クリスチャン・ボルタンスキー アニミタス_さざめく亡霊たち 東京都庭園美術館

e0345320_00203705.jpg
東京・目黒にある東京都庭園美術館は、ちょっと特別な美術館である。というのも、その建物自体が非常に貴重なものなのである。1933年に建てられたアール・デコ建築で国の重要文化財。旧朝香宮(あさかのみや)邸である。私は若い頃からここで沢山の素晴らしい展覧会を鑑賞し、その度にこの皇族の館の尽きせぬ魅力を同時に味わってきたものだが、近年は改修を経て新館もオープン。より洗練された美的空間となっている。私が訪れた日の様子。空気は冷たく、青い空が気持ち良い。
e0345320_10255485.jpg
既によく知られている建物であると思うが、未だこの場所を訪れたことのない方もおられようから、いくつかの写真を借用して掲載しよう。玄関に使用された素晴らしいガラスの彫刻はルネ・ラリックによるもの。その他にも、当時最先端、正真正銘のアール・デコ様式が随所に取り入れられた、日本においては誠に稀有な建造物である。
e0345320_10360827.jpg
e0345320_10345451.jpg
e0345320_10362769.jpg
e0345320_10371410.jpg
e0345320_10373086.jpg
だが、2014年11月にリニューアルオープンした後でこの美術館で開かれてきた特別展には、残念ながらさほど頻繁には通っていない。飽くまで私個人の感想だが、どうしても見たいと思うものにあまり巡り合わなかったことも事実。唯一、最近ここで見て面白かったものとしてすぐに思い出せるのは、昨年開かれた「アール・デコと古典主義 幻想絶佳」という展覧会くらいである(ロベール・プゲオンやジャン・デビュジョルといった未知の画家との出会い!)。ある意味、これだけ器が立派だと、展示する作品も選んでしまうという事情もあるのかもしれない。だが今回、私がどこかでポスターを見て興味を持った展覧会がこれだ。この孤独感溢れる風景の写真に、何か心動かされるものを予感する。1944年生まれのフランス人アーティスト、クリスチャン・ボルタンスキーの個展である。彼のことは私も今回初めて知ったが、いわゆるインスタレーションを手掛けるアーティストであるらしく、1990年に名古屋と水戸で個展が開かれたそうだが、東京では今回が初ということだ。展覧会の副題、アニミタスとは、無数の小さな魂を指しており、地に天に、またここではアール・デコの館の中に、さんざめく亡霊たちの声を表現しようとするものだ。
e0345320_10545056.jpg
実はこの展覧会、「アール・デコの花弁 旧朝香宮邸の室内空間」という展覧会と同時開催ということになっている。むむ、これってこの庭園美術館の内部の装飾のことを指しているのではないか。それなら、どの展覧会でも見ることができるはずだが・・・。という疑問への答えは、内部に足を踏み入れて得られた。つまりボルタンスキーによるそれなりに手の込んだインスタレーションは新館での展示がメインで、アール・デコの館である旧館においては、いくつかの簡単な展示以外は「声によるインスタレーション」を体験することになるのだ。つまり、旧館の中には展示物はほとんどなく、その代わり、この旧朝香宮邸のデコレーションについての解説が付されている。通常は公開していない部屋がいくつか開けられてはいるものの、既にこの建物をよく知っている人には、この旧館で「見る」ものはあまりなく、もっぱら「聴く」ことになるのである。館内のそこここにスピーカーが設置され、あらかじめ録音された男女の断片的な声が静かに交錯している。会場に置いてある資料から撮影した、それらの言葉の数々。
e0345320_13235828.jpg
どうやらこれらが、宙を漂い時空を超える亡霊たちの声という設定のようであるが、正直私にはあまりピンと来なかった。亡霊の声とは、声なき声ではないのか。実体を持つ人間から発されたことが明らかな声の録音には、さほどの凄みはない。むしろ、誰もいない旧朝香宮邸で、過ぎ去りし日々を想いながら、イマジネーションを働かせる方が、よほど意味深い文化体験になるのではないか。また、以下のような影絵のような展示があったが、申し訳ないが私の心にはメッセージは届いて来ない。亡霊は首吊りした人だったのか???(苦笑)
e0345320_13292858.jpg
e0345320_13295241.jpg
新館の方では2つの部屋でインスタレーションが展示されていた。ここでは写真撮影OKとのことで、以下は私の撮影になるもの。まず、様々な目の巨大な写真をヴェールに印刷し、鑑賞者がその間を歩き回る「眼差し」という作品。なるほど、見知らぬ亡霊の眼差しの中を彷徨い歩く生者たちか。
e0345320_18350042.jpg
e0345320_18364044.jpg
その真ん中には金色の小山のようなものがあって、これは「帰郷」と名付けられている。巨大な金色のキスチョコのようで、あまり美しくないので写真は撮らなかったが、これはエマージェンシー・ブランケット(災害用のシート)の束で、後で解説を読んで分かったことには、その下には夥しい数の古着が積み上げられているらしい。なるほど、ここでも不在の人たちが生きた(あるいは未だ生きている)証の存在感が物を語るというわけか。でも、古着がシートに包まれているなんて、説明されないと分かりません・・・。

さてもうひとつの部屋は真っ暗で、両面スクリーンに静かな映像が流れている。題名は、ポスターにもなっている「アニミタス」と、そして「ささやきの森」。
e0345320_18472173.jpg
e0345320_18473787.jpg
何席かの椅子に座ってこれらの映像の前でゆっくり時間を過ごすことができるようになっている。また、ただ視覚だけではなく、森の写真の前の地面には草が敷き詰められていて、実際に森の匂いを嗅ぐことになるので、嗅覚も刺激される。これはこれで、全身で感じる情緒はあるし、自分と向き合う時間にもなる。だが私は思うのだ。旅をしてこのような場所に行けば、人間のイマジネーションはより豊かに羽ばたくのではないだろうか。美術家の作る狭い空間で人生における大事なことを発見することも、時にはあるに違いないが、自然こそは何よりも素晴らしいインスタレーション。私なら、このスクリーンの前でよりも、匂いのみならず木に触ることができ、自分が動けば千変万化の表情の変化のある森の中でこそ、自分と向き合いたいものだと思う。

暗い部屋から出ると、ガラス張りの新館には、初冬の光がいっぱいに降り注いでいる。なんでもない風景だが、自分が生きていることを実感できる瞬間だし、何よりもそこには理屈も作為もない。ただ見る人の心次第で、なんということのない風景も、その瞬間その場所で生きる人たちを包むかけがえのないものになる。
e0345320_18560558.jpg
外に出ると、鮮やかな紅葉が目に入ってくる。つい深呼吸したくなる。
e0345320_19014082.jpg
e0345320_19015398.jpg
現代アートにはそれなりの存在意義があることは私も知っているつもりであるし、このボルタンスキー展をつまらないと断じるつもりもないが、自然と人間の作為の対比の中では、やはり自然こそがよりスケールの大きい「芸術」になっているという思いを、改めて強く持つこととなった晴天の週末であった。

by yokohama7474 | 2016-12-17 19:06 | 美術・旅行 | Comments(0)
<< シャルル・デュトワ指揮 NHK... 愛知県 三河地方の古寺 普門寺... >>