ザルツブルク・イースター音楽祭 in Japan  ワーグナー : 楽劇「ラインの黄金」(クリスティアン・ティーレマン指揮 シュターツカペレ・ドレスデン) 2016年11月20日 サントリーホール

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今回は珍しく結論から単刀直入に言おう。日本のクラシックファン、なかんずく東京の聴衆は本当にスポイルされている。なぜならば、いながらにして世界最高峰の演奏家たちが入れ代わり立ち代わり登場するからだ。ワーグナー演奏に関して言えば、つい先日、ウィーン国立歌劇場の引っ越し公演で素晴らしい「ワルキューレ」を聴いたばかり。ああ、それなのに。それなのに。ヨーロッパから遠く離れたこの極東の都市で、すぐにまたこのような極上の演奏に触れることができるとは。現代最高の指揮者クリスティアン・ティーレマンが手兵シュターツカペレ・ドレスデン(ザクセン州ドレスデンに本拠地を持つオペラハウス所属で、世界最古のオーケストラ。かつてワーグナー自身も楽長であったことがある)を指揮した「ラインの黄金」である。休憩なしで演奏されるこのオペラ、まさに金縛りの2時間半であった。

上のチラシでも明らかな通り、この催しは、サントリーホール開館30周年を記念して行われる行事の一環として、ザルツブルク・イースター音楽祭の引っ越し公演として行われたもの。ここでご存知ない方のために簡単に説明すると、ザルツブルクは言うまでもなくオーストリアの避暑地で、モーツァルトの生地として知られるが、ここでは夏に世界最高の音楽祭が開かれることでも有名なのである。だが、夏の音楽祭以外でもここで行われている音楽祭があって、それがイースター(復活祭)音楽祭なのである。ハロウィンがすっかり定着した日本でも、さすがにイースターは宗教色が強すぎるのか、未だにポピュラーではない。だがヨーロッパの人々にとっては大変に重要な祭事なのである。それはつまり、キリストの復活を祝って春分の日前後に行われる宗教行事であり、ヨーロッパの重要な祝日だ。その期間に開かれるのがこのザルツブルク・イースター音楽祭。この音楽祭を私財を投げ打って1967年前に創設したのは、ひとりの指揮者である。
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言うまでもなく、音楽史上最も有名な指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤン。このザルツブルク出身であり、まさに世界楽壇を席巻した「帝王」である。カラヤン自身の評価は死後も衰えることなく、いやむしろ、生前よりも高くなっているかと思われるほどだが、大規模な音楽祭の継続には芸術性のみならず、現実的に巨額の資金が必要である。カラヤンがこの地で創設したもうひとつの音楽祭、聖霊降臨祭音楽祭の方は、既にバーデン=バーデンに移ってしまったが、イースター音楽祭の方は未だにザルツブルクに残っている。だが、当時カラヤンが率いた万能のベルリン・フィルは既にレジデント・オーケストラの座を退き、現在この音楽祭で演奏しているのが、シュターツカペレ・ドレスデンなのである。それは、このイースター音楽祭の音楽監督が、現在のドレスデンのシェフ、クリスティアン・ティーレマンであることによる。
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私はこの指揮者の生演奏には何度も触れてきたし、ドキュメンタリー映像などを通じて、その人となりにも一定のイメージがある。多くの指揮者と異なり、経歴を見てもコンクールの優勝は見当たらず、若い頃からオペラ・ハウスでたたき上げてきた人なのである。ベルリン生まれのドイツ人であり、幼少の頃からカラヤンの演奏を聴いて育ち、修業時代には彼のアシスタントも務めている。まさにドイツ音楽の伝統を体現する、現代では稀な指揮者。その指揮ぶりは、両手を前に出して不器用に前後したり円を描いたりするだけだが、彼の指揮するところ、瞠目すべき音のドラマが渦巻き始めるのを何度も目撃し、いつも感嘆するのである。

今回演奏された「ラインの黄金」は、言うまでもなく、このブログで何度も言及して来ているワーグナー畢生の超大作、楽劇「ニーベルングの指環」4部作の最初の作品で、序夜と名付けられている。ワーグナーの楽劇としては異例に演奏時間が短いが(笑)、なにせ幕間なしに一挙に演奏されるので、聴きごたえは充分だ。今回の上演はホールオペラと銘打たれていて、会場であるサントリーホールのある種の名物(?)で、プログラムの解説では、この言葉に®マークがついているので、登録商標になっているのであろう。往年の名テノール歌手、ジュゼッペ・サバティーニが率いていたものだが、最近はあまりその名を聞かなくなっている。上のチラシには「復活」とあるので、久しぶりのホールオペラ上演なのであろうか。ところで今回ザルツブルク・イースター音楽祭の引っ越し公演ということで、この「ラインの黄金」以外にも充実したラインナップになっている。特に、カラヤンの娘で女優のイザベル・カラヤンの一人芝居など面白そうだが、私は鑑賞することができなかった。
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このホールオペラ、基本的には演奏会形式なのであり、歌手は舞台用の衣装を着用しない。だが、例えばラインの乙女たちはお揃いのピンクのドレス、ローゲはジャケットの下に赤いシャツ、ミーメは職工風、ヴォータンは左目に小さい眼帯と、それぞれに雰囲気のある衣装であり、演技は実際の舞台上演と同等だ。開演前に撮った写真がこれだが、オケの後ろのひな壇に歌手が出入りし、左右の衝立の周りや、真ん中のスペースで劇が進行する。このオペラは、神々の長であるヴォータンが、新たな城であるヴァルハラ城を巨人たちに築かせるところに始まるが、ご覧頂けるように、オルガンの前に水墨画風の襖絵が置かれている。私の解釈するところ、後ろのオルガンがヴァルハラを表していて、いわば「借景」の設定になっているのだと思う。また、左右の衝立も、黄金が輝いたり積み上げられたりのために効果的に使われていて、これも日本風の襖のイメージを転用していると思われる。
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冒頭に書いた通り、この日の演奏はまさに瞠目すべきもので、ワーグナーファンが多く、ワーグナーの演奏頻度の高い東京においても、滅多に体験することのできない最上級の演奏であった。登場する歌手はいずれもワーグナー歌唱で実績のある人たちばかり。通常の上演では多少弱いこともあるラインの乙女たちとか、ドンナー、フローといった脇役たちもここでは万全だ。重なり合い、渦を巻き、前に進んで行く声の共演を聴くだけで、クラクラして来てしまった。私が昨年バイロイト音楽祭で実演に接した「ラインの黄金」でアルベリヒを演じていたアルベルト・ドーメンがここでも同じ役で、完璧な歌唱を聴かせた。また、先のウィーン国立歌劇場来日公演の「ワルキューレ」で素晴らしいフンディングを聴かせたアイン・アンガーは、ここではファフナーを演じている。いずれの歌手も見事であったが、私が心底感心したのは、フリッカを演じた藤村実穂子である。
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これまでこのブログでも、マーラー3番の独唱などでご紹介して来たが、このように実際のオペラの全曲上演で彼女を聴いてみると、その実績が充分納得できるだけの素晴らしさなのである。今回の上演においては、劇の進行の最も重要な部分を牽引したと言っても過言ではないだろう。強く深く響く声でありながら、時に鋭い高音も発し、どこまでも伸びるような輝かしさもある。フリッカの不寛容と嫉妬心、また、だらしない夫ヴォータンを差し置いて、なんとか神々の生活を維持しようという意外な(?)気配りまで、万全の表現であった。既にバイロイトではこの役を何度となく歌っており、そこでティーレマンとの共演実績も豊富である。その成果をこれだけ見事に聴かせてくれたことに感動する。日本からこのように優れたワーグナー歌手が出たことは、素直に喜びたいし、誇りに思いたい。

そして、ティーレマンの指揮をいかに形容しようか。上述の通りそっけないシンプルな指揮ぶりでありながら、低音から高音、強い音から弱い音、速いペースから遅いペースまで、まさに自由自在。このシュターツカペレ・ドレスデンは、古い歴史に裏打ちされた渋い音がもともとの持ち味で、相性のよいコンビであったブロムシュテットや、あるいは独特の鋭さを伴ったシノーポリ、また、ティーレマンの前任者であるルイージらが指揮したときには、やはり洗練された美麗な音が根底にあったと思う。だが今回のワーグナー演奏では、美しいニュアンスはもちろんのこと、時として乱暴とも思われるような、地の底から湧き出るような力強い音も随所で聴かれ、いやまさにこれは尋常ではないレヴェルの演奏であったのだ。ティーレマンの音のパレットの豊かさは以前から認識しているものの、ワーグナーでこれだけのうねりを聴かされると、もう降参だ(笑)。その神々しい手腕。
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終曲である「ワルハラ城への神々の入場」は、ブルックナー8番の終結部を思わせるような、実に壮大な曲なのであるが、実は最後に高音が糸を引くように宙に消えて行くのが、ブルックナーにはないワーグナーの洗練である。全曲が終了したとき、2時間半に亘って金縛り状態であった私の耳に、ワーグナー自身の声が聞こえたような気がするほどの、凄い演奏であった。

このティーレマンとシュターツカペレ・ドレスデンは、この後東京で2回の演奏会を開く。私はそのうちの1回を聴きに行く予定であるが、相当心して聴く必要あるなと、今から緊張ぎみである(笑)。一方、日本においては来年もワーグナー演奏が盛んであり、この「ラインの黄金」に限っても、びわ湖ホールが新たに始める「指環」ツィクルスの第1弾として上演するし、また、日本フィルの新音楽監督であるピエタリ・インキネンが演奏会形式で採り上げる。今回のような高次元のワーグナーを聴いて耳が肥えている聴衆に対して、日本勢としても一石を投じる演奏になって欲しいものである。

by yokohama7474 | 2016-11-21 00:11 | 音楽 (Live) | Comments(4)
Commented by michelangelo at 2016-11-21 01:37 x
yokohama7474様

同じ時をシェアすることが叶い、嬉しく思います。楽しみにしていた貴ブログ記事、今夜は感激して金縛り状態です。

一つだけ淋しかったのは、遠いカーテンコールでしょうか。チケット発売される前から、電話にて「オペラ歌手がP席から歌い演じる」と確認済みでしたが、カーテンコールもまたP席にて行われるとは想像しておらず、しまった!と(笑)

オペラ歌手陣の感想は、yokohama7474様と同感で御座います。藤村実穂子氏の歌唱を聴くのは遅れ馳せながら初めてとなりましたけれど、これまでの実演を知らず寧ろ大興奮となりました。

ティーレマン氏の指揮ですが、今年2月にドレスデンで鑑賞したベートーヴェン「ミサ・ソレムニス」は、ソリスト・アンサンブル・合唱団・オーケストラに対し、綿密な合図を至るところに送っているのが印象的でした。ここまで表現力が豊かな振り方は余り記憶がなく、腕や指の動かすバリエーションに感嘆しました。

一方、「ラインの黄金」はバイロイト音楽祭で活躍なさるメンバーもいらっしゃり、阿吽の呼吸&オーケストラと相思相愛、尚且つ長大な楽劇で座って指揮とのこともあり、立って指揮する「ミサ」とは同じドイツ人の作曲家同士とは言え、組み方が変わってくるのかもしれません。姉妹オーケストラとマエストロがお呼びになる最愛のウィーン・フィルとの微調整より、遥かに少ない匙加減で音が紡がれていく様は生きている植物のようです。

今年2月にゼンパーオーパーで鑑賞した「ワルキューレ」とサントリーホールで鑑賞した「ラインの黄金」、片方はオペラ・ハウス、片方はコンサート・ホールと大きな違いはありますが、1ミリも狂わず感動レベルは同じ、双璧だと私は今日しみじみ感じました。
Commented by yokohama7474 at 2016-11-21 18:11
>michelangelo さん
早速のコメント、ありがとうございます。ティーレマン・マニアも唸る、凄まじい演奏だったわけですね。本当にこんなワーグナーを、東京で聴いてしまってよかったのでしょうか?笑 また是非お立ち寄り下さい。
Commented by 吉村 at 2016-11-21 22:33 x
特に巨人達があんなに強力な演奏は稀有だったと思います。
また、トーマスマンが愛してやまなかった、ヴァルハラへの入城は、かくや、と思わせる名演だったとおもいます。
私は23日にまた聴きます。
Commented by yokohama7474 at 2016-11-21 23:43
>吉村さん
そうですね。巨人たち、素晴らしかったです。今思い返してみると、サントリーホールの響きも演奏の一部として、大きく貢献していたと思います。さすが、「ホールオペラ」ですね。演出も細かくて、ファゾルトがファフナーに殺された後、フライアは、実は自分を慕ってくれたファゾルトを悼むように、じっと遺体を見つめていましたね。まあ、そのファゾルトの遺体は、神々がヴァルハラに入場する壮大な音楽の中、最後まで舞台に転がっていたわけですが(笑)、そのような演出も時々ありますよね。いずれにせよ、稀有な演奏でした。
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