ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 バンベルク交響楽団 2016年11月4日 東京オペラシティコンサートホール

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前日に続き、万難を排して聴きに行った、スウェーデンの巨匠ヘルベルト・ブロムシュテット指揮のバンベルク交響楽団の演奏会。私がこれに行きたかった理由は、なんといってもその曲目である。上のチラシにある通り、メインはブルックナーの大作、演奏時間70分の交響曲第7番ホ長調。そしてその前に、ベートーヴェンの「エグモント」序曲が置かれていて、しかも注意事項として、「本公演には休憩がございません。予めご了承ください」とある。へー、なるほど。10分ほどで駆け抜ける「エグモント」序曲をまず演奏し、多少の楽員の追加を持って、緊張感を持続したまま、あの崇高なブルックナーの世界に入れるとは、なんとも粋な計らいではないか。そのように思ったのだ。ところが前日にサントリーホールのコンサートで購入したプログラムを見てびっくり。曲目が以下のように記載されていた。
 モーツァルト : 交響曲第34番ハ長調K.338
 ブルックナー : 交響曲第7番ホ長調(ノヴァーク版)

なんと、前座の曲が変わっているではないか。しかも、モーツァルトの34番は、3楽章の曲とはいえ、演奏には20分ほどかかる。よって、この2曲を休憩なしに続けることはありえない。恐らくは指揮者ブロムシュテットの中で、何かがこの変更を促したのであろう。会場には以下のような掲示があり、指揮者自身のコメントとして、「東京オペラシティでのコンサートをできるだけ豊かにしたい」と書かれている。なんという音楽的な理由(笑)。
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私の勝手な解釈だが、これに先立つ2日間、「エグモント」序曲をアンコールとして演奏することとしたゆえに、東京におけるリピート客を飽きさせない、あるいは、楽員に新鮮な気持ちで演奏させる、そういった配慮もあるのかと思う。なぜなら、今回のブロムシュテットとバンベルク響の韓国・日本公演の9回のコンサートにおいて、モーツァルト34番が演奏されたのは、この日だけであったからだ。ついでに、この89歳の指揮者がどのようなハードなスケジュールをこなしたか(いや、まだあと1日残っているのだが・・・)、ここに書いておこう。
 10/26(水) ソウル
 10/27(木) ソウル
 10/29(土) 福岡
 10/30(日) 宮崎
 11/1(火)  名古屋
 11/2(水)  東京
 11/3(木)  東京
 11/4(金)  東京
 11/5(土)  京都
この中で、大曲ブルックナー7番の指揮は、ソウル、宮崎、東京の3回である。これは1970年代であろうか、ベートーヴェンの録音のジャケットにおけるブロムシュテット。さすがに若々しいが、音楽は当時と変わらないというか、むしろ、より清新になって行っているかもしれない。
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そのブロムシュテットが初台の東京オペラシティコンサートホールのために選んだモーツァルト34番。一般にモーツァルトの交響曲でポピュラーなのは、いわゆる後期六大交響曲と言われる、第35番から41番(37番は欠番)。34番はその前に書かれた曲であるが、人気度から言えば、むしろその前に書かれた31番、32番、33番の後塵を拝しているように思う。だが、例えばリッカルド・ムーティはこの曲をそれなりの頻度で実演でも採り上げているし、実は大変楽しめる曲なのである。そして今回のブロムシュテットとバンベルクの演奏、いや実に美麗の一言。ここでも弦楽器はヴィブラートを排し、ティンパニは太鼓2つの硬い音のものを使用していて、古楽風の響きが追求されていたが、問題は要するに音楽の中身であって、これだけ流麗で各セクションが敏感に反応しあう演奏は、そうそう聴けるものではないだろう。指揮者の意図通り、このホールの音響を生かした素晴らしいモーツァルトであり、いつまでも聴いていたいとさえ思ったものだ。

だが、このコンサートの真の価値は、やはりメインのブルックナーであっただろう。このホールでかつて鳴り響いたブルックナーには、ギュンター・ヴァントと北ドイツ放送響の9番とか、以前このブログでも採り上げた、スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮の読響による8番とか、既に伝説になっているものがあるが、今回の演奏も間違いなく同様の伝説として残るであろう。冒頭のチェロから、もうその清々しくも強く伸びる音に仰天。やはりこのオケは、自分たちの出している音や同僚の鳴らしている音に、非常に敏感であると思う。延々と続くオーストリアの丘陵地帯のような音楽は、その情景を刻一刻と変えて行くが、決して煽り立てることはなく、だが、ここぞという時には強靭で雄弁な音を引き出してみせるマエストロの手腕には愕然とする。そういえば、ちょうど1年ほどまえ、昨年11月8日に聴いたダニエル・ハーディング指揮新日本フィルによる同じ曲の記事においては、なぜと充分説明できないが、ブルックナーに必要な「何か」が足りなかったと書いた。その意味では、まさに今回の演奏こそ、その必要な「何か」に満たされた演奏であって、その「何か」は、最初から最後まで、それこそ横溢していたのだ。前日のシューベルトとベートーヴェンの演奏にはなかった、滔々とした大河のような音楽的情景がここには沢山出てくる。ここでは弦楽器もたっぷりとヴィブラートをかけて弾いていて、木管もそれぞれ抜けのよい美しい音であるが、だがその一方で金管楽器の音色は、意外と素朴なのである。このそれぞれのパートが一体となって鳴り響く音の大伽藍の崇高さは、実際にその場に身を置いた者でないと分からないだろう。この演奏が録音・録画されなかったことは、大きな文化的損失なのではないだろうか。

このブロムシュテットが1970-80年代に当時の手兵、ドレスデン・シュターツカペレと残した録音の中でも、私はこのブルックナー7番を愛聴していて、ブルックナーに親しみ始めた高校生の頃、ベームやカラヤンの録音よりも親しんだ記憶がある。ブロムシュテットとドレスデンの、その柔らかい響きに魅了されたものだが、今回の演奏はそこからさらに数段上がったところにある、ほとんど天上の音楽と呼んでもよいものであったと思う。この人は非常に禁欲的で自分に厳しい人らしいが、かといって他人に対して高圧的では全くない。このような人がこのような充実した音楽活動を経た末に、このような高い境地に達するという事実を目の当たりにすると、人間の持つ能力のすごさに、改めて感動する。今回私の聴いた2回のコンサートにおいて、彼はすべて立って指揮をしたどころか、演奏終了後にステージから袖に引き上げた後の様子も私の席からよく見えたのだが、椅子に腰かけることもなく、ずっと立ったままであった。それから、必ず譜面台に楽譜を置いているものの、どの曲でも一度も開くことなく、暗譜で振ってみせた。そして今回のブルックナー、盛大な拍手に応えて、譜面台のスコアをポンポンと叩き、「私じゃなくてこの曲がすごいんです」と謙遜していたのである。心から尊敬すべき老巨匠。ブルックナーもきっと喜んでいると思う。以下の写真は、確か昔、上で触れたブロムシュテットとドレスデン・シュターツカペレのブルックナー7番のレコードのジャケットに使われていたはずの、ウィーン市民公園の彫像。ただ私の記憶では、ブルックナーの下に、裸の女性の彫刻がまとわりついていたと思うのだが、崇高なブルックナーの音楽のイメージとの兼ね合いで、いつの間にか撤去されたものか???
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そのような歴史に残る素晴らしいブルックナー演奏であったのだが、ひとつだけ疑問点。上のチラシにも、あるいはこの演奏会のプログラムを見ても、ブルックナー7番の使用楽譜をノヴァーク版としている。音楽ファンは既にご存知の通り、ブルックナーの交響曲は、本人や弟子による改訂が繰り返されたので、沢山の版が存在する。その中で、ノヴァーク版とハース版が有名であるが、特にこの曲に顕著なのは、ノヴァーク版とハース版の違いとして、第2楽章アダージョの頂点で、前者では打楽器(ティンパニ、シンバル、トライアングル)が盛大に鳴り響くのに、後者にはそれがないということなのだ。だが今日の演奏、打楽器は入っていなかったので、これはハース版ではないのか。そもそもブルックナーを得意とした指揮者(日本の朝比奈隆はその代表だが)は、ノヴァーク版よりもハース版を好む傾向があり、調べてみたところ、1980年のブロムシュテットとドレスデンの録音も、やはりハース版であった。このあたり、主催者には正確を期してもらいたい。

今後日本で聴けるブロムシュテットの演奏であるが、まず来月はN響でベートーヴェンの第9を5回演奏する(嬉しいことにそのうち1回はサントリーホールでのものだ)。そして、招聘元であるKAJIMOTOの発表では、なんとなんと1年後、来年11月には、かつての手兵、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団との来日が予定されている。そのとき90歳になっているマエストロの音楽は、さらに深化しているのであろうか。心して待つこととしたい。「待ってろよ」という顔つきですね(笑)。
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Commented by やすぷんた at 2016-11-05 14:33 x
曲目変更については先月アナウンスがあったのです。
ttps://www.operacity.jp/topics/detail.php?id=348
遅刻してもブルックナーに間に合うかなという配慮かなと勝手に解釈してました。

版の問題はブロムシュテット本人がノヴァーク版を用いるけれどシンバルとトライアングルは必要ないと、どこかのプログラムで読んだ記憶があります。

ヴァントの9番、スクロバチェフスキの8番をオペラシティで体感しましたが、その後録画で見直しても、現場で感じた響きはスピーカーでは味わえないですね。
まさに一期一会の体験でした。
ブルックナー休止を堪能し、素晴らしい和声の余韻をしっかり味わうことの出来た会場のお客様にもブラヴォーです。
Commented by yokohama7474 at 2016-11-05 22:02
>やすぷんたさん
曲目変更の発表は10月21日だったので、いずれにせよ、かなり直前だったわけですよね。聴衆としては、少しでも長く演奏を聴くことができて、ラッキーでしたね(笑)。打楽器の入らないノヴァーク版とは、衝撃ですね。勉強になります。またお立ち寄り下さい。
by yokohama7474 | 2016-11-05 01:09 | 音楽 (Live) | Comments(2)