現すのだ!!境内はちょっと銀閣寺を思わせるものもあるが、いずれにせよ素晴らしいワクワク感がここにはある。
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観音堂の前には池があり、橋が架かっている。紅葉すればまさに観音浄土そのものだろう。お堂に近づいて行ってみよう。
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この凛とした佇まいに、静かに心を打たれる。あいにくの雨であるが、私はしばしその雨の中で立ち尽くす。尋常ならざる美しさである。通常は内部の拝観は叶わないが、写真が掲示してある。
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池を回り込んでみても、その姿は美しい。
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坂道を降りて境内に辿り着くと書いたが、境内のすぐ裏はこのような川になっている。今でも修行道場となっている永保寺は、決して観光にうつつを抜かしている場所ではないのだ。
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そしてこの寺のもうひとつの国宝、開山堂。なるほど、観音堂よりは小ぶりであるが、これも奇跡の建物だ。よくぞ今日まで残ったもの。ここにも内陣の写真が掲示されている。
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多分このような場所であろうかと想像していたそれ以上に厳しい美に触れることができる場所、永保寺であった。心が洗われた気がする。

さてこの多治見市は陶器で有名なのであるが、私が見たかったのはもうひとつの全く異なった場所。それは多治見修道院だ。
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オーストリアあたりの修道院を思わせるこの建物は、1930年に創立されたバロック建築。うーん、これはヨーロッパそのものの雰囲気ではないか。その証拠に、周りにはブドウ畑があり、この修道院でワインを作っているらしい!!ええっと、Tajimi Shudouin Winery、なるほど、多治見修道院ワイナリーか。私が訪れた月曜日はあいにく定休日でワインは買えなかったものの、素晴らしい人間の営みを見た気がする。
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岐阜県にはまだまだ面白いものが目白押しだ。またご紹介申し上げたいと思う。

by yokohama7474 | 2016-10-02 22:16 | 美術・旅行 | Comments(0)
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