ウィーン国立歌劇場来日公演 R・シュトラウス : 歌劇「ナクソス島のアリアドネ」(指揮 : マレク・ヤノフスキ / 演出 : スヴェン=エリック・ベヒトルフ) 2016年10月30日 東京文化会館

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さて、このブログで再三唱えているように、オペラに関しては東京は異常な街なのである。それは、海外の主要オペラハウスが入れ代わり立ち代わり引っ越し公演を行うということだ。もちろん東京には新国立劇場という常打ちのオペラハウスがあるほか、いくつものオペラ・カンパニーが意欲的な公演を行っている。それに加えてこのような一流オペラハウスの公演を居ながらにして聴くことができる街は、世界広しと言えどもほかにないであろう。4年ぶり9度目となる世界最高峰のオペラハウス、ウィーン国立歌劇場は今回3つの演目を演奏するが、これはその最初のもの。と言っても、この演目の3回の上演のうち、最後の回を鑑賞したものだ。

リヒャルト・シュトラウスのオペラに関しては、未だ日本に紹介されていないものも含め、実に多様な楽しみがあるのであるが、この「ナクソス島のアリアドネ」は、さほど長くないこともあって、それなりに上演頻度が高い。実はこのオペラ、私が知る限りこのウィーン国立歌劇場の来日公演で上演されるのはこれが実に3度目なのである。最初は、伝説になっている1980年のカール・ベーム指揮の公演。次が2000年のジュゼッペ・シノポリ指揮の公演である。私は前者には行っていないが、後者には行ったのだ。アグネス・バルツァの作曲家にエディタ・グルベローヴァのツェルビネッタであった(この2人は1980年の上演でも歌ったはずで、つまりはこの200年公演は、20年を経ての伝説の再現となったわけである)。今当時のプログラムを取り出してきてみると、ほうほう、アリアドネはシェリル・ステューダーであったのだ。彼女は既に60を越えているせいか、最近とんと名前を聞かなくなってしまったが、シノポリとの日本での共演では、バイロイト音楽祭の引っ越し公演における「タンホイザー」も懐かしい。この2回の上演は、いずれもフィリッポ・サンジュストによる同じ古典的な演出であったらしい。だが今回は、現在ザルツブルク音楽祭の芸術監督を務めるドイツ人、スヴェン=エリック・ベヒトルフによる新しい演出だ。もともと俳優のベヒトルフは今年59歳。このような眼光鋭い人である。
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このオペラの初演は1912年。もともとモリエールの喜劇「町人貴族」の劇中劇として書かれたが、上演時間が長すぎたこともあって初演は不評。作曲者と台本作家ホフマンスタールは「町人貴族」を外し(ちなみにこの劇の付随音楽は別作品として人口に膾炙している)、上演前の楽屋を描いた「プロローグ」を加えて、1916年(今からちょうど100年前だ!)にウィーンで改訂版を初演。これが現在上演されるこの作品の形態なのである。今回の来日公演で上演されたプロダクションについては事前の予備知識なく会場に向かったのであるが、プログラムの解説によると、2012年にザルツブルク音楽祭でプレミエ上演され、その後ウィーンでも上演された、1912年初演版に基づく演奏であると読める。おっと思い出したぞ。その2012年のザルツブルクでの上演は、ダニエル・ハーディング指揮のウィーン・フィルによるもので、日本でもNHK BSで放送された。演奏時間が異常に長いことに驚いたことを鮮明に覚えている。だが、蓋を開けてみると今回の上演は1912年初演版ではなく、通常の改訂版による演奏。しかも、もともとの演出では、台本作家ホフマンスタールとその恋人(ちょうどこのオペラの構想中に出会い、アリアドネのイメージを彼女から得たという)の役の役者たちが舞台に登場するという、さらにややこしい(笑)構成になっていたようだ。まあ、あまり長かったりややこしいよりは、ここは改訂版でよかったのではないでしょうかね。ちなみに帰宅後、そのハーディング指揮の2012年の演奏を少し見てみたが、確かに前半は延々セリフだし、後半ではアリアドネ役の歌手とホフマンスタールの恋人役の役者が同時に舞台に出ていた。それから、通常アルトで女性が歌ういわゆるパンツ役の作曲家を、男性が歌っていた。

ともあれ今回の演奏、さすがはウィーンと唸るような内容であった。指揮のヤノフスキは、日本でもおなじみのポーランド出身のドイツの指揮者。1939年生まれなので今年77歳の巨匠である。
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もともとワーグナーを得意にし、大作「ニーベルングの指環」でレコーディング・デビュー。その作品の演奏会形式での連続上演を日本でも行っているし、何よりも、今年のバイロイト音楽祭ではその「指環」を指揮したはずである。そのようなキャリアに鑑みて、もちろん同じドイツの、オーケストラが非常に重要であるシュトラウスの作品への適性はあるものとは思うが、だがこの「ナクソス島のアリアドネ」は小編成のオケ(今回の演奏ではコントラバス2本)を使い、軽妙洒脱な箇所も数多く出てくる作品で、軽めの身のこなしが必要な作品。同じシュトラウスでも、「サロメ」や「エレクトラ」や、あるいは「影のない女」のような炸裂する大音響は出てこない。さて、ヤノフスキの相性やいかに、と思ったのであるが、それは全くの杞憂。ヤノフスキは最初から最後まできっちりと最上級のオケをリードしながら、軽い音も実にウィーンらしい洒脱さで包んで、客席に散りばめた。そういえば彼は、ドイツ語圏だけではなく、フランス放送フィルやスイス・ロマンド管弦楽団でもポストを歴任した人。その音楽のパレットは大変に豊富であることを、改めて思い知った次第。

歌手陣もなかなかの充実で、全曲でいちばんの聴きどころであるツェルビネッタのアリア(コロラトゥーラによる超絶技巧を要するもの)を巧みにこなしたダニエル・ファリーもよかったが、私が感心したのは、アリアドネ役のグン=ブリット・バークミンである。昨年12月にシャルル・デュトワがN響で同じシュトラウスの「サロメ」を指揮したとき、そのタイトルロールを歌っていた歌手である。前回のウィーン国立歌劇場の来日でも、やはりサロメを歌っていた。
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その強くつややかな声は、このオペラでのアリアドネのやや複雑な性格の役柄を、ある意味で忘れさせるほどであった。つまり、失恋のあまり死を求める女性が、ツェルビネッタらにからかわれながらも、徐々に新たな恋に芽生えて行く様子が、説得力を持って歌い出されていたのである。それから、バッカス役のステファン・グールド。
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私が昨年見たバイロイトでのトリスタンや、私は見ることができなかったが、今月の新国立劇場での「ワルキューレ」でのジークムントなど、世界で活躍する一流のワーグナー歌いであるが、ここでも見事な歌唱である。実はこの役、当初の発表では別の歌手が歌うことになっていた。やはり当代一流のヘルデン・テノール、ヨハン・ボータである。だが彼は惜しくも今年癌で他界。今回のプログラムにもこのような追悼記事が掲載されている。
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考えてみれば、ステファン・グールドがトリスタンを歌った昨年のバイロイトでは、このボータがジークムントを歌ったのであった。私がその上演を見て書いた記事には心無い悪ふざけが記されていて、我ながら慚愧の念に堪えないが、そのときにはまさか彼が1年後に亡くなることなど思うわけもなかったので、その悪ふざけをあえて今から訂正することはやめておこう。だが、私自身そのときに書いているではないか。「ちょっと痩せたようにも思い」と。今から思えば、その時から病気だったのだ。心から追悼の意を表します。尚、ボータの享年は未だ51歳だったということで、実は私と同じ。しかも、調べてみると誕生日が6日しか違わない!!そう思うと本当に痛々しい思いである。

ところで今回の演出であるが、ひとつの特徴は、通常なら完全に別物であるプロローグとオペラ本体に共通性を持たせたこと。特に、プロローグでしか歌わない作曲家役が後半にも出て来て、ツェルビネッタのアリアをピアノで伴奏するような演技をする。それには理由があって、終結部で作曲家はツェルビネッタに愛を打ち明けるのである。なるほどそれは新機軸。全体として動きが多すぎず少なすぎず、なかなかスタイリッシュにまとまった演出であった。舞台の写真を何枚か掲載しておこう。
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実はこの「ナクソス島のアリアドネ」、1ヶ月も経たないうちにまた舞台に接することになる。それは東京二期会の公演。指揮者は外人だが歌手は全員日本人だ。さすがにシュトラウスのオペラは日本人にはハンディがあり、ウィーンの最上級の演奏と比較されるのは酷であろうが、それでも、東京という街の文化度が試される機会にはなるわけで、是非楽しみに待つこととしたい。

Commented by エマスケ at 2016-10-31 08:23 x
こんにちは。
またお邪魔します。
私も30日の公演を観てきました。

ダニエル・ファリーの超絶技巧は素晴らしかったです。
彼女は確か2011年のバイエルン国立歌劇場の来日公演の際にもツェルビネッタを唄っていて、圧倒されたのを思い出しました。
(そういえば、あの時もカウフマンがまたキャンセルして、ヨハン・ボータがローエングリンを唄ったのですよね...。合掌)
ステファン・グールドは初めて聴きました。
彼のトリスタンを聴いたなんてうらやましいです。

ただ、今回、演出が凝りすぎていて観客がついて行けてないようなのが気になりました。
バッカスが突然登場して執事が(文字通り)ぶっ飛ぶシーンなど小ネタがいろいろちりばめられていたのに、反応は冷ややかでしたね。
私の座っていた1階センターの高齢化率が高かったからかもしれませんが...。

ともあれ、あとの2公演も楽しみです。
失礼しました。
Commented by yokohama7474 at 2016-10-31 23:43
> エマスケさん
コメントありがとうございます。なるほど、1階席なら多少演出がうるさく感じられたかもしれませんね。私は文化会館ではいつも5階の左右どちらかの席で鑑賞するのが常なのですが、それは指揮者の身振りと舞台全体を上から見渡せるし、音がよいからです。あ、あと、もちろん安いからですが(笑)。執事のぶっ飛ぶシーンも面白いと思いましたよ。ほかの2公演、本当に楽しみですね。またお立ち寄り下さい。
by yokohama7474 | 2016-10-31 00:13 | 音楽 (Live) | Comments(2)