モーツァルト : 歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」演奏会形式 (ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団) 2016年12月11日 東京芸術劇場

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東京交響楽団(通称「東響」)を本気で世界一流のオーケストラにしようとしている英国の名指揮者ジョナサン・ノットの意欲的な試みはこのブログでも何度か紹介して来ているが、これはまた楽しい企画があったものだ。演奏会形式によるモーツァルトの傑作歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」である。ノットのこれまでの経歴にオペラハウスの音楽監督はなく、もっぱらオーケストラを率いてきた指揮者かと思いきや、なんのことはない、そのキャリアの初期にはドイツのフランクフルトとヴィースバーデンの歌劇場で修業を積んでいるのだ。そう言えば彼の経歴で○○コンクール優勝というものはない。ノットは昔ながらの叩き上げの指揮者であったのだ。
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今回の「コジ」は、このノットと東響の共演によるモーツァルトのダ・ポンテ・オペラ三作の最初のものになるらしい。イタリア人ロレンツォ・ダ・ポンテが台本を書いたモーツァルトのオペラとは、言わずと知れた「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」、そしてこの「コジ・ファン・トゥッテ」である。題名は、「女はみんなこうしたもの」という意味。「フィガロ」の中の歌詞の一部でもある。これがダ・ポンテの肖像。
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以前の記事にも書いたが、ノットが東響の音楽監督の期間を2026年まで伸ばしたきっかけはモーツァルトの演奏であったということであるから、ノットとしてもこの演奏には相当な気合が入るに違いない。だが、この「コジ」という作品を考えてみると、「フィガロ」「ドン・ジョヴァンニ」に比較すると演奏頻度が低いような気がする。それには理由があって、ほかの2作には印象的なアリアや二重唱があるのに対し、この「コジ」は完全にアンサンブル・オペラであって、ソロの聴かせどころよりは、6人の登場人物の様々な組み合わせによる重唱が特徴的なのである。ここでノットの言葉を引用してみよう。

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東京交響楽団とオペラをやるのは初めてです。モーツァルトとダ・ポンテによる3作をシリーズで上演する予定ですが、第1作に「コジ」を選んだのは、3作のなかでいちばん難しいからです。笑。この上演で「コジ」を好きになっていただければ、あとの2作には必ずいらしていただけるでしょうし、成功するに違いないと。笑
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うーん、なるほど。私にとって「コジ」は既に親しいオペラであるが、まさにノットの言う通り、今回の上演の楽しさにやられてしまって、早くも残り2作には絶対行くぞ!!と決意を固めてしまっている(笑)。そもそもこのオペラのストーリーは至って簡単。フィオルディリージとドラベッラという姉妹と恋仲のグリエルモとフェルランドという青年士官がいて、そこにドン・フェルナンドといういう老哲学者が説教をする。「女なんてすぐ浮気する信用できない存在である」と。それを鼻で笑う男性士官たちはドン・フェルナンドとの賭けに従い、アルバニアの金持ちに扮して、お互いに相手を替えて口説くことになる。そこに活発な女中のデスピーナが絡んで、さてさてどうなるか、というもの。その内容は時に救いのないくらい低俗なものであり、堅物のベートーヴェンなどは、モーツァルトの才能の浪費を惜しんだという。だが、ここで聴かれる音楽に溢れる人間性は本当に素晴らしいものであり、いつのまにか低俗さが人間賛歌に昇華していることに、聴衆は気付くのである。

今回は演奏会形式での上演であったが、歌手たちは舞台上演と同じ程度の演技を行い、自在にステージを歩きまくる。その自由さには圧倒的なものがあり、オケがピットに入っているよりもむしろ音楽をよく聴くことができて、実に素晴らしい経験となった。そもそも、序曲の冒頭、弦の導入に続いて聴かれるオーボエ・ソロの表情豊かなこと。先般聴いたドイツ・カンマーフィルのオーボエよりも絶対こちらの方が上だ。二人いる女性のオーボエ首席奏者のうちの、荒木秦美の演奏だ。
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その後の演奏においても、東響の木管のレヴェルにはまさに脱帽。弦はヴィブラートなしの古楽風であり、トランペットに至っては、ピストンのないバロック風の楽器が使われていた。
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また、全編に亘りノット自身が通奏低音をハンマーフリューゲル(ピアノフォルテ=チェンバロとピアノの中間的な楽器)で演奏していた点も、この指揮者の本気度を示すものであり、その集中力は凄まじい。
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さて、このアンサンブル・オペラの成功は、オケの融通無碍で柔軟な表情もさることながら、歌手陣の貢献も大いなるものであった。その中心は、英国の誇る現代最高のバリトン、トーマス・アレンである。古くからなじみの歌手であるが、いつの間にかサーの称号を得ているのだ(笑)。今回の演奏では、ドン・フェルナンドを演じるとともに、舞台監修も務めている。
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その他の歌手陣も、それぞれスカラ座やメトロポリタン歌劇場やザルツブルク音楽祭に出演している一流歌手ばかりで、そのアンサンブルの出来栄えにはただただ感嘆するばかり。以下、フィオルディリージ役のリトアニア人、ヴィクトリヤ・カミンスカイテ。ドラベッラ役のスペイン人、マイテ・ボーモン。グリエルモ役のオーストリア人、マルクス・ウェルバ。フェルランド役のアメリカ人、アレック・シュレイダー。デスピーナ役のルーマニア人、ヴァレンティナ・ファルカス。いや実に国際的なキャストである。いずれも素晴らしい出来であったが、カミンスカイテとウェルバに特に拍手。このうちカミンスカイテは急遽決定した代役であったのである。それが信じられないくらい、全く危なげない歌唱ではあったが、後半、男たちの軍服を来て戦場に出かけると言い始めるシーンだけは、楽譜を見ながらの歌唱であった。
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繰り返しだが、これだけ国際的なキャストでこのようなレヴェルの公演が開かれる東京は、本当に世界一級の音楽都市なのである。その感動を一層盛り上げたのが、終演後のサイン会。6名の歌手と指揮者が勢揃いして、ワイガヤの楽しい雰囲気。実は、ノットだけは参加できないという発表であったにもかかわらず、律儀さを発揮してのことか、ちゃんと彼もサイン会に馳せ参じたのである。以下、そのサイン会の様子。
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彼らのサインをまとめて掲載しておこう。うーん、見返しても楽しい!!
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また、ノットと東響の最新録音、ブルックナーの8番のCDが、会場先行発売で売られていた。私も生で体験し、このブログでの記事としても採り上げた演奏会のライヴである。
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ノットと東響の演奏はあれこれ聴いてきたが、今回の「コジ」によって何かひとつステップアップしたように思われる。東京から世界に発信できる音楽を、もっともっと創り出して行って欲しい。

by yokohama7474 | 2016-12-12 00:52 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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