ニュースの真相 (ジェームズ・ヴァンダービルト監督 / 原題 : TRUTH)

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最近このブログで映画を採り上げる際にしばしば考察しているのは、空想につぐ空想によって成り立っているファンタジー映画と、現実に題材を求めてそこから信じられない物語を紡ぎ出している映画との違いである。改めて考えてみると、最近の映画にはその両極端が増えて来ているような気がする。そして大概の場合の私の結論は、前者のタイプにはあまりのめり込むことはなく、後者のタイプの映画に鳥肌立つ思いがするということなのである。映画はウソの世界であり空想物語であって大いに結構だが、この時代になると人はもう、どんな空想にも驚くことはほとんどないし、むしろ現実の世界に驚愕の思いを抱くことが多いのではないだろうか。換言すれば、ウソがウソとしてのリアリティを持ちにくい時代。人を食ったような表現だが、どうもそういう気がしてならない。

この映画は、既にメジャーな映画館での上映は終了しており、ちょっと遠出してようやく見ることができたもの。昔懐かしい、いわゆる名画座というタイプの映画館だ。このような劇場が未だ大都市圏には存在していることを嬉しく思う。やはり、見たいと思った映画がなんとかこの手の劇場にかかっているというのは、人生に夢と希望を与えてくれる。大げさと言うなかれ。一本の映画との出会いが、その人の人生を変えることはある。いつそのような映画と出会うかは、私たち自身ではコントロールできないのである。

さてこの映画は、最初に挙げた分類で言えば純然たる後者、つまり、現実に起こった信じられないような出来事を克明に描いているものだ。時は2004年、米国大統領選のさ中に、当時の現役大統領、ジョージ・ブッシュの軍歴詐称というスクープを追ったジャーナリストたちの物語。まず驚くことのひとつめは、描かれている事実が、ほんの10年ちょっと前の経緯であること。ふたつめは、放送局CBSも実名なら、そこで活躍したジャーナリストたちも実名がそのまま役名となっていること。「えっ、そ、そうなの???」
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このブッシュ大統領の時代は、911 同時多発テロが起こったこともあり、今後も映画で頻繁に描かれる時代となるだろう。私も随分とそのテロ関係の与太話を書いた本や、それに反駁する論説を読んだし、ブッシュを口汚く非難するマイケル・ムーアの映画や、逆にそのムーアをこっぴどくこきおろした本なども、あれこれ読んできた。この時代とそれを巡る言説については、後世が歴史的評価をするであろうが、その評価が本当に正しいか否かは分からないし、時とともに評価が変わることもありうる。ただ確かなのは、この映画のように真面目な態度でジャーナリストの戦いを描いた映画が作られることで、歴史において権力が作り出そうとするストーリー以外の側面が後世の人々に知られる、ということではないか。歴史評価はしょせん人間の作るもの。正しいか間違っているかなど、そう簡単に結論づけられるはずもない。その点、正しいと信じて行動する人間の思いは、誰の心にも訴えかけるものであろう。その意味で、昨年のオスカー受賞作「スポットライト 世紀のスクープ」に近い面を持った映画である。試みに、両作品の写真を比べてみよう。まずこの映画。
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そしてあの映画。
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チームで働く勇気が出てきますねぇ!!(笑)

まあ、そのような硬い話(?)は抜きにして、この映画の中身について語ろう。ポスターにある通り、見どころはまず、ハリウッドの大御所ロバート・レッドフォードと、今や現代最高の女優のひとりであることは間違いないケイト・ブランシェットの共演である。今年80歳になるレッドフォードは、若い頃の活躍ぶりに比べれば、キャリア自体の盛り上がりが後年はもうひとつという気がするが、それでも、未だ元気に映画に出ていることは嬉しい。この映画では、実在のキャスターを演じていて、なかなかに渋い。だが正直言えば、老境の演技に涙がこぼれる、という感じではない。言葉を選ばずに言ってしまうと、若い俳優がラバーで老けメイクをして演じているような不自然さを感じるのだ(笑)。でもそれが、デ・ニーロともダスティン・ホフマンともアル・パチーノとも違う、彼の持ち味なのかもしれない。これら3人の俳優たちとの違いは明確で、レッドフォードはアクターズ・スタジオ出身でないということだ。納得できる説明のように思われる。
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その一方で、彼を業務上の父と慕う役柄のケイト・ブランシェットの演技は素晴らしい。ジャーナリストの女性というと、芯の強さばかり強調されそうであるが、この映画では彼女の家庭生活も描かれており(亭主とのつかず離れず、あるいは言葉は無用といった関係は、「スポットライト 世紀のスクープ」におけるレイチェル・マクアダムスのそれと共通点がある)、ひとりの女性としての喜怒哀楽もリアルに描かれているのである。これは、書いていて思い出すのだが、彼女の出世作であった「エリザベス」での演技と共通点がある。もちろん、違った役柄を様々演じてきている人ではあるが、役者としての持ち味は一貫したものがあるのであろう。素晴らしい才能。
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監督のジェームズ・ヴァンダービルトはこれが初監督作であるが、もともと脚本家で、「アメイジング・スパイダーマン」の脚本と、同シリーズ2作目の原案などを手掛けている。なるほどそうか。エマ・ストーン演じるグウェン・ステイシーが地上に落下するのをスパイダーマンが防げないという、ヒーロー物にあるまじく絶望的で悲劇的な設定を作ったのは、この人なのだろうか。もしそうならば、この「ニュースの真相」のようなセミ・ドキュメンタリーには適性があるのかもしれない。実際、この映画の登場人物たちの描かれ方には、絶対的な悪も絶対的な正義もない。それこそが人生のリアリティではないか。落下するステイシーをスパイダーマンが救えない世界こそが現実なのだ。ところでこの監督、特徴的な苗字なので調べてみると、米国の鉄道王コーネリアス・ヴァンダービルトの子孫である由。ニューヨーク近郊、ロードアイランドにあるヴァンダービルト邸には行ったことがある。英国の貴族の館のようなすごい場所である。その名門の家系から、このようなハードな映画を手堅く作る手腕を持つ監督が出るとは面白い。1975年生まれだが、なかなか押し出しの強い面構えではないか。
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前半でジャーナリストの戦い云々と書いたが、この映画を見た感想は、実はいかなる組織にでもあてはめてみることができると思う。怪文書は一体誰が何の意図で作成したのか。人々はその怪文書の何を恐れたのか。謎が解明されることはない。空気で物事が決まって行くという日本的特性にうんざりすることも多い昨今だが、論理的でフェアプレイを建前とする米国でも、人の集まるところ、様々な力学が働く。なのでここでのジャーナリストたちは決してスーパーヒーローではなく、人間としての限界の中で懸命に生きている人たちなのであり、それこそが説得力あるこの映画のリアリティなのであろう。

空気で大事な物事が決められる前に、名画座で本作品をご覧になることをお薦めしておこう。

by yokohama7474 | 2016-10-05 00:37 | 映画 | Comments(0)