マスカーニ : 歌劇「イリス」(演奏会形式) アンドレア・バッティストーニ指揮 東京フィル 2016年10月16日 オーチャードホール

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私は今、多少の憤りを感じている。その内容はおもに2つだ。まずひとつは、先般、ライナー・キュッヒルがウィーン・フィルのコンサートマスターを辞めたことを知らなかったように、音楽界の最新の状況に疎い自分に対して。そしてもうひとつは、東京に新たな音楽が鳴り響こうというのに、宣伝が不足していて、それを世間が大々的に歓迎している気配がないことだ。何を言っているかというと、このブログでも何度か記事で採り上げ、その素晴らしい才能に大いなる期待を抱いている弱冠29歳の大器、イタリア人のアンドレア・バッティストーニが、これまでの東京フィルハーモニー交響楽団(通称「東フィル」)の首席客演指揮者から、首席指揮者に格上げになったことを、私は今日の今日まで知らなかったのだ!!今回このコンサートに出掛けてみて、プログラムの折り込みチラシ(来年7月にバッティストーニが演奏会形式で指揮する「オテロ」の宣伝)を見てそれを知り、愕然としたのである。なぜならば、既に昨年12月20日の、バッティストーニが指揮した第九についての記事の中で、私は明確にそのような提案(?)をしていたからだ。実際、首席指揮者のポジションが空席である今、東フィルは何が何でもこのバッティストーニを獲得すべきだと考えていた。今般それが実現することになり、もちろんご同慶の至りなのであるが、それにしてもいつそんなことが決まったのか。東フィルのウェブサイトで調べてみると、なんと今年の10月1日付の発表で、しかも同日付での就任である。えー、そんなのありですか?世界を飛び回る多忙な指揮者は、何年も先まで予定が詰まっているはずで、今日言って今日、ハイ了解、じゃあ首席指揮者に就任します、となるわけがない(笑)。当然かなり以前から決まっていたに違いない。そもそも東フィルのシーズンは4月から始まっているので、シーズン途中(下半期から)での就任ということになる点も、極めて異例。もしかすると、契約内容がギリギリまで固まらなかったのかもしれないが、そうならそうで、楽団側ももっともっとアピールしてはいかがか。例えばバッティストーニ祭を大々的に開くとか、山手線の車両を借り切って広告を打つとか。実は私の憤りの根本的な原因は、ここ東京で繰り広げられている音楽のレヴェルの高さに比して、そこにいる人たち自身が無関心すぎることだ。「オラが街のオーケストラ」の動向は都民あるいは首都圏民全員で注視し、このような画期的な事件は、全員が祝福するようなことにならなければ。あ、もちろん、東京にはプロのオケが9団体存在するわけで、「オラが街のオーケストラ」が多すぎるという点はあるわけだが・・・。実はこのブログでも、ちょうど発表のあった頃、過去のバッティストーニの記事へのアクセスが増えたので、何かあったのかとは思ったが、せいぜい「題名のない音楽会」に出演するからだろうと思っていた。こんなビッグニュースを知らなかった自分の不明を恥じるとともに、東フィルさんには是非、この大器をシェフに頂くという千載一遇のチャンスを最大限に活用して頂きたい。但し不思議なのは、楽団の発表を見ても、任期が何年であるのかの記載がない。これはいかがなものか。ファンへの責務として、楽団はこのような点を明確にして欲しい。まさか、いつまでやってもらうか決まっていないということはないですよね???
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そういう事情なので、この秋のシーズンにバッティストーニが初めて東フィルを指揮するこのコンサートは、事実上の就任披露コンサートになったわけである。彼が採り上げたのは、マスカーニ作曲のオペラ「イリス」。これはお世辞にもよく知られている作品とは言い難いが、実は日本を舞台にしており、東フィルとしては、7月にチョン・ミョンフンの指揮で採り上げた、こちらは広く知られたプッチーニの「蝶々夫人」に続く、日本を舞台にしたオペラシリーズを成しているのである。イリスとは、英語でいうアイリス、つまりはアヤメのこと。このオペラのかわいそうな主人公の女の子の名前である。作曲者のピエトロ・マスカーニは、26歳の時の1890年、処女作「カヴァレリア・ルスティカーナ」で彗星のごとく世に出た人。この作品はまさにどこを取っても第一級の傑作であるが、今日通常のオペラハウスのレパートリーとしては、これ以外にマスカーニの作品が演奏されることは極めて稀だ。いわば「一発屋」としての評価が確立していると言える。だが実際にはマスカーニは生涯にオペラ15曲、オペレッタ1曲を残したのである。その中では、「友人フリッツ」が、その間奏曲で比較的知られており(カラヤンが録音していた)、この「イリス」も、単独で演奏される部分はあまりないものの、名前だけはある程度知られている、そんな作品である。実は私はこの珍しい作品の実演を聴いたことが一度だけあるが、それは2011年、井上道義が読響を指揮して東京芸術劇場で上演したセミ・ステージ。主役の小川里美が大変に素晴らしかった。その際には予習のためにジュゼッペ・パタネ指揮の貴重な国内盤CDを中古で手に入れ、歌詞と首っ引きで聴いたものだ。そのCDでは、あのドミンゴも歌っていて、役柄はオオサカという、イリスに言い寄る助平な若者の役なのだが、その美声はそれはそれは見事で、まさに聴き惚れる。
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実は今回の演奏、当日のリハーサルが公開されたのでそれにも出かけた。会場である渋谷のオーチャードホールの2階と3階に聴衆は通された。その距離では指揮者の指示は全く聴き取れなかったが、第3幕の大部分を通した後、第1幕の後半を演奏した。バッティストーニはほんの数回オケを停めただけで、スムーズな様子と見て取れた。照明や字幕、映像投影や人の出入りなどの確認も兼ねていたようだ。実際のところこのリハーサルでは、オーケストラと合唱団(新国立劇場合唱団)がメインで、主要な役柄のソリストはいなかった。なので、割愛されたのは主要キャストが登場するシーンであり、当初1時間半と聞いていたリハーサルが、45分で終了してしまった。
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さて、本番の演奏であるが、これがまたいつものバッティストーニのド迫力で押し通され、大変テンションの高い演奏となった。それにしても彼が指揮するときの東フィルの金管セクションは、実に凄まじいパワーを発揮する。もちろん、弦も木管も好調で、この若き英才指揮者のもとで演奏する喜びが溢れていた。また、合唱団の出来もいつもながら見事で、この珍しい作品の演奏としては、ちょっとこれ以上望めないほどのレヴェルであったのではないか。歌手について述べると、イリス役のラケーレ・スターニシは、見た目はどこからどこまでラテンな感じの女性で(笑)、はかなく繊細な日本の若い女性というこの役柄のイメージとは異なるが、強い声の表現力は素晴らしい。
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また、オオサカ役のフレンチェスコ・アニーレも、これまた若者というイメージではないものの、終始大変な美声で聴衆を魅了した。
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舞台後方には、上の会場写真にある通り、北斎の浮世絵などが時折投影されたが、私はそれはあまり支持しない。音楽と照明だけで充分であったと思う。特に、タコと女性の絡みを描いた北斎の作品(作中で紹介される坊さんの説話と関係はしている)が、何ヶ所かのクローズアップを含めて投影されたのは、悪趣味以外の何物でもない。・・・と書いてから補足するのだが、そもそもこのオペラ、日本人の目から見ると悪趣味極まりない点が多々あって、正直なところ、冷静に作品に対するのが難しい面は否めない。どうせ当時の三流脚本家の作だろうと思ったら、「ボエーム」「トスカ」「蝶々夫人」「アンドレア・シェニエ」「ワリー」などの数々の名作の台本を書いたルイージ・イッリカの作。ということは、ジャポニズムに沸くヨーロッパの人たちから見た日本とは、こんな摩訶不思議な世界だったということか。そういえば、同じ作者の手になる「蝶々夫人」(「イリス」の5年後、1904年に初演)だって、立派に摩訶不思議なところは多々ある。だがこの「イリス」の場合、「蝶々夫人」とは違って、登場人物は全員日本人であり、西洋人から見た日本人という図式にはなっていない。また、音楽も、プッチーニは日本の音楽を勉強して取り入れたのに対し、この「イリス」は、大きな東洋風の鐘や寺で使うような小さな鐘、また小道具として三味線なども出て来るが、音楽は決して東洋風ではない。プログラムに掲載されている堀内修の解説では、純潔な少女が性愛を拒み、太陽賛歌の中で花になるというストーリーは、そのままギリシャ神話の「ダフネ」であるとし、台本作家イッリカの意図はそこにあったのだろうとのこと。興味深い説だ。

そのような作品なので、今後もそうおいそれと日本で上演に接する機会はないであろうが、ただ、その太陽賛歌の壮大な音楽は非常に聴きごたえがあり、5年前に井上道義指揮で聴いたときもそうであったが、あのマスカーニが、処女作のくびきを打ち破ろうとして苦心惨憺創り出したであろう音響空間には、ちょっとほかにない迫力があることも事実。今回のバッティストーニと東フィルのようなパワー溢れる演奏であれば、その威力は充分今日の聴衆に伝わるのである。

帰り道、太陽賛歌(ちょっと「アメイジング・グレイス」に似ているのだ)を口ずさみながら、自ら命を絶って太陽に召された、アヤメという名を持つこの主人公の哀れさについて思いを巡らせていて、ふと足元を見ると、なんと、渋谷駅の山手線のホームに、アヤメの画像が埋め込まれているではないか!!
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その場で調べてみると、渋谷区の花はハナショウブ。これはアヤメ科アヤメ属の植物で、この植物を称してアヤメと言ってよいとのこと。いやー、これも何かのご縁ですね。可憐なアヤメは、駅の雑踏の中で多くの人々に踏まれてもこのように頑張っているわけである。私は可憐でもなんでもない、ふてぶてしいオッサンであるが(笑)、この姿を見習って頑張って生きて行こうという思いを新たにした。なので、東フィルさん、バッティストーニとの関係をより一層深化させて下さいよ!!

by yokohama7474 | 2016-10-16 20:40 | 音楽 (Live) | Comments(0)