クリスティアン・ティーレマン指揮 シュターツカペレ・ドレスデン (ピアノ : キット・アームストロング) 2016年11月22日 サントリーホール

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年に何度となく通うサントリーホールであるが、4連チャンというのはなかなか珍しい。もともと今年の秋の東京の音楽界は大変なことになると分かってはいたが、今はその真っ只中。がんばって聴きに行かないといけない。ここでご紹介するのは、2日前に仰天すべきワーグナーの「ラインの黄金」のホール・オペラを聴くことになった、ザルツブルク・イースター音楽祭 in Japan と名付けられたイヴェントの一環として開かれた、クリスティアン・ティーレマン指揮シュターツカペレ・ドレスデンの演奏会である。世界最古の伝統を誇るオケと、現代最高の指揮者のひとりが、その音楽の神髄を聴かせてくれる貴重な機会。先の「ラインの黄金」はほぼ満員の聴衆が熱狂した。もちろん今回も、会場のサントリーホールは満員の盛況だろう。・・・と思いきや、会場に到着した私を愕然とさせる光景がそこに。ホールの手前から何か違和感があったのだが、冷静に考えてみると、その場にいる人の数が普段より少ないのだ。これは開演10分前、18時50分の会場内の様子。
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し、信じられない、このガラガラ具合。ティーレマンとドレスデンの演奏会ですよ。一体何が起こったのであろうか。まさか、同日同時刻にNHKホールで開かれているユジャ・ワンをソリストに迎えてのティルソン=トーマス指揮サンフランシスコ響にお客を取られてしまったのか???結局、開演前に駆け込みで入ってきた人たちを含めても、ほぼ半分くらいの入りであった。このコンサートは、立派な銀行とその子会社の証券会社がスポンサーになっていて、会場にもポスターはあるわ、場内アナウンスでも企業名に言及はあるわ、相当なパトロンぶりであったのだが、人のよいことに(?)、招待券の配布には熱心ではなかったということなのだろうか・・・。

ともあれ、曲目をご紹介する。
 ベートーヴェン : ピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品19 (ピアノ : キット・アームストロング)
 リヒャルト・シュトラウス : アルプス交響曲作品64

前半のベートーヴェンは、上記のポスターにもある通り、イェフィム・ブロンフマンがピアノを弾く予定であったが、健康上の理由で来日中止となり、急遽、1992年生まれのキット・アームストロングが代役に起用された。ブロンフマンは押しも押されぬ大ピアニストであるが、その代役を任されるというこのアームストロング、今年弱冠24歳という若さながら、キット素晴らしい才能に違いない。この機会に新しい音楽家との出会いを楽しみたい。
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ロサンゼルス生まれのアメリカ人で、ご覧の通り東洋系の顔立ちだが、1/8は日本人だとのこと。もちろん、音楽を聴くのに年齢も性別も人種も関係ない。一体どのような音楽を聴かせてくれるのか楽しみだ。彼は5歳で作曲を始めたということで、作曲家としての活動も継続しながら、ピアノを弾いている。あのアルフレート・ブレンデルの弟子で、この巨匠ピアニストに「私が出会った最高の才能」とまで言わしめたというからすごい。また会場には、このようなティーレマンの言葉が掲げられている。
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演奏されたベートーヴェンの2番のコンチェルトは、快活で歯切れのよい曲なのであるが、今回のアームストロングの演奏、大変素晴らしかった。何が素晴らしいかというと、若さに似合わない落ち着きを持って澄んだ音を紡ぎ出して行くテクニックと、純粋な音楽性である。さすがブレンデルの弟子だけあって、その音の粒立ちのよさは抜群であり、曲の魅力を十二分に表現したと思う。経歴を見ても、作曲家としての受賞歴は記載あるものの、ピアニストとしてコンクールに優勝したという記述はない。それは奇しくもティーレマンも同じ。コンクールが悪いとは言わないし、若手の登竜門としての意義はあるものの、このような才能がコンクールを経ずして世界に活躍の場を見出していることを知ると、本当に音楽というものは、先入観なく純粋に耳を傾けることで、新たな世界が拓けるのだなと改めて感じる。演奏が終わった後彼は礼儀正しいおじぎを何度もして、アンコールにバッハのパルティータ第1番のメヌエットを弾いたが、これまた透徹した、心が洗われるような演奏であった。このアームストロング、日本には既に昨年リサイタル・デビューしているようだが、来年1月にも再びリサイタルの舞台に立つ。新たな才能との出会いを好む方には、お薦めである。

さて後半はR・シュトラウスのアルプス交響曲だ。もしクラシックをあまりご存知なく、でも何か親しみやすい、かつオーケストラを駆使した雄大な曲を聴いてみたいという人がいれば、私は真っ先にこれをお薦めする。その長い生涯の前半では数々の華麗なオーケストラ曲、後半では主として一連のオペラを書いたこの大作曲家は、交響曲と銘打った曲を(習作を除けば)2曲作曲したが、いずれも通常の意味での交響曲ではなく、何かを描写した、いわゆる標題音楽なのである。もう1曲の家庭交響曲もよく出来た曲ではあるが、ダイナミズムはない。その点このアルプス交響曲は、なにせ山の夜明けから登山の一日を描いた曲であり、その間に森や滝や牧場を通り、岩場での危険な瞬間を経て頂上に達し、遥かな眺めを楽しむが、徐々に日は陰り、激しい雷雨となる。そして登山者はなんとか無事下山し、一日を振り返りながら、夜は更けて行く。こんな曲なのである。西洋音楽には自然と人間の対峙を描いた作品がそれなりにあり、例えばベートーヴェンの「田園」交響曲などもそうなのであるが、このアルプス交響曲こそは、究極の自然との対峙を音にしたもの。私が初めて体験したこの曲の録音は、ゲオルク・ショルティ指揮のバイエルン放送交響楽団によるもので、アナログレコードを何度も飽かずに聴いたものである。
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だが、なにせ膨大な金管楽器や打楽器を必要とする曲だけに、海外のオーケストラが来日公演で採り上げる機会はあまり多くない。1995年に今回と同じシュターツカペレ・ドレスデンが当時の音楽監督ジュゼッペ・シノポリと来日した際に、リヒャルト・シュトラウス・フェスティバルと銘打って行った一連の演奏会の中には含まれていた。せっかくなのでそのときのチラシを掲載しよう。
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実は、ドイツ最高の名門歌劇場のひとつであるドレスデン歌劇場とそのオーケストラは、シュトラウス本人と関係が深く、数々のオペラに加え、このアルプス交響曲も、作曲者自身の指揮でこのオーケストラが初演したものである。まさに作品の源泉とともにあるオーケストラなのだ。従い、ここで現在の音楽監督ティーレマンがこの曲を演奏するということは、本当に特別なことなのである。ところでこの曲、実は数日後にも別の世界的オーケストラが日本で演奏することになっており、偶然ではあろうが、なんとも贅沢な比較をいながらにしてできる我々は、なんと恵まれているのだろうか。そのコンサートについては追って記事を書くことになろう。

さて、そんな因縁のティーレマンとドレスデンによる今回の演奏、やはりティーレマンの持ち味が充分に発揮された名演となった。冒頭の夜から夜明けのシーンは、思いのほか大き目の音で始まり、繊細さよりは力強さを思わせた。そこからウネウネと太陽が昇ってくる様子が描かれて、ついに燦然たる輝きが現れるところまで、迷いのない一本の線のようだ。以前ウィーン・フィルを指揮した同じシュトラウスの「英雄の生涯」を聴いたときに、音楽の進行がスムーズで非常に見通しのよい指揮ぶりであるにも関わらず、時に即興的な表現も見られて大変スリリングに感じたものであったが、今回もまさにそれであった。これほど冒険的な山登り体験もそうはないでしょう(笑)。ドレスデンの音は相変わらず美麗でありながら迫力も満点。数々のソロの名技には、余裕すら感じられる。ただ、全体を通して印象を語ると、ワーグナーのときほどの圧倒的な衝撃はなく、このコンビならここまでやるだろうなという想像の範囲内であったとも言える。多少こじつけ風に言えば、もし会場が満員であったなら、演奏者と聴衆の相互作用によって、さらに白熱した音楽になったのかもしれないなぁ・・・と夢想していた。返す返すも、ガラガラの客席が惜しいことであった。

だが、歴史と伝統を誇るシュターツカペレ・ドレスデンと、新時代を切り拓いて行くべき指揮者ティーレマンの共同作業は、今後も長く続いて行くことであろう。ワーグナーやシュトラウスという中核レパートリー以外にも、面白い試みがなされて行くのを期待したい。その意味で、明日(日付が変わってもう今日であるが)演奏されるチャイコフスキーの「ロメオとジュリエット」など、このコンビとしては異色のレパートリーであり、いかにも面白そうだ。私は聴きに行けないが、願わくば多くの聴衆が会場のサントリーホールに集まりますように。
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by yokohama7474 | 2016-11-23 01:57 | 音楽 (Live) | Comments(8)
Commented by オスギ at 2016-11-23 03:32 x
ホントに信じられんようなガラガラのコンサートでしたね。
今年このホールで見た、最も閑古鳥の泣く入りでした。今まで行ったカペレの来日公演でもこの入りは見たこともない。 招待客が来なかったのでは。それとやはり
S~A席、高過ぎるないのでしょうね。
Commented by yokohama7474 at 2016-11-23 11:42
> オスギさん
衝撃の共有、ありがとうございます(笑)。確かにチケットは高いし、加えて今年はいろんな団体が大挙して来日しているので、それらが理由かもしれません。ただ、1995年のシノポリ指揮の来日公演のチラシを出してみて思ったのですが、デフレの日本では、当時からチケット代はほとんど上がっていないこのですがね・・・。いずれにせよ、大変残念なことではありました。
Commented by 吉村 at 2016-11-23 19:20 x
リストの前奏曲、タメも効いた名演でした。フルトベングラーのレコードを愛聴してましたが、完璧でした。アンコールは、Lohengrinの第三幕の前奏曲と予想したら、バッチリでした!
Commented by yokohama7474 at 2016-11-23 20:58
> 吉村さん
速報ありがとうございます。演奏会の最後に置かれた「前奏曲」だったわけですね(笑)。「ローエングリン」3幕の前奏曲も、当然素晴らしい演奏であったと思います。今日の入りはどうでしたか?昨日はアンコールもなしでしたし、今日の方が盛り上がったのでしょうかね。
Commented by 吉村 at 2016-11-23 21:11 x
今日は休日のせいか、85パーセント位埋まってました。盛り上がりましたよ。異例だったのは、急遽冒頭にフィデリオ序曲が追加されたことです。ティーレマンの希望とのことでした。プログラム充実させたかったんですかね?Lohengrinとアンコールピースが二つ、サンドイッチした感じでしたが、満足しました!
Commented by yokohama7474 at 2016-11-23 22:48
> 吉村さん
そうでしたか!! 入りがよかったのは何よりですし、「フィデリオ」序曲追加にアンコールありとは、大サービスですね。面白いこともあるものです。
Commented by michelangelo at 2016-11-25 12:00 x
yokohama7474様

何時も綺麗なお写真と綿密な文章が新聞の如く瞬時に掲載され、毎回とても浮き浮きしながら拝読致しております。

私自身は初の4連チャンゆえ、とにかく疲れました。会場の風景は、オンラインを直前まで見ていたので想像していましたが、オーケストラとの2日目は吉村様が仰る通りの入りでホッとしました。マエストロは全く表情も熱意も変わらず、オーケストラは入場した瞬間やや驚いている様子でした。

追加されたプログラム「フィデリオ序曲」に関しまして、(私の勝手な想像では)マエストロからソリストへのメッセージにも捉えられなくない気がします。目の前で鑑賞しましたが、演奏中の表情は清らかで笑顔が眩しいものの、時に見せる真剣な面持ちと震える手には、目頭が熱くなりました。

「ラインの黄金」と「アルプス交響曲」と「千秋楽」、燃えるようなオーケストラの音を全身に浴びたのは千秋楽で(作曲家4名が大集合)、総合的に圧倒されたのはオペラ公演でしょうか。そして、アルプスにこそティーレマン氏の持つ几帳面な性格や芸術家魂が渋く紡がれていました。

yokohama7474様が愛される美術に置き換えて表現しますと、ゴールド(ライン)→ブルー(アルプス)→レッド(熱い4人の作曲家たち)でしょうか。
Commented by yokohama7474 at 2016-11-25 23:33
> michelangeloさん
またまたありがとうございます。今回のティーレマンとドレスデンの公演をすべて聴かれたのですね。お疲れ様でした。最近ティーレマンのドキュメンタリーを見ていると、「指揮者は職人。電気工やタイル職人と同じで、ひとりで全部やる。指示する言葉と言えば、高い低い強い弱い長い短いくらい」と語っていて、興味深く感じました。本当の芸術家ならではの言葉で、重みがありますね。私はゼンパーオーパーには二度行っていますが随分以前の話で、近い将来是非現地でティーレマンを聴いてみたいと思いました。
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