パーヴォ・ヤルヴィ指揮 ドイツ・カンマーフィル (ヴァイオリン : 樫本大進) 2016年12月5日 東京オペラシティコンサートホール

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この週末(12/3・4)はブログの記事をアップしなかった。その間に、上岡敏之指揮新日本フィルとか、ジョナサン・ノット指揮東京響とか、本来なら必聴と考える公演があったのは知っている。だが私はそれらに行かなかったのである。正直なところ、9月以降、特に10月・11月に多くのオペラ、オーケストラ公演にどっぷり浸りすぎて、少々疲れたのである。いくら音楽が好きでも、さすがに胃もたれすることもある(笑)。そんなわけで、週末はコンサートを忘れて小旅行を楽しんだのであるが、それについてはまた別途アップします。

このコンサートで採り上げるのは、今年の怒涛の一流演奏家来日ラッシュの実質的にトリを飾るもの。1962年エストニア生まれ、もうすぐ54歳になる(12月30日生まれだそうだ)現代屈指の名指揮者、パーヴォ・ヤルヴィが指揮するドイツ・カンマーフィルの演奏会である。ドイツ語の"Kammer"は英語の"Chamber"、日本語にすると「室内」という意味である。つまりこのオケは、規模の小さい、いわゆる室内管弦楽団である。本拠地をドイツのブレーメンに置いていて、2004年からこのパーヴォ・ヤルヴィを芸術監督に頂いており、日本にも過去何度かやって来て、毎回フレッシュな演奏を聴かせてくれている。
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パーヴォとドイツ・カンマーフィルと言えば、すぐに連想するレパートリーは、ベートーヴェン、シューマン、ブラームスという3人のドイツの作曲家である。そして今回彼らが日本ツアー(11/25からこの12/5までの11日間に8回のコンサート)で演奏するのは、まさにすべてがこの3人の作曲家の作品なのである。今回はツアー最終日で、曲目は以下の通り。
 ブラームス : ハイドンの主題による変奏曲作品56a
 ベートーヴェン : ヴァイオリン協奏曲二長調作品61(ヴァイオリン:樫本大進)
 シューマン : 交響曲第3番変ホ長調作品97「ライン」

通常、楽員がステージに揃うとまずはチューニングを行うものだが、今回はそれがなかった。私自身、過去に同様の経験を持った記憶があって、それはやはりパーヴォとドイツ・カンマーフィルの演奏会であったような気もするが、どうも思い出せない。いずれにせよ、前半の曲と曲の間にはチューニングをしていたので、コンサート冒頭と後半の曲については、ステージに登場する前に裏でチューニングしてから出てくるのであろうか? ところでチューニングは、通常オーボエが最初に音を出すのであるが、たまたま今回のコンサートの最初の曲、ブラームスのハイドン変奏曲の冒頭で演奏するのは、そのオーボエなのである(笑)。だが私はこのオーボエには正直あまり感心しなかった。その後次々と登場するほかの木管楽器も、水際立ったテクニックとまでは思われず、最初は演奏に乗れなかったのであるが、だが弦の献身的な演奏ぶりによって徐々に音のパースペクティヴがよく見えるようになって行った。そう、実際、聞こえるというよりは見えると言いたいくらい鮮やかであったのだ!!

なるほどこれがこのコンビの演奏の美質だったなぁと思っていると、2曲目のベートーヴェンのヴァイオリン・コンチェルトには強力な共演者が登場し、その美質をさらに磨き上げる結果となった。樫本大進(かしもと だいしん)だ。
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今年37歳。いよいよ油の乗り切った感のある彼は、一般的にも既にベルリン・フィルの第1コンサートマスターとして知られているだろう。かつての安永徹同様、今やベルリン・フィルの顔と言ってもよい活躍ぶりで、生でベルリン・フィルを聴くと、彼の音だけ飛び抜けて聴こえてくることすらある。彼がベルリン・フィルのコンサートマスターに就任したのは2010年12月。その前に内定の後の試用期間があったのだが、実は私はさらにそれより前、ベルリン・フィルのトップで弾く彼を聴いている。それは、調べてみると2009年の1月のこと。小澤征爾がベルリン・フィルを指揮するコンサートを現地まで聴きに行ったとき(曲目は、ラン・ランをソロに迎えてのメンデルスゾーンのピアノ協奏曲1番とブルックナー1番であった)、何の予備知識もなく彼をコンマスの席に見出して、椅子から転げ落ちそうになるくらい驚いたのである。天下のロン=ティボー国際コンクールで史上最年少で優勝した逸材が、ソロからコンサートマスターに転じるとは思っていなかったからだ。だが今回久しぶりに彼のソロを生で聴いて、ベルリン・フィルでの体験が、彼のヴァイオリニストとしての成長に大きく役立っているように思われて、大変に感動したのである。彼のヴァイオリンは若い頃から、超絶技巧を誇示するものではなく、あえて言えば老成したものであったが(例えば、同門で5歳年上のマキシム・ヴェンゲーロフと比べれば顕著である・・・そういえばこの日、ヴェンゲーロフはサントリーホールでリサイタルを開いていたはず。恐るべし東京)、今回のベートーヴェンは、驚くような艶やかな音に加えて、大変な勢いが迸っていて、むしろ若返った(?)と思われるようなものであったからだ。実際、この演奏時間50分を要する協奏曲はなかなかに難物で、長い割には圧倒的に劇的な雰囲気がなく、むしろ淡々とした曲調が続くために、妙に静かな演奏になってしまうことが多いのだが、今回の演奏は隅々までエネルギーの充溢した素晴らしく生命力のあるものであった。樫本の美音で私が思い出したのは、往年の巨匠オイストラフであった。そのくらい、飛び切りの美音であったのだ。それでいて、ただ美しいだけではなく、もちろん疾走性も力感もあるので、次々と移り変わる音楽的情景に飽きることがない。本当に最初から最後まで、充実感に溢れた演奏であった。第2楽章の終わりの方では、まるで瞑想しながら深い水に沈んで行くようであったが、そこから一転して鮮やかな第3楽章のロンドに雪崩れ込むときの強い集中力には忘れがたいものがあった。ここではヤルヴィの伴奏も万全で、ウンと唸って突き出される指揮棒に自在について行くオケの各パートの弾ける自発性が顕著。ここぞというときに爆発的な力を発揮して、樫本のソロとの間に素晴らしい相乗効果を生み出していたと思う。・・・ここで私が思い出したことがひとつ。そういえばパーヴォが初めてN響の指揮台に立ったときにやはりこのコンチェルトを演奏したのを、私は聴いているのだ。ソロは、カナダ人のジェームズ・エーネスであった。そのときの演奏は、残念ながら全体があまりよい出来ではなくて、このベートーヴェンは、上に書いたような、妙に静かな演奏であったと記憶する。帰宅して調べてみると、それは2001年1月のこと。今から約16年前のことで、パーヴォは既に活躍していたとはいえ、「名指揮者ネーメ・ヤルヴィの息子」という位置づけであったと思う。その彼が今やそのN響の首席指揮者とは・・・。いろんなご縁があるものです(笑)。せっかくだからそのときのプログラムから転載してみよう。
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そして後半の曲目、シューマンの3番「ライン」も期待通りの名演。この副題は作曲者がつけたものではないが、序奏もなくいきなり始まる冒頭の音楽が、いかにもライン川の雄大な流れを思わせることは事実。ステージに現れたヤルヴィが、拍手も終わらないうちに、指揮台に登って振り向きざまに指揮棒を振り下ろした瞬間、昔のドイツ系の指揮者のような重々しい大河の流れではなく、むしろ渓谷の急流と呼ぶべきスムーズな音の流れが耳に入り、聴衆を押し流してしまった。いつもN響で見慣れている器用な指揮ぶりではあるが、オケの資質に合わせて適応するあたりのヤルヴィの能力は素晴らしい。ここでもやはり弦楽器の各パートが明晰に、しかし圧倒的な情熱をもって音楽を紡ぎ出し、全体として非常に勢いのあるものとなった。シューマンの4曲の交響曲は、根強い人気はあるものの、ベートーヴェンやブラームスに比べると生演奏の頻度は落ちる。それはオーケストレーションに難があってよく響かないからだと言われることもあるが、このような演奏で聴くと、そんなことは根拠のない話に思えてくる。確かに全体として安定感を欠く面のある音楽ではあるが、この作曲家特有の夢幻性には、ちょっとほかにない魅力があることも事実。今回のようなストレートな演奏で聴くことによって、シューマンの交響曲の再評価にまでつながるのではないかと思われてくる。シューマンが聴いたらきっと喜ぶと思う。
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聴衆の鳴りやまぬ拍手に応えて演奏されたアンコールは2曲。まずブラームスのハンガリー舞曲の3番。続いて1番であった。3番は気楽な曲であるが、チンチンと静かに鳴るトライアングル(シューマンの曲では使われていないので、アンコール用に奏者(日本人)が袖から出て来た)がいい味わいを出している。考えてみればトライアングルは、ブラームスが交響曲の中でもティンパニ以外に唯一使用した、特別な打楽器なのであった(笑)。一方の1番の方はかなり情熱的な曲であり、ここでのヤルヴィは、あたかもジェットコースターのように思い切りメリハリをつけて自在なテンポ設定を見せ、メインの曲目とはまた違った表情の音楽を導き出して、実に楽しかった。満場の大喝采が巻き起こったことは言うまでもない。

ヤルヴィとドイツ・カンマーフィルの蜜月は既に12年も継続している。なんでもできてしまうヤルヴィのこと、様々なレパートリーがこれから演奏されて行くだろう。シューベルトやメンデルスゾーンは当然近いターゲットであろうし、ハイドンやモーツァルトももちろん期待できようが、ドイツ物を離れて、ラヴェルとかプロコフィエフとかのフランス・ロシアの近代ものを聴いてみたい。それにしても、この素晴らしい指揮者の活動の重要な面を、この室内オケと並んでN響が負っているという事実も無視できない。これからの東京の音楽シーンの活況は、この指揮者に期待するところますます大である。「やはり、私がイチバンでしょう」とおっしゃっているのでしょうか(笑)。順番はつけられないが、東京にとって最も重要な指揮者であることは事実。とりあえず今回のツアー、お疲れ様でした!!
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by yokohama7474 | 2016-12-06 01:29 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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