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ハドソン川の奇跡 (クリント・イーストウッド監督 / 原題 : Sully)

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見たい映画を結構頑張って見に行っているつもりであるが、それでももちろん、封切で見逃す映画は数多くある。だが、海外出張に出かけるときに飛行機の中で、見逃した映画や、あるいは絶対劇場には見に行かないような映画を見る機会もあって、なんとか埋め合わせをしている。ところがである。飛行機の中で絶対に見ることができないシーンがある。それは飛行機の墜落場面。だから、「永遠の零」も途中で重要なシーンがカットされていたし、最近見た日本未公開の "Criminals" (ケヴィン・コスナー主演、ゲイリー・オールドマン、トミー・リー・ジョーンズ共演) でも、最後の重要なシーンがなく、あれれ???ということになってしまっていた。その意味で言うと、この映画の場合、数年前に公開されたデンゼル・ワシントン主演の「フライト」とともに、もうそれは飛行機で見るなど絶望的だ(笑)。

だからというわけではないが、この映画はどうしても見たいと思っていた。2009年1月15日、乗員乗客155名を乗せてニューヨークのラガーディア空港を出発したUS AirwaysのA320(英仏独の共同出資会社エアバス社製)が、離陸後まもなく、いわゆるBird Strike(あ、これは鳥がストをするという意味ではなく、鳥の衝突のことです)によって両方のエンジンの出力を失い、あわや墜落というところ、機長のとっさの判断でハドソン川に着水し、全員の命が救われたという実話が題材になっている。実は私は、この事故が起こる1年2ヶ月前まで、ニューヨークのアッパーウェストサイド、まさにハドソン川沿いに住んでいたので(犬連れで)、自分のよく知っている場所で起こったこの事故は、大変衝撃的であった。ちなみにこのブログの題名「川沿いのラプソディ」は、私が今住んでいる多摩川沿いで、気まぐれに話題があっちこっちに散らばるブログを書いていることを自ら揶揄して命名したものであるが、実はニューヨークでもやはり川沿いに住んでいたということで、やはり、ある世界と違う世界の境界であって魔物が出没する、川沿いという場所に惹かれる私の性向は、以前から変わらないものと見える(笑)。ちなみにこのハドソン沿い、ご近所には、ドナルド・トランプが建てたアパート群が沢山建っておりましたですよ。

そんな個人的な思い入れもあり、しかもクリント・イーストウッド監督、トム・ハンクス主演とくれば、もうこれは、見るのが義務である。これはすごいツー・ショットではないか。ハンクスはイーストウッドの監督作品に主演するのはこれが初めてのこととなる。イーストウッドがリハーサルなしにいきなり撮影をする主義なので、役者たちはこっそり集まってリハーサルしていたとか(笑)。
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イーストウッドは1930年生まれだから、今年実に86歳!!なんとも信じがたいし、最近の「J・エドガー」や「アメリカン・スナイパー」などでは、夢物語とは一線を画し、現代にまで続く米国の歴史、あるいはつい最近の出来事に鋭く切り込んでいて、そのハードな制作姿勢には誠に恐れ入る。そして、この、ほんの7年間の出来事についての映画も、そのような系譜に入るものである。米国の映画で驚くのは、当事者たちが存命であっても、実際に起こったことを映画の中で忠実に再現することが多いということだ。ここでも、関係者は皆実名で出ているようだし、エンドタイトルで理解できたことには、映画の中の乗客の一部は、実際にこの事故を経験した乗客であるようだ(役名の横に"Himself"とか"Herself"と出ていた)。US Airwaysの機体塗装や、機内の様子もそのままで、何かというとすぐに「この映画はフィクションであり、実在の人物・団体とは何の関係もありません」と注釈をつける日本の映画とは大違いだ。これは実在のサリー。
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イーストウッドの映画の特徴は、あえてストーリーをこねくり回すことなく、冷徹なまでの視点で、淡々とした描き方をすることである。説明的なシーンはほとんどない。例えばこの映画では、主人公(Sullenbergerという苗字によるものだろう、"Sully"と呼ばれている)である機長が若い頃に経験した戦闘機での着陸が、この事故といかなるつながりがあるのか、明確に示されることはない。また、調査委員会の家庭問題についての質問にも、サリーは思わせぶりな回答をするが、実際に家庭に問題があるようには見えない一方で、二人の娘について詳細に描かれることはなく、家族で画面に出てくるのは専ら妻(ローラ・リニー)だけである。また、Co-pilotであるジェフ・スカイルズ(アーロン・エッカート)については、その個人生活は全く描かれないばかりか、サリーとの関係も、本人たち同士の会話でしか描かれない。これらの要素は、劇映画として娯楽性を追求するなら、欠点になるものばかりである。
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だが、それにもかかわらず、この映画のインパクトは並大抵のものではないのだ。恐ろしい映画だとさえ言えるだろう。見る人の多くは、乗員乗客全員の命を救った英雄であるサリーが、調査委員会によって、本当にラガーディア空港に引き返す、あるいはほかの空港にダイバートすることができなかったのかという点について追及を受けるのを見て、義憤にかられるであろう。今回はその追及する方の人たちがいかにも憎たらしく見えるので(笑)、その義憤がいかにも当然のこととなる。だが、事実としては、航空機を川に着水させるなどということは無謀極まりなく、乗員乗客の生命を危機にさらしたことは疑いない。だから、それが本当に最善の策であったのか否かを知るため、調査委員会がサリーたちを追及するのは当然のことであろう。そのあたりも、リアリティに徹するイーストウッドの演出で、切れ味よく描かれている。人生において厄介なことは、結果を知ってから「こんな英雄を責めるなんてけしからん」というのは簡単であって、実際には、英雄的な行為自体の定義が曖昧になることがあることではないか。前述のデンゼル・ワシントン主演、ロバート・ゼメキス監督の「フライト」では、フィクションとして、英雄的な行為を果たした機長の人間的な弱さを抉り出し、それゆえに尊さを持つ人間の克己心が描かれていたが、この「ハドソン川の奇跡」は、そんな気の利いたことはしてくれないのである。観客は事件の当事者さながら、固唾を飲んで物事の成り行きを見つめることとなる。

そして、ここで描かれた出来事は、本当にフィクションよりも稀有なことである。正直なところ私は、機体が着水してから乗客が避難し、水が機内に入ってくるあたりで、体が震え始めてしまった。こんなことが実際起こったなどと、誰が信じようか。その後の救出劇も含め、人間の命の尊厳を深く感じる経験となった、と書くときれいごとのように響いてしまうが、もうそれしか言葉がない。映画にはこんなことができるのだ。

機体が着水している写真を掲載しようかと思ったが、やめておく。そんな光景、見たくもないし想像したくもない。その代わり、救出された後に乗員乗客を気遣うサリーの姿を載せておこう。韓国で船が沈没したときに真っ先に逃げて逮捕された船長がいたが、やはり人間、非常時には恐怖に駆られてしまう弱い存在なのである。だから、このサリーの勇気ある冷静な行動に、襟を正したくなるのである。
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飛行機の中では絶対に見られない映画ではあるが、また同時に、ほかの映画では絶対得られないような強いインパクトのある映画でもある。クリント・イーストウッドには、もっともっとすごい映画を作って欲しい。感動しました!!

by yokohama7474 | 2016-10-30 01:45 | 映画