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久石譲 MUSIC FUTURE Vol.3 2016年10月14日 よみうり大手町ホール

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以前も書いたことがあるが、日本での特殊な光景として、コンサート会場で大量のコンサートのチラシが配られていることが挙げられる。海外の都市では一度も見たことがないが、日本ではほぼ必ず見られる光景だ(一部、それがないコンサートもあって、何か理由があるのか否か思案中。もし仮説を立てられればこのブログで発表することになるかもしれない 笑)。大阪や名古屋や横浜でもそれはあるのだが、なにせ東京は日本最大はもちろん、恐らくは世界最大か、控えめに言ってもその地位を争う世界有数の音楽都市。毎回配られるチラシの量たるや、大変なものだ。大量の紙の消費はエコ時代の理念に真っ向から対立するし、コンサート会場にギリギリに着くようなときには、気持ちの負担にすらなる。また、脇に抱えて慌てて歩くと、落としたり、トイレで邪魔になったりする。このチラシの山、誠に厄介な存在なのである。だがこの時代、大量の情報に溺れながらも文化の諸相に肉薄するためには、ここでめげたり、面倒がってはいけない。あなたが手にするそのチラシの山に、もしかすると一生ものの素晴らしい音楽との出会いのきっかけが隠れていないと、誰が言えよう。なので私は必ずこのチラシの山にざっと目を通し、めぼしいコンサートを物色するのである。ほとんどは既に見ているものなのでそのまま会場のごみ箱行きになるが(ホールによっては専門の捨て場を設けている)、中にはおっと目に留まるものもある。例えばこのコンサートのように。

作曲家久石譲は、一般には主として宮崎駿とスタジオジブリの映画音楽で知られているだろう。1950年生まれなので、今年66歳になる。作曲家として油の乗り切った年代だ。
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その彼が最近指揮活動を行っていることはなんとなく知っていて、先日も読響を指揮したチャイコフスキー5番を放送していたようだし(録画しそこねたが)、故郷の長野でベートーヴェンの交響曲のシリーズを手掛けていることも聞いている。ただ、特に熱心なジブリファンでもない私としては、そのことに特に大きな興味は持たなかった。だがこのチラシを見たときには、「これは行くしかないだろう」と思ったのだ。なにせ、「ライヒとシェーンベルクと久石譲を一夜で?」とある。そう、このごった煮感覚こそ、道草、寄り道、雑食系をモットーとするラプソディックなこのブログにふさわしい。しかも会場が、よみうり大手町ホールとある。なるほど、読売新聞社ビルが新しく建て替わったことは知っているし、その横を通ることも結構頻繁にある。その新しいホールなら、ちょっと覗いてみたい。と思い立ち、木・金と2日間に亘って行われたこのコンサートの2回目の方に出かけたのである。

四半世紀以上前にこの界隈で社会人として産声を上げた私としては、昨今の丸の内・大手町エリアの変貌ぶりには目を見張る思いだ。昔はこんな場所を夜や週末に歩くオシャレな人やカップルたちはいなかった。ただ重苦しい残業か、あるいは職場の延長としての陳腐なノミュニケーションの場であったわけだ。だが最近では、ブランドショップもあればこじゃれたレストランもあり、最近ではなんと星野リゾートの温泉旅館まであるではないか!! そんな中、この読売新聞社ビルにはコンサートホールがあるのだ!!いわく、「都心の文化の発信拠点」「最上質の音空間 至福のひととき」であるとな。
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今回ここで開かれたコンサートは、「MUSIC FUTURE Vol. 3」というもの。ヴォリューム 3ということは、これまで1と2もあったはず。私はこれまで知らなかったが、このシリーズは久石が2年前から年1回開催している現代音楽の演奏会で、今年が3回目。毎年、自作を含む多彩な曲目を演奏しているものである。今回の曲目は以下の通り。
 シェーンベルク : 室内交響曲第1番作品9(1906年作)
 久石譲 : 2 Pieces for Strange Ensemble(2016年作、世界初演)
 マックス・リヒター : マーシー(2010年作)
 デイヴィッド・ラング : ライト・ムーヴィング(2012年作)
 スティーヴ・ライヒ : シティ・ライフ(1995年作)

そして、久石の指揮のもとで演奏するのは、Future Orchestraという小規模なオーケストラで、コンサートマスターは、あの豊嶋泰嗣(とよしま やすし)だ。
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過去30年に亘る新日本フィルのコンサートマスターとしての実績に加え、あのサイトウ・キネン・オーケストラのコンマスを務めることもある。まさに日本のオケにおける顔である。彼の参加によってこの演奏の質への期待がぐっと上がろうというものだ。そして会場のよみうり大手町ホールは、500席の中型ホール。
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会場に辿り着くとそこには、いくつもの大きな花束が置かれている。当然ながら、スタジオジブリの面々からのものも。尚これらの花は、終演後は聴衆がめいめい持ち帰ってよいこととなっていた。なかなか粋な計らいである。
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席について気付くのは、前の席の背中に、上に引き出して手前に倒す構造のテーブルが備え付けられていること。多分、コンサートではなく会議のときに、メモを取れるようにしてあるのだろう。ホール外の表示で「テーブルをご使用しないで下さい」と注意書きがあるものの、このような備え付けのテーブルは珍しいし、注意事項に目が行かない人も当然いるので、テーブルを引き出しては係の人に注意される人、続出(笑)。ただ、客席はほとんど満席だ。若いオシャレな人やカップルも多い。
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さて演奏であるが、私の席が悪かったのか、宣伝通り「最上質の音」が聴けたとはちょっと言い難いものの、大変興味深い内容であったので、全体として大いに意義のあるものであったと思う。最初のシェーンベルクは、彼の2曲の室内交響曲の最初の方の曲で、単一楽章、20分ほどの曲。久石の指揮はシンプルなもので、この種の単純性と複雑性を併せ持つ曲には大変有効なものであったろう。だが私はシェーンベルクの作品の中でもこの曲にはもともとあまり感情移入できないことを否むことはできないし、今回何かびっくりするような新たな発見があったとは言えないと、正直に書いておこう。

2曲目の久石の自作は後回しにして、休憩後に演奏された3曲目以降について先に書こう。3曲目と4曲目は、実はオーケストラではなく、ソロ・ヴァイオリンとピアノ伴奏によるもので、いずれも現代を代表する女性ヴァイオリニスト、ヒラリー・ハーンの委嘱によるもの。3曲目のマックス・リヒターの「マーシー」は、「慰撫」と訳されていて、今年6月12日にそのヒラリー・ハーン自身が横浜で行ったリサイタルでもアンコールとして演奏された(当ブログの同6月12日の記事ご参照)。4曲目の作曲家デイヴィッド・ラングは、会場配布のプログラムで初めて知ったことには、私も激賞した映画「グランドフィナーレ」(今年6月4日の記事ご参照)の音楽担当だった人だ。その「グランドフィナーレ」の記事では、私は劇中の音楽については語ったものの、音楽を担当した作曲家については語らなかった。これはぬかった(笑)。この2人はいずれもミニマル・ミュージックの作曲家に分類されるので、その出自がミニマル・ミュージックの作曲家である久石の企画する演奏会にはふさわしいだろう。いずれも楽しめる曲であり演奏であった。ただ、先にハーンの演奏を聴いてしまっている身としては、いかに優れたヴァイオリニストである豊嶋といえども、少し分が悪かった面もあったとは、ここでも正直に書いておこう。

最後に演奏されたのは、ミニマルの大御所、今年80歳を迎えるスティーヴ・ライヒの作品。ライヒについては、来年本人が来日するので、もしそのコンサートに行くことができればまた記事であれこれ書いてみたいが、まあそのメタリックでありながらなんとも陶酔的な音楽は、何か人間の神経の中枢に訴えかけるものがあって、私は大好きなのである。今回の「シティ・ライフ」は初めて聴いたが、人の声の録音を音響素材の断片として使っていて、いかにもライヒらしい。このような音楽は、やはり録音ではなく実演で聴きたいものだ。相変わらず明確な指揮ぶりの久石は、演奏後、大変満足そうな表情を見せていた。プログラムに掲載されているライヒ自身の言葉は、「純粋な "ニューヨーク・ピース" として日本の聴衆のために演奏されるのはとても嬉しいことです」とある。これは嬉しそうなライヒの写真。
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さて、後回しにしていた久石自身の新作であるが、ちょっと事情があった。冒頭に掲げたチラシでは、「室内交響曲第2番」とあるが、実際に演奏されたのは違うタイトルの作品であったのだ。プログラムに載っている作曲者自身の解説によると、この夏に、The East Land Symphony という予定外の45分の大作を書いたので、交響曲をもう1曲作るのはやめて、誰もやっていない変わった編成の曲を書いたとのこと。2曲からなる純然たるミニマル・ミュージックで、ガムランのような響きにも聴こえ、また久石らしい抒情性が現れる箇所もある。もし映画音楽として使うなら、ジブリの映画ではなく、北野武の映画に合うタイプの音楽だろう。作曲者はこの2曲を、ダリの展覧会からインスピレーションを得て作曲したらしい。ダリ展は現在、六本木の新国立美術館で開かれているが、それではさすがに会期が近すぎる。その前には同じ展覧会が京都で開かれていたはずなので、きっとそこで見たのであろう。久石にインスピレーションを与えたダリの作品は、「素早く動いている静物」と「カダケスの4人の漁師の妻たち、あるいは太陽」の2つ。私は未だダリ展には行っておらず、手元に図録がないので、どのような作品かをすぐに調べることができない。そこでやむなく私はタッシェンの大部なダリ全作品集2冊組を書棚からよっこらしょと取り出し、索引もない制作順の1648作品の羅列の中から、該当の絵をなんとか探し出しましたよ。順に、1956年、1928年の作。もしかしてネット検索すればすぐ出てくるかもしれないが、それはシャクだからやっておりません(笑)。
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作曲家というのはなかなかに大変な職業であるが、その音楽創造への意欲を指揮活動に活かす作曲家は歴史上多い。だが現代においてそのようなことができる作曲家は稀であり、この久石のような、映画音楽、しかもメガヒットを記録した映画の音楽を担当したことによる知名度を持つようなことがなければ、なかなかこのようなコンサートの実現は難しかろう。その意味で、東京で数限りなく開かれているコンサートの中で、これを聴くことができた人たちは幸いであった。そう、そして、あの膨大な情報量のチラシから、このコンサートのものを引き当てた私も、そのような幸せ者のひとりである。これからもこのシリーズが継続してくれることを期待しよう。
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by yokohama7474 | 2016-10-15 01:48 | 音楽 (Live)