ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 2016年10月9日 東京オペラシティコンサートホール

e0345320_23235675.jpg
9月に始まった新シーズンにおいて、7つのメジャー在京楽団の中でただひとつこのブログで採り上げていないのは、この東京交響楽団(通称「東響」)である。このオケでは、9月下旬に前音楽監督のオランダ人指揮者、ユベール・スダーンの指揮でベルリオーズの大作「ファウストの劫罰」が演奏されたが、それは聴かなかった。そしてようやく今月に入り、現在の音楽監督、英国人指揮者であるジョナサン・ノットの指揮の演奏会に出かけることとなった。上のチラシにもある通り、このコンビはもうすぐヨーロッパに演奏旅行に出るのだが、2つのプログラムによって5都市で公演を行う。それに先立つ数回の演奏会で、そのヨーロッパ・ツアーと同じ曲目を演奏するのであるが、この演奏会はそのひとつ。曲目は以下のようなもの。
 武満徹 : 弦楽のためのレクイエム
 ドビュッシー : 交響詩「海」
 ブラームス : 交響曲第1番ハ短調作品68

ちなみに今回のヨーロッパ・ツアーの日程は以下の通り。
 10/20 : ポーランド、ブロツワフ (2016年欧州文化首都)
 10/22 : クロアチア、ザグレブ (クロアチア独立25周年)
 10/24 : ウィーン
 10/26 : ロッテルダム
 10/27 : ドルトムント
この5都市のうち、今回のプログラムが演奏されるのは、ブロツワフとロッテルダムの2回である。もうひとつのプログラムは、また日本での演奏を聴いてからの記事でご紹介する。

さてこのヨーロッパ・ツアーは東響の創立70周年を祝うものらしいが、非常にバランスのよい曲目が並んでいる。まず、日本の作品として、武満の初期の代表作である弦楽のためのレクイエム。1957年の作であるが、何を隠そう、この曲を委嘱・初演したのがほかならぬこの東響なのである(初演の指揮は上田仁)。今年は武満の没後20周年で、彼のいろいろな曲が演奏されていることは、このブログでも何度かご紹介している通りである。そして、それに続くのが、フランス音楽を代表するドビュッシーの「海」。武満とドビュッシーの感性には共通点があることは周知であり(もちろん相違点も数々あるが)、この2人の作曲家の並置によってヨーロッパの人たちに、オーケストラの性能の認識のみならず、日本の現代音楽への親近感を持ってもらうことができよう。そしてメインは、音楽史上屈指の名作で、ドイツ音楽の代表であるブラームスの1番。逃げも隠れもできない天下の名曲である。今回の演奏会のプログラムに、10月6日付読売新聞(あ、読響以外の日本のオケも紹介するのですね!!)におけるノットのインタビュー記事のコピーが挟まれているが、そこには今回のツアーに寄せるノットの思いが語られており、「1公演の中で、楽曲の時代ごとに別の種類の音色を出せなければ」とあるのだが、今回はまさにそのような思いが結実した曲目構成であろう。
e0345320_23455208.jpg
もともとこのノットという指揮者、あれこれのインタビューを読んでいても英国の指揮者らしく非常に思慮に富み、またウィットの利いた発言が多いのだが、この記事からは、ヨーロッパツアーにかける意気込みが伝わってくる。いや実際、記事だけではなく、この演奏会を聴いて強く感じたのは、ノットの「本気」である。彼は本気でこの東響のレヴェルを世界一流にまで引き上げる努力をしており、今回それをヨーロッパの聴衆に見せようとしているのだ。そして本当に、本拠地東京の舞台でこのコンビの演奏を繰り返し聴くにつれ、徐々にではあるがノットの努力の成果が挙がってきていると感じるのは、私だけではないと思う。それをストレートに国外で表現して欲しいと思う。

今回の演奏。まず武満の冒頭で、なんとも繊細で流れのよい音が耳に入ってきたとき、なるほどノットはもともと現代音楽を中心的レパートリーにしていた時代があったと思い出した。そこには情緒はあるが、感傷はない。純粋な音の響きが鮮やかに分離して空気を揺らすことで、結果として人の心に何らかの作用を及ぼすのである。独学で音楽を学んだ武満がこの曲で名声を得た際に、たまたま日本にいてこの曲を聴いたストラヴィンスキーが発した、「あんな小柄な男がこんな厳しい音楽を作るとは」との称賛の言葉があったことは有名だ。確かに、この音楽は厳粛で陰鬱で、そして静謐だ。そしてこの静謐こそは、当時世界で未だ誰も聴いたことのない音であったことだろう。東響の70年の歴史の産物でもあり、武満の真価をヨーロッパの聴衆に問いかけてくれるには最適の曲であろうと思う。
e0345320_00095071.jpg
2曲目の「海」もノットらしい流れのよい演奏であったが、第2楽章の後半には凄まじい白熱の音楽が出現し、ただ流れがよいというだけでない、力のこもった演奏となった。ここでも音の線と線の絡み合いは絶妙で、オケと指揮者の信頼関係がよく感じられた。第3楽章でのミュート付きのトランペットなど、技術的な課題はいくつか散見されたが、そこは強い表現意欲で今後乗り越えて行って欲しいと思う。この「海」、聴けば聴くほどによくできた曲で、北斎の「神奈川沖波裏」をイメージするのもよいが、私はむしろ、この音楽の面白さは、絶対的な音がいかに色彩的に響くかということであると思っていて、聴いていて海を想像することはあまりない。ただ「あぁ、いい音楽だなぁ!!」と思うことで充分だ。とはいえ、ヨーロッパの聴衆に向けるメッセージは、日本のヴィジュアル・イメージが偉大なフランスの音楽家にインスピレーションを与えたのだということにすると、話は簡単だ(笑)。実際、この絵はドビュッシーの音と同等に鮮烈ですからね。
e0345320_00181391.jpg
そしてメインは、天下の名曲ブラームス1番。正直なところノットの持ち味は、重厚なドイツ音楽との相性がもうひとつという面もあるが、今回の演奏を聴いて、ひとつの確固たるスタイルを持った優れた指揮者が本気になると、やはり素晴らしい結果を生み出すものだと実感した。第1楽章では、執拗に繰り返されるタタタターという「運命」のリズムが強調され、ブラームスのベートーヴェンの後継者としての強い想いが炸裂していた。だが、そのような作曲者個人の思いを一旦忘れ、渦巻く音の純粋さが描き出す劇性だけで、人を感動せしめるに充分である。そのようなノットの渾身の指揮ぶりは、最終楽章の大団円まで、オケを高い次元に導いたのである。もちろん、非常に高い音の質が常に問われるブラームスであるから、場面によってはさらなる緊張感や水際立った技術が聞かれればさらによいかもしれない。だが、ここで鳴っていた音楽の説得力こそが大事なのであって、私はノットと東響の一心不乱の共同作業を支持する。

今日のカーテンコールでノットは、珍しく楽員の何人かを立たせた。だが、ブラームス1番でソロ演奏の箇所のあるオーボエ、ホルン、ヴァイオリンと、あとほんの数名だけで、よくあるようにそれぞれの楽器を結局全員立たせることはなかった。指揮中のノットの「本気」を肌で感じる楽員たちとしては、さらに多くの起立を求められる方がモチヴェーションが上がるような気もするのだが、いかがであろうか。
e0345320_00413508.jpg
今回の熱演を聴くと、ヨーロッパ・ツアーが楽しみである。ショスタコーヴィチ10番をメインとした、もうひとつのプログラムも期待しております。

by yokohama7474 | 2016-10-10 00:42 | 音楽 (Live) | Comments(0)
<< ズービン・メータ指揮 ウィーン... パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK... >>