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ダニエル・ハーディング指揮 パリ管弦楽団 (ヴァイオリン : ジョシュア・ベル) 2016年11月24日 東京芸術劇場

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先週から今週にかけて、ティーレマン指揮シュターツカペレ・ドレスデン、マイケル・ティルソン=トーマス指揮サンフランシスコ交響楽団という一流外来オケの演奏を体験して来たが、ここでまた次なる外来オケの襲来だ。正直、今週末から来週にかけてもまだまだ外来攻勢は続くので、ここで根を上げるわけにはいかない。多少の不義理を押してでもスケジュールを調整し、このコンサートに足を運ばねば。それは、ダニエル・ハーディング指揮のパリ管弦楽団の演奏会だ。

まずはオーケストラの紹介から始めよう。フランスを代表するオーケストラ、パリに本拠を置くパリ管弦楽団は、日本のクラシックファンの間では、パリ管(=パリカン)の愛称でおなじみだ。パリ音楽院管弦楽団という、古きよきフランスの音を保っていたとして今でもノスタルジーの対象となっているオケが発展的に解消され、文化大臣アンドレ・マルローの肝いりによってこのパリ管が設立されたのは1967年。当時フランス最高の巨匠であったシャルル・ミュンシュを音楽監督に迎えて発足したが、翌年ミュンシュが急逝。カラヤンやショルティという信じられない豪華な「つなぎ」の指揮者を経て、1975年に音楽監督に就任したダニエル・バレンボイムによって活発な活動を展開した。ところがこのオケの評判はまさに毀誉褒貶。日本と同様、首都中心の文化体系を持つフランスで、地方都市であるトゥールーズやリヨンのオケが台頭し、パリでもほかのオケの活動が活発化することで、パリ管の相対的地位は低下したかに見えた。私が初めてこのオケを聴いたのは1989年で、バレンボイムのピアノと指揮に感銘を受けた。そしてその翌年1990年に、未だ来日していなかった次の音楽監督であるセミヨン・ビシュコフを現地パリで聴いて、このときもラフマニノフ2番などを楽しんだのである。だが、その後のビシュコフとパリ管の思い出にはよいものはない。東京でこのコンビによるマーラーの「復活」を聴いて、「オレは高い金を払ってなんでこんなつまらない演奏を聴いているのだろう」と自分に問いかけたのを覚えている(笑)。その頃のパリ管は、あまりにも音が荒れていたと思う。当時まだ存命であった粋なフランスの名指揮者ジャン・フルネは日本ではおなじみであるが、そのような人間国宝的なフランス人指揮者をパリ管は呼ばなかったのである。洒脱なフランス音楽を聴くなら、大西洋を渡った先にあるモントリオールでシャルル・デュトワの指揮を聴くべきと揶揄された頃だ(それから、アルミン・ジョルダンとスイス・ロマンド管弦楽団もよかったと個人的には思う)。その後パリ管が昔日の名声を取り戻したかに思えたのは、エストニア出身の名指揮者パーヴォ・ヤルヴィ(現在NHK交響楽団首席指揮者)が音楽監督を務めた2010年からのこと。シックな味わいの映像作品も沢山作られた。だがヤルヴィは就任期間わずか6年にして、昨シーズンで音楽監督を退き、今シーズンから音楽監督の座についたのが、英国の名指揮者、日本でもおなじみのダニエル・ハーディング41歳である。
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41歳といえば指揮者としては未だ若手なのであるが、彼の場合は10代から世界的な活躍を展開しているので、実績は充分だ。少し驚きであったのは、2016年9月からの就任の発表がほんの昨年であったこと。通常このクラスの指揮者は何年も先まで予定が詰まっているので、これほど直前で重要な人事が決まったのには、なにか事情があるのかもしれない。だが、ともあれ、就任間もないこの時期にこの新しいコンビを聴くことができる日本の聴衆は、毎度おなじみの表現であるが、本当に恵まれている。本拠地の新しいホール、フィルハーモニー・ド・パリでの9月の開幕シリーズで3種類の意欲的なプログラムを終えて、現地での評判も上々らしい。その3種類が面白い。1.シューマン : ゲーテの「ファウスト」からの情景、2. マーラー : 交響曲第10番、3. ジョージ・ベンジャミン : Deam of the Song (フランス初演)、ブラームス : 交響曲第1番等。名刺代わりにしては強烈なものではないか。これが新しい彼らのホール。うーん、以前の本拠地サル・プレイエルは音響が今ひとつだったので、ここに行ってみたいなぁ。
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今回彼らは、11/15から11/25までの11日間に、韓国と日本の各地で8回の演奏会を開く。曲目もなかなか大変であるが、私が今回聴いたのは以下の通り。
 ブリテン : 歌劇「ピーター・グライムズ」から4つの海の間奏曲
 ブラームス : ヴァイオリン協奏曲二長調作品77 (ヴァイオリン : ジョシュア・ベル)
 ベルリオーズ : 劇的交響曲「ロメオとジュリエット」作品17から
  ロメオひとり~キャピュレット家の大宴会、愛の情景、マブ女王のスケルツォ、キャピュレット家の墓地にたたずむロメオ

最初に全体の感想を述べておくと、これはなかなかに充実した素晴らしい演奏会であった。だが、このコンビの今後を占うには少し早いような気がしたとも、正直に述べておこう。各曲については以下で触れて行くが、その前にひとつの気づき事項。このオケはフランスらしくチョイワル風の男性楽員が多いが、お揃いの衣装を身に着けているのが面白い。そのことはヤルヴィほかの指揮者との映像作品でも既に気づいていたが、調べてみると、ジャン=ルイ・シェレルというデザイナーによるものである由。このような黒くて立て襟のシックな衣装である。
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この奏者のように前を開けてネクタイを出している人もいれば、前を閉じている人もいる。そうですね、特に打楽器奏者は閉じておいた方が演奏が確実だろう(笑)。
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相変わらず長い前置きになってしまったが(笑)、このあたりで曲目に入ろう。まず面白いのは、パリ管による英国音楽、ブリテンの演奏だ。今年はこの作曲家の没後40年であり、ハーディング自身、新日本フィルを指揮してブリテンの畢生の大作、戦争レクイエムを日本で披露している(1月16日の記事ご参照)。ハーディングのインタビューによると、今回は招聘元であるKAJIMOTOからブリテンの曲を演奏して欲しいというリクエストがあったらしく、ほかの演奏会でも、彼の歌曲集である「セレナード」を演奏する。この日演奏された「ピーター・グライムズ」の4つの海の間奏曲はよくできた曲で、オペラ本体の陰鬱な内容を引きずりながらも、それを知らなくても楽しめる、変化に富んだ味わい豊かな曲なのである。冒頭の高音が非常に美しく、パリ管の好調をいきなり実感させてくれた。フランスのオケというと伝統的に、合奏よりも個人技というイメージがあるが、弦は強い統率のもとで規律ある洗練された音を響かせていた点、特筆すべきであろう。4曲の間奏曲の性格も充分に描き分けられ、第1曲の夜明けの情景から第2曲のカリヨン風の音楽に入ると、まるでミニマル音楽のように鋭く響く。第3曲は一転して茫洋とした夜の海の不気味さが表され、第4曲の嵐は突進力満点である。ここではこのコンビのフレッシュな音楽に耳が洗われる思いであった。

2曲目はブラームスのヴァイオリン協奏曲。ソロを弾くのは米国のヴァイオリニスト、今年39歳になるジョシュア・ベル。
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彼は欧米では大変な人気者なのであるが、日本ではそれほどではないような気もする。私も日本で聴くのは確かこれが初めてである。ご覧のような風貌で、若い頃は女の子かと見間違えるような感じであった。映画「レッド・バイオリン」でのヴァイオリン演奏を担当したことでも知られる。今回のブラームスは、変わったことは何もしておらず、華麗さを強調するというのとも少し違った、大変真面目な演奏であったが、そこには紛れもない一流の個性ある音楽が感じられたのである。オケとの絡みが大変美しく、特に第2楽章では、有名なオーボエソロだけではなく、次々と木管がヴァイオリンを支える音楽を紡ぎ出して行くのである。ベルはそれぞれの管楽器の音色をうまく受け止めて、トータルとしての音響を素晴らしくまとめていたと思う。ハーディングとは従前より友人であるらしく、随所で息の合ったところを見せていた。

そして後半は、ベルリオーズの「ロメオとジュリエット」の抜粋である。もともと発表された演奏曲とその順番は、
 愛の情景、マブ女王のスケルツォ、ロメオひとり~キャピュレット家の大宴会
であったが、1曲追加して順番も変更になった。今回演奏された4曲は、あたかも交響曲の4楽章のように構成され、1.急速な楽章、2.緩徐楽章、3.スケルツォ、4.終曲という意図であったと解釈する。だがここには少し課題もあった。この曲はもともと合唱を含む大規模な作品であり、今回のようにオケだけで演奏すると、クライマックスが存在しないのだ!!私は実はこの曲をそれほど好きではないのだが、それは終曲でモンタギューとキャピュレットの人たちが「友よ!!」と和解を歌い上げるまで、ちょっと長いなぁと思ってしまうからだ。実は今回の演奏会、ヴァイオリンもオケもアンコールなしであったにもかかわらず、終了は21時20分。通常よりもかなり長いものになってしまった。演奏終了後に楽員たちが早々に譜面を閉じ、楽器を仕舞い始めるのを見て、このハーディングの意図が楽員に長時間労働(フランス人の最も嫌うものだ!! 笑)を強いていることを感じた。そもそもベルリオーズは交響曲らしい交響曲は書いていないわけで、今回わざわざシンフォニー調に整える必要はなかったようにも思う。実際、キャピュレット家の大宴会の場面(ここは私も大好きだ!!)に雪崩れ込むあたりの勢いには鳥肌立つものがあったし、愛の情景も、非常に丁寧に旋律を描き出した名演であった。それだけに、自然な音の饗宴以外にハーディングの知性によるペダンティックな要素が入ってしまうと、オケの自発性が損なわれるのではないかと危惧する。上記の今シーズン幕開けシリーズも、ちょっと曲目に凝りすぎではないだろうか。彼の師であるアバドやラトルがベルリン・フィルに新風を持ち込もうとしたときのレパートリーとダブっているのも、少し複雑な気がする。このように、「まあまあ皆さん、聞いて聞いて」と楽団員に言わずにすむようにして欲しい(笑)。
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そんなわけで、演奏内容そのものよりも、ハーディングの志向する方向がオケに受け入れられるか否かという点に、今後の課題を感じた次第。東京での最後の演奏会では、彼が深い思い入れを持つマーラー5番(東日本大震災発生日に新日本フィルと演奏した曲)が演奏される。私は聴きに行けないが、そのような特別な曲の演奏によって、理屈ではない楽員からの強い支持をハーディングが勝ち得ることを期待しよう。

by yokohama7474 | 2016-11-25 01:04 | 音楽 (Live)