ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 バンベルク交響楽団 2016年11月3日 サントリーホール

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前項の川崎での東響のコンサートを聴いたあと、美術館に一軒寄って、向かった先はサントリーホール。これは今年の秋の数多い来日演奏家たちの中でも、目玉のひとつと私が考えるもの。今年実に89歳!!の巨匠ヘルベルト・ブロムシュテットと、彼が終身名誉指揮者を務めるドイツの名門、バンベルク交響楽団の演奏会だ。
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ブロムシュテットは、その名前の響きや、これまで活動して来た場所が、ドレスデン、ライプツィヒ、ハンブルクや、このバンベルク等、ドイツが多いので、ドイツ人かと思われがちかもしれないが、実際はスウェーデン人であり、しかも生まれは米国マサチューセッツ州なのである。もちろん、若い頃は北欧でもキャリアを積んだだけでなく、今でもデンマーク放送響とスウェーデン放送響の名誉指揮者の称号を持ち、米国でもサンフランシスコ交響楽団(奇しくも今月やはり来日する)を率いたこともある。また日本では、NHK交響楽団(通称「N響」)の名誉指揮者として親しまれている。このように列挙すると、本当に多くの楽団と実り多い仕事をして来た人なのである。今回のツアーのプログラムを見てみると、この高齢でありながら、10月26日から11月5日までの10日間に、実に9回のコンサートの指揮をする。しかも、日本ばかりでなく、そのうち2回はソウルでの公演だ。そしてこの指揮者、未だに立って指揮をするのだ。恐るべき89歳。

さてこのバンベルク交響楽団というオーケストラ、クラシックファンには先刻おなじみであるが、そうでない方のために簡単に説明すると、もともとチェコのプラハに存在したプラハ・ドイツ・フィルというドイツ系の人たちによるオケのメンバーが、第二次大戦後ソ連の占領から逃れてドイツに移住し、1946年に結成したオーケストラである。今年創立70年であるので、ちょうど前項で採り上げた東京交響楽団と同じということになる。奇しくも、バンベルク響を今年まで率いていたのは英国人のジョナサン・ノット。彼は今では東響の音楽監督である。このバンベルク響、もともとドイツの伝統的な音色をその特色としているが、ノットが率いた16年の間に、レパートリーも広がり、オケの柔軟性が増したと言われている。因みにバンベルクという街、私も昨年、バイロイト音楽祭に出かけた際に訪問しているので、ご興味おありの向きは、参考までに以下の記事をご覧下さい。
http://culturemk.exblog.jp/23563803/

この日の演奏会の曲目は以下の通り。
 シューベルト : 交響曲第7番ロ短調D.759「未完成」
 ベートーヴェン : 交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」

これはもうドイツ音楽の王道であり、このコンビで聴くには最適の曲目であると言えるだろう。因みにプログラムによると、バンベルク響とN響の共同で東京においてベートーヴェンの交響曲ツィクルスが進行中とあり、なに、そんな話聞いていないなと思いながら、近年(2010年以降)のブロムシュテットの東京でのベートーヴェン演奏を、ちょっと調べてみた。尚、N響に関しては定期演奏会だけしか調べていないので、それ以外のコンサートで演奏されている場合はここから抜けていることになる。
 2010年 : 3番(N響)
 2011年 : なし(N響への登壇はあり)
 2012年 : 3番、7番(バンベルク響) (N響への登壇はなし)
 2013年 : なし(N響への登壇はあり)
 2014年 : なし(N響への登壇はあり)
 2015年 : 1番、2番、3番(N響)
 2016年 : 5番、6番(バンベルク響)、9番(N響、12月の予定)

ツィクルスの始まりがいつであるのか分からないが、仮に前回のバンベルク響の来日公演の2012年とすると、残るは4番と8番だけとなる。3番「英雄」だけは、既に3回演奏されているのだが。

ともあれ、今回の演奏は、ある意味で予想通り、音楽の素晴らしさを改めて実感させてくれる稀有な体験となった。ブロムシュテットはヴァイオリンの左右対抗配置を取り、近年は確か指揮棒も持たないと記憶するが、今回もそうであったのみならず、驚いたのはなんと、弦楽器はほぼ完全なノン・ヴィブラートなのである!!つまり、時代がかったロマン性を徹底的に排除したクリアな音質で、曲の書かれた時代のスタイルを持つ音楽を、活き活きと再現していたのだ。また、「未完成」では通常のティンパニ(太鼓4つ)を使用していたところ、「田園」では、太鼓2つで硬い音のする別のセットのティンパニを利用するという凝りよう(ちょうど先日のジョナサン・ノットと東響が、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲とショスタコーヴィチの交響曲でティンパニを使い分けていたのと同様)。いかに芸術家が常に新たなチャレンジを求める職業であるとはいえ、89にもなれば、しかもドイツ的な音楽云々と言われるこのオケとの協演であれば、面倒な新しいことをやるのでなく、昔懐かしいロマン的な響きに浸ろうかという思いに駆られるものではないか。ブロムシュテットという人はそうではないのだ。決して奇をてらわず、まっすぐに音楽に向き合うので、紡ぎ出される音は新鮮でありながらも、そこにあるべき陰影もまた、素晴らしい。興味深いことに、技術的な課題はいくつもあった。「未完成」の冒頭ではヴィオラにずれが生じたし、「田園」の第2楽章の最後、鳥が鳴きかわす場面ではフルートにひずみがあり、ファゴットは入りを間違えた。だがそれらが一体なんだというのだ。高潔でいて、まさに耳が洗われるような音の流れは、200年も前に書かれた音楽を未だに聴いているという事実を、完全に忘れさせてくれるものであった。そもそも、バンベルク響の音色が「ドイツ的」というが、その言葉をどう定義すればよいのだろう。私は今でも、ヨーゼフ・カイルベルトやオイゲン・ヨッフム(来日公演の伝説的なブルックナー8番は私も聴いた)や、あるいはホルスト・シュタインの指揮したこのオケのドイツ音楽のCDを自宅で聴くことがあるが、それは過去の遺物であり、伝統を大事にするということは、彼ら偉大な先達の築いたものに、いかにして未来をつなげるかということなのではないか。その意味で、今回のブロムシュテットの演奏は、衝撃的なまでに、伝統を未来につなげる意識を持ったものであった。これは、頑張っている日本のオケを聴いて応援したくなるのとはまた別の、クラシック音楽の醍醐味であろうと思う。居ながらにしてこのような音楽を聴くことができる我々は、本当に恵まれている。

実は今回、会場のCD売り場では、終演後にサイン会があるとの表示はなかった。どうやら前日の演奏会のあとにはサイン会があったようで、「今日はやらないの?」と尋ねる人がいて、係の人の返事は、「なにせご高齢ですから、休憩時間の様子を見て決めます」とのこと。そして休憩時間には館内放送で、終演後のサイン会実行が告げられたのだ。そんなわけで、至福の「田園」が終わったらさっさとサイン会場に向かおうかと思った私の目に、アンコールに向けて準備する楽員の姿が目に入った。そして、ブロムシュテットが勢いよく振り始めたのは、ベートーヴェンの「エグモント」序曲だ!!これまた透明感がありながら激しく前に進む凄まじい演奏。指揮者の年齢がどうのということではなく、ただそこで鳴っている音楽の感動的であったこと。

そして、終演後のサイン会は、サントリーホールではちょっと見たことのないような長蛇の列。巨匠はさほど時間を置かずに、着替えさえせずに燕尾服のまま出て来て、ひとりひとり丁寧にサインをしてくれた。私はプログラムにサインを頂いたが、目を見て "Thank you very much!" というと、"You are welcome!"と返して下さる気さくかつ、礼儀正しい人である。このサイン、書くのに5秒くらいかけていましたよ。一生の宝物だ。
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実は今回のアンコールで「エグモント」序曲が演奏されたことは、次の記事につながるネタなのである。続きをお楽しみに。

Commented by やすぷんた at 2016-11-04 12:27 x
2日は某企業がスポンサーだった為、ホールは満席に近かったですが、3日の聴衆のほうが素晴らしかったように思います。田園の冒頭も多少ズレがあったように思いますが、それがどうしたという感じ。5楽章のjoyfulなトレモロに浸りながら、4日はもっと凄い世界が待っているのだなあと感じていました。エグモントは運命の後も演奏されたのですが…ネタ楽しみにしております。
Commented by yokohama7474 at 2016-11-04 18:34
>やすぷんたさん
コメントありがとうございます。確かに、入りはあまりよくなくて残念でした。前日は諏訪内効果もあったのかもしれませんね。本文に書き忘れましたが、バンベルクの演奏でもうひとつ感心したのは、彼らの演奏するピアノやピアニッシモは、ただ小さく弱い音でさなく、弱音でも深い表情を伴っていることでした。次のネタを求めて今、初台に向かっております‼
Commented by 吉村 at 2016-11-04 22:48 x
私は2日の演奏聴きました。何とも透明感のある、そして80年代以前、すなわちグローバル化以前の独墺系オーケストラを彷彿とさせる春風駘蕩といった感じの演奏でした。特にベートーベンのバイオリン協奏曲のサポート振りは気持ちよかったです。そして、運命は楽譜は置いてありましたが、一切触れる事無く振ったマエストロに、理想的な年の取り方を見た気がしました。
Commented by yokohama7474 at 2016-11-04 23:42
> 吉村さん
そうですねぇ、こんな風に年を取れる人って、普通いませんよね。若い頃のブロムシュテットは、もちろん名演奏家ではあっても、必ずしも突出した感じはなかったと思いますが、長生きすることで独自の世界を築き上げて来た人だと思います。素晴らしいですね。
by yokohama7474 | 2016-11-04 02:11 | 音楽 (Live) | Comments(4)