井上道義指揮 NHK交響楽団 (ピアノ : アレクセイ・ヴォロディン) 2016年11月26日 NHKホール

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このところ海外からやってくるオペラやオーケストラに応戦するのに忙しくて、日本のオケをあまり聴く機会がなかった。その隙に(?)、NHK交響楽団(通称「N響」)の指揮台にはトゥガン・ソヒエフとかデイヴィッド・ジンマンという一流の指揮者が立っていたのは知っていたが、実際に聴く機会がなかった。残念ではあるが致し方ない。そして今回N響の定期を指揮するのは、最近とみに充実した活動を展開している井上道義だ。
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因みにこのN響は、定期演奏会のチラシを作成していないので、以前は指揮者の写真を引っ張ってきて記事に乗せていた。だが今シーズンからN響の機関誌フィルハーモニーの表紙に、モノクロで指揮者の写真があしらわれるようになったので、上でもそれを使っている。上下逆さまの二人の指揮者が写っているが、同一人物ではない(笑)。左は米国の名指揮者、今年実に80歳(!!)になるデイヴィッド・ジンマン。対する右が、ミッチーこと井上道義なのである。彼については今年3月13日の鎌倉でのN響とのブルックナー8番の演奏についての記事で触れたが、今回、実に38年ぶりにN響の定期に帰って来た。このあたりについての彼自身の思いも上記の記事で言及しているが、まずは過去を振り返って、その38年前、1978年5月のN響の演奏会の曲目は以下の通り。
 ロッシーニ : 歌劇「泥棒かかさぎ」序曲
 ラフマニノフ : ピアノ協奏曲第2番ハ短調作品18(ピアノ : ネルソン・フレイレ)
 プロコフィエフ : 交響曲第1番ニ長調作品25「古典交響曲」
 ドビュッシー : 交響詩「海」

それに対して今回の曲目は以下のようなものだ。
 ショスタコーヴィチ : ロシアとキルギスの民謡による序曲作品115
 ショスタコーヴィチ : ピアノ協奏曲第1番ハ短調作品35(ピアノ : アレクセイ・ヴォロディン)
 ショスタコーヴィチ : 交響曲第12番ニ短調作品112「1917年」

さて、ここには面白い対比がある。伝統的なオーケストラコンサートのひとつのパターンに、「序曲・協奏曲・交響曲」という構成がある。実は1978年の演奏会も、この方式を踏襲しながら、若さのなせるわざか(笑)、最後に追加で交響詩を置いている。それに対して今回は見事に序曲・協奏曲・交響曲である。また、前回・今回とも、選ばれた協奏曲はハ短調の曲。交響曲は二調の曲。これは偶然ではないと思う。それだけ井上にとってN響定期への復帰には大きな意味があるのであろう。

さて、井上は近年ショスタコーヴィチの演奏に力を入れているのであるが、ここですべてこの作曲家の曲で固めるとは、かなり大胆な試みである。決してポピュラーな曲目ではないものも含んでいるからなおさらだ。井上のショスタコーヴィチといえば、2007年に達成した偉業、日比谷公会堂での主として5つのオケを振り分けたこの作曲家の交響曲の連続演奏会である。当時私は海外に住んでいたので聴くことは叶わなかったが、気になる公演であったのだ。嬉しいことに、今年演奏された2曲を含めた全15曲の交響曲の録音が、もうすぐCDとして発売される。
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さて今回の演奏会、一言でまとめてしまえば、ミッチー節全開の胸のすくようなもの。今のこの指揮者とN響の邂逅には、大きな意味があるように思われる。例えば最初の序曲(交響曲でいうと13番と14番の間に位置する円熟期の作品)は一般にはほとんど演奏されないものであるにもかかわらず、井上には既に手兵大阪フィルを指揮した録音もあり、その堂々たる指揮ぶりには、N響も冷静ではいられまい。指揮に食らいついて行くような弦楽器は殺気立っており、木管は自発性溢れるものだと思うと、金管の迫力も負けてはいない。つまりN響の高い機能が炸裂するハイカロリーの演奏であったのである。病を克服し、今年70歳という年が信じられないような元気な指揮ぶりに、聴衆は勇気づけられたはずだ。

その興奮も冷めやらぬうちに演奏されたピアノ協奏曲第1番。つい先だってもユジャ・ワンとマイケル・ティルソン=トーマス指揮サンフランシスコ交響楽団で聴いたばかりの曲である。ソロを弾くのはロシアの凄腕ピアニスト、今年39歳のアレクセイ・ヴォロディンだ。
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彼のピアノは、ユジャ・ワンと比べると技巧的には甲乙つけがたいが、やはり男性なので力強さがある。それゆえに一音一音の粒立ちのよさよりは、突進力が耳に入ってくる。モダニズムとパロディ精神をまとったこの曲の複雑な情緒を、そのままに聴衆にぶつけて来た感がある。だがその一方で、第2楽章の暗い影には聴き入るべきものがあり、そのただならぬ音楽には、聴けば聴くほどに作曲者の仮面が何重にも被せられていることに気付かされる。もちろん超絶技巧を披露するだけなら、また違った曲もあれこれあるが、非常にダイナミックレンジの広いヴォロディンの目指すところは、技術を超えた不思議な情緒の世界なのであろう。ここでのトランペットソロは、N響首席の菊本和昭が吹いていて、これもまた見事。井上はここでは指揮台を使わずに指揮をして、時に体全体を使って踊るような身振りも見せ、実際に身振り通りの音が鳴っていた。万雷の拍手に応えてヴォロディンが演奏したアンコールは、ラフマニノフの前奏曲二長調作品23-4。ここでは抒情性を際立たせる深い音楽が聴かれた。

そして、後半のショスタコーヴィチ12番。ロシア革命を記念して書かれ、革命勃発の年である1917年(ということは、もうすぐ100年なのである)を副題として持つ。初演は1961年。ショスタコーヴィチはその直前に共産党に入党しており、まさに体制への従順さを示すために書かれた曲かと一見思われる。だが、この作曲家の底知れぬ屈折は誠に一筋縄では行かない。4楽章からなるが、切れ目なく演奏される40分の曲に、一体いかなる秘密を閉じ込めたのであろうか。
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ここでも井上の指揮は確信に満ちたもので、指揮棒を使わずに次々とエグい音響をオーケストラから引き出して行く。この曲が天下の名曲であるか否かはおくとしても、これだけ爆裂する音響を続けるのは、いかにN響といえどもなかなかに大変であったろう(笑)。尚、今回のコンサートマスターは客演で、ダンカン・リデルという人。ロンドン・フィル、ボーンマス交響楽団を経て、現在ではロイヤル・フィルのコンサートマスターであるとのことで、2011年、2012年に続く3度目のN響への客演である。このような試みも、オーケストラにとっては刺激になるだろう。

終演後、楽員から花束の贈呈があり、それに対して井上は、彼らしくおどけた仕草で反応して客席を笑わせたが、恐らくは今回の演奏の会心の出来に満足していたのではないだろうか。70歳は指揮者にとって円熟の時期。これからが楽しみである。このような恰好で指揮して欲しいとは思わないが(笑)、彼らしく既成概念を打ち砕く活躍を期待しております。
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Commented by やすぷんた at 2016-11-28 01:35 x
ミッチー嬉しそうでしたね。高性能なスーパーカーを自在にドライブしたような演奏会でした。N響はヘビーメタルも唖然とするようなボリュームでしたので、年配な方にはキツかったかもしれませんね…
Commented by yokohama7474 at 2016-11-28 20:16
> やすぷんたさん
N響の定期会員にはお年寄りも多いですからね(笑)。でも、皆さん楽しまれたのではないでしょうか。ミッチーの次のステージが楽しみですね。
by yokohama7474 | 2016-11-27 01:17 | 音楽 (Live) | Comments(2)