愛知県 小牧市 小牧山城 / 小牧市歴史館

前の記事では、織田信長の最期にまつわる書物をご紹介したが、この記事は、信長が初めて築いた城について触れたいと思う。愛知県、名古屋の北東に位置する小牧山城がそれだ。
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私がこの城を訪れたのは1ヶ月と少し前。実は以前に記事として採り上げた岐阜県の願興寺や永保寺を訪問したあとであった。名古屋市内から車で移動すると、上記の岐阜の寺々からこの小牧を回るというのは、実はちょうど無理のない1日の観光コースに収まるのである。なので、この地区在住の方はもちろん、別の場所から名古屋地区に旅行される方にはレンタカー利用による手軽なドライブとして、このような歴史を巡る旅をお薦めします。さてこの小牧城、私には以前から気になる存在であった。歴史上、小牧・長久手の戦いは有名である。一方の長久手古戦場 (名古屋の東) は昨年訪れて、やはりこのブログの記事として採り上げた。だが、かたや小牧というと、県営名古屋空港の所在地であるということ以上に、あまりイメージがない。そもそも小牧と長久手は随分離れていて、連続した名称で呼ばれることには違和感があったのだ。だが調べてみるとこの戦い、本能寺の変の 2年後の1584年、信長の跡目争いとして起こった、羽柴秀吉と、織田信雄(のぶかつ、信長の次男)を擁した徳川家康との間の戦いで、実は全国規模の戦争に波及した一連の戦の総称であるらしい。小牧には家康の本陣があり、一方の長久手では両軍の戦闘が行われたことが、名前の由来であるようだ。この長久手の戦いでは秀吉軍が敗走し、秀吉側から和睦の申し出があったという。だがこの秀吉の敗北はこの戦い一日だけのことであり、実は1年に亘った一連の戦乱を通して、秀吉は信雄の領土をかなり奪うことで、その同盟者であった家康を出し抜いたというのが真実であるらしい。つまり、秀吉の天下統一に向けた確かなマイルストーンにはなったわけだ。

このように、戦国時代の歴史において重要な事柄がこの小牧で起こったことは事実であるにせよ、興味を惹くのは、冒頭に記した通り、この城は信長が最初に築いた城であるということだ。私がこれまでに訪れた中では、このブログでも採り上げた安土城が、もちろん信長の業績としては特筆ものであるが、彼はそれ以前に岐阜城も築いており、私は数年前にそこも訪れたことがある。なので、この小牧山城を訪れることで、信長が生涯に作った3つの城郭跡地にすべて立ち会うことになる。これは楽しみですよ、信長さん。
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この城は、小牧山という小さな山の上に建っている。ピンボケながら、私が車窓から撮影したのがこの写真。それなりの高さの感じが伝わるものと思う。尚、頂上に建っている天守閣はもちろん建造当時のものではなく、昭和43年に篤志家が私財を投じて再建したもので、今は小牧歴史館という博物館になっている。
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現地に辿り着いてみると、このような案内板があるが、てっきり山頂まで道路が続いているものと思いきや、かなりの山道をえっちらおっちら登っていかなくてはならないのである。それほど楽なことではない。
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現代の感覚では、戦国時代の城が山の上に石垣で囲まれて存在していることは普通と思われるが、実は城に石垣が作られたのは、この小牧山城が日本で最初であるという。つまり、天下統一を目指した当時30歳の信長は、軍事目的のみならず、「見せる」城の造営に意を砕いたわけであり、やはりほかの戦国武将にはない先見の明があったということであるようだ。そういえば岐阜城でも近年発掘が行われ、接客を含む信長の様々なアイデアが明らかになってきたと聞いたことがある。ここ小牧山城でも、近年の発掘作業を経て、今後は観光地として整備される計画であるようだ。頂上に至る道々、このようなものを見ることができる。石垣の裏込石は、「平成23年度発掘調査で出土」とあるので、ほんの5年前だ。
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そして見えてきた、天守閣を模した小牧市歴史館。辿り着くまで、なかなかにワイルドな道が続く。信長の築城以来、歴史を経て来た大きな石たちは、沈黙して語らないが、その存在感は心に残るものがある。
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そしてこれが歴史館。
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通常、再建された城郭の内部には、甲冑や火縄銃だとか、合戦の屏風とか、あるいはほかの城の写真(笑)などが展示されていて、あまり変わり映えしないのであるが、ここには規模は大変小さいながらも、古墳時代から現在に至るこの土地の歴史にまつわるものが展示されていて、なかなか居心地がよい。そして最上階から見えるのはこんな景色。左の奥に見えるのが、県立小牧空港の滑走路だろう。そのつもりで撮影したはずだが、結構距離があって、よく確認できない(笑)。
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現地にはこの城の発掘調査から判明した石垣についての説明パンフレットなどもあり、信長の時代に思いを馳せることができる。上述の通り、観光地としての整備を進めるということなので、数年後にはさらに観光客フレンドリーな場所になっているかもしれない。今後の高齢化社会を思うと、やはり頂上まで車で通れるようにしてもらえれば、もっと来訪者が増えるのではないだろうか。教科書にも載る「小牧・長久手の戦い」の舞台であり、信長の覇道の初期に位置する城である。華麗なる歴史スポットとして脚光を浴びてもらうことを祈っておりますよ。

by yokohama7474 | 2016-10-26 23:51 | 美術・旅行 | Comments(0)
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