明智憲三郎著 : 本能寺の変 431年目の真実

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一週間ほど出張に出ていて、記事を更新することができませんでした。その間、真面目に仕事はこなしながら、書くネタはあるのに記事を書けないもどかしさで身を焦がす思いでした(笑)。幸か不幸か、今回は出張中にオペラやコンサートに出かけることはなかったので (一生懸命我慢したので?)、今回の記事は、音楽ネタではなく、しばらく前に読んだこの本についてということに相成った。

1582年、織田信長がその最期を迎えた本能寺の変は、その謎めいた真相を巡ってあれこれの推測が飛び交う、日本史上屈指の大事件であることは論を俟たない。ドラマや映画で何度扱われてきたか分からないくらいその話題度は高く、400年以上経った今でも、いわゆるゴシップの類が飛び交っている状況だし、それどころか最近は、歴史ネタで踊るコンビがネタにしているくらいである。この本は、そんな本能寺の変の真相に迫る、ミステリーさながらの実に面白い本なのだ。たまたま上の画像では「15万部突破」とあるが、私の手元の本 (2014年6月、初版第九刷) には、「20万部突破」とあり、ネットで画像検索すると、「24万部」「26万部」「35万部」、さらには「漫画化決定!! 別冊ヤングチャンピオン」という宣伝においては、ついに「40万部突破」とある。大変な売れ行きの本なのである。ちなみに題名から計算すると、ええっと、2013年の発行ということになるが(いや、厳密には「年目」はその年を含むので、ちょうど430年後の2012年が正しいと思うが、まあそこは置くとして)、実はその前、2009年に「本能寺の変 427年目の真実」という本があり、それを加筆・修正したのがこの本である。それだけ著者の執念がこもっているということだろう。

ではその執念をこめた著者は誰かというと、その名の通り、明智光秀の末裔、1947年生まれで、もともとシステムエンジニアの明智憲三郎という人だ。
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つまり、歴史の門外漢である人が日本史上最大の謎のひとつに挑んだというのがこの本なのであるが、その内容は、これは掛け値なしに滅法面白く、しかもかなりの数の一次史料にあたっての考察なので、その説得力には相当なものがある。上記の通り、これはいわばミステリーとしての謎解きの要素のある書物なので、その内容についてここに書いてしまうとネタバレになってしまい、このブログのコンセプトに反するので(笑)、それは避けることとするが、人々が単純に疑問に思う点、例えば、「信長ともあろうものが、なぜ本能寺滞在時には守りを固めていなかったのか」「変が起こるや否や秀吉が中国地方から矢のように近畿まで戻れたのはなぜか」「家康が堺から三河まで命からがら逃げ帰ったというのは本当か」、そして「なぜ光秀は反乱を起こしたのか」、「著者は光秀の末裔というが、謀反を起こした犯罪者の家系が根絶やしにされなかったのはなぜか」といった点のそれぞれについて、極めて明快な回答が提示されるので、その爽快感は無類のものである。しかもここで展開される説において、これまで定説とされてきたものが一体何に依拠していて、それがどの程度信憑性のあるものかがいちいち示されるので、この本の説には実際に説得力が感じられるのである。

考えてみれば、「歴史の真実」などという言葉にはうさん臭さがつきまとう。ほんの何十年どころか、何年か前の事件であっても、その真相は永遠に分からないという事件は沢山あると思う。ましてや、400年を経過した事件には、後世の権力者による情報操作もあってしかるべきだし、そもそも全体像を把握することができた同時代人はいないであろう。あるいは、ある人にとっての「真実」と、別の人にとっての「真実」が異なるという事態もあり得よう。その場合は、そもそも「真実」の定義すら曖昧になっているわけで、人間の営みには様々なところでそのような不確定性があるのだと思う。その一方で、この本を読んでいると、いやはや日本人というものは昔から日記やその他の記録を残すことが好きなのだなぁという感想を抱かざるを得ない。さしずめ現代ではブログなどという存在が、後世の人たちから見れば貴重な歴史的遺物と思われる日が来るのかもしれない。もっとも現在の世界に存在している情報量は、後世の人たちにとっても把握しきれないほど膨大であり、必要な情報が充分に歴史探索者に届くか否かは、いささか心もとない気もする。でも、今から400年後にこのブログを見る人が、この記事から例えば2016年の米国大統領選の行方を推理するような事態になったとしたら、「おいおいおいおい」と言いたくなるでしょうねぇ(笑)。でも、「お、400年前の日本ではこれだけ文化的なイヴェントが起こっていたのか」というように評価されるようなことがあれば、なんともやりがいのあることになるわけで。うーん、400年後の人類、一体どうなっているのだろうか。

などと余計なことを考えているわけだが、最後にちょっといい話。現存している京都の本能寺(当時とは場所が少し変わっているらしい)に行くと、その宝物館でこのような置物を見ることができる。
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これは三本足の蛙のかたちをした香炉で、信長愛用の品と伝わる。この蛙、なんとも愛嬌があるが、実は本能寺の変の前夜に突然鳴き出して、信長に危険を知らせたという。信長愛用の品であれば、そのくらいの不思議を起こす力はあるような気もするが、もし本当に鳴き出したとしても、信長の命を守ることはできなかったわけで、運命の厳しさを感じることができるのである。一方で謀反を起こした明智光秀の切実な思いは、一般的な歴史認識においてはあまりクローズアップされることはない。その点、光秀の末裔が書いたというこの本を通して、その歴史的な空隙を埋めることができて、大変有意義だと思う。三本足の蛙はもう鳴くことはないだろうが、歴史の結節点でこの蛙が実際に見た光景には、多分現代の我々が空想しても及ばない壮絶な歴史のドラマが込められていたのだろう。そんな蛙さんに話しかけたくなってしまいますなぁ。

by yokohama7474 | 2016-10-25 00:24 | 書物 | Comments(0)