ミューザ ジルベスターコンサート2016 井上道義指揮 MUZAジルベスター管弦楽団 2016年12月31日 ミューザ川崎シンフォニーホール

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毎年毎年、早いなぁ早いなぁと言いながら年が暮れて行く。今年も始まったと思ったら、もう終わりである。まぁさすがにそこまで言うのは誇張としても(笑)、誰しもが、年を追うごとに1年の時間を短く感じるものなのである。だからこそ、1年の区切りは大切なもの。年末年始には公私ともに面倒なイヴェントもあれこれあるものの、1年の終わりに過ぎ去った年を想い、1年のはじめには新たな気持ちにリフレッシュすることは、やはり人間にとって必要なことなのであろう。ただ、日本のクラシック音楽の世界では、年の暮れまでは第九第九で大騒ぎし、年が明けると一変、ウィンナ・ワルツで新春を寿ぐという通例があるところ、今年最後に出かけたこのコンサートにおいては、このような日本の風潮に一石を投じるような大胆な仕掛けがなされたのであった。・・・などと大げさに書いているが、要するに上のポスターにあるごとく、バリトンの大山大輔がベートーヴェンに扮し、指揮者の井上道義がヨハン・シュトラウスに扮するという寸劇仕立てのコンサート。チラシは見開きになっていて、中の写真はこんな感じ。
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舞台の奥に蝋燭を3本立てられる燭台とデスクがあり、ベートーヴェンに扮した大山がDJとしてラジオ番組の司会をするという設定で、指揮者の井上も、指揮自体はほとんど(笑)真面目にやってはいるが、ヨハン・シュトラウスに扮してなぜがアヒルのぬいぐるみを持って登場したり(指揮台にぬいぐるみを立てようとしてなかなか立たず、会場から笑いを取っていた)、「鍛冶屋のポルカ」では餅を取り出し、金属片を叩く打楽器奏者と餅つきをしてみたり。年に1度くらいはこんなコンサートがあってもよいではないか。ちなみにジルヴェスターとは大みそかのことで、クラシック界においてはジルヴェスターコンサートという名前はそれなりに定着して来ていると思う。中には深夜に始まってカウントダウンするというものもあるが、この演奏会は15時開始であった。オーケストラは、会場のミューザ川崎シンフォニーホールを本拠地とする東京交響楽団(通称「東響」)のメンバーを中心としてこの日のために編成された、MUZAジルベスター管弦楽団2016だ。先の記事にも書いたが、東響は今晩22時から、まさにカウントダウンのジルヴェスターコンサートを、秋山和慶の指揮で、なんと新潟で行う。なので、川崎で演奏したメンバーの多くはその後新潟に移動しているのではないかと推察している。年の瀬、大変ご苦労様です。

そんなコンサートの曲目は以下の通り。
 ベートーヴェン : 序曲「コリオラン」作品62
         劇音楽「エグモント」序曲作品84
 ヨハン・シュトラウス : 皇帝円舞曲作品437
 ベートーヴェン : 歌曲「アデライーデ」作品46
         歌曲「君を愛す」WoO123
         ピアノ・ソナタ第8番ハ短調「悲愴」作品13から第1楽章
 ヨーゼフ・シュトラウス : 鍛冶屋のポルカ作品269
         交響曲第9番ニ短調作品125「合唱付き」から第3・4楽章

ここで指揮者の井上道義ことミッチーは大はしゃぎ。
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聴き終わって思うことには、日本広しと言えども、指揮者がここまで遊ぶ演奏会は、ミッチーしかありえない。いや実は、ご本人いわく、彼のあだ名はミッチーならぬミッキーらしい。まあともあれ、あれこれの趣向のあったコンサートだが、ミッチー、いやミッキーの指揮は渾身のもので、年末を飾るにふわさしい充実したものであった。そして彼が舞台にアヒルのぬいぐるみを持ってきたときに青天の霹靂のように思い出したことには、以前誰かオペラ歌手から聞いたことには、彼は確か、アヒルをペットとして飼っているのだ。だがこのコンサートのプログラムにおける彼の経歴の最後には、「自宅にアヒルを飼っていた」と過去形での記述がある。自宅に帰ってから調べた公式ウェブサイトの記事は以下の通り。結構泣けるのである。
http://www.michiyoshi-inoue.com/2015/06/post_45.html

ひとつ不可解であったのは、最初の「コリオラン」序曲ではコントラバス3本の小編成であったのに、次の「エグモント」から急に6本に増えたことである。うーん、「コリオラン」の冒頭は音が痩せすぎていた。一体なぜ、あんな痩せた音を鳴らしたのであろうか。謎めいている。これは謎めいたアヒルを抱くマエストロ井上の肖像。
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この演奏会の前半の終わりでは、ピアノ伴奏によるベートーヴェンの歌曲が2曲演奏された。そこでソロを歌ったのは、ソプラノの小林沙羅とバリトンの大山大輔。そう、昨年、野田秀樹演出、井上道義指揮で上演されたモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」でフィガロとスザンナを歌ったコンビなのである。バリトンの大山は今回の演奏会の司会であり構成の担当だが、さすがに歌声も堂々としたもの。
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特に小林沙羅の歌唱は特に素晴らしいものであったが、ここでピアノ伴奏をしたのは、若手ピアニストの中桐 望(なががり のぞみ)。
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今年29歳。藝大とその修士課程をともに首席で卒業したという逸材だ。大変にピュアな音のピアノであったので、これから人生のダシを加えて行けば、人々をして心震わせる素晴らしいピアニストになるに違いない。事前の曲目発表にはなかったベートーヴェンの「悲愴」ソナタの第1楽章を、非常にきれいに弾いてくれたのである。

そして後半には、おなじみ第九の後半2楽章が演奏された。この日の井上は終始暗譜であったが、この第九の後半2楽章においては、指揮棒も持たない自在な指揮であった。特筆すべきは、ミューザ川崎の素晴らしい音響が可能にしたピッコロの鋭い叫びと、普段はこの曲の演奏では目立たないソプラノパートを歌った小林沙羅の歌唱であった。
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こうして今年も暮れて行ったのだが、この日のアンコールには、「蛍の光」が合唱団(東響コーラス)のアカペラ、歌詞なしのハミングだけによって演奏された。つい数日前の秋山指揮の東響の第九では、この曲の伴奏としてつけられた「ヒットパレード」調のオケの演奏と合同であったものの、ここでのアカペラは胸に沁みるもの。しかも合唱団はご丁寧にもあのおなじみのペンライトを持って登場。「これは日本の曲じゃないけど、日本の曲のようだよね。いい曲」と喋って合唱団を指揮し始めたミッチー。おっとこれは客席も歌わざるを得ないか、と一瞬覚悟を決めたが、結局合唱団のアカペラで終わったのであった。

そんなわけで2016年もあれこれ文化の諸相を楽しんだ私であるが、今年も残すところあときっかり1時間。いやー、本当に今年の秋のオペラとオーケストラの怒涛の攻撃には参ったものだが、まあなんとかそれを乗り越えて生き残った。来年はいかなる年になるのか分からぬが、ともあれ、よいお年を!!
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by yokohama7474 | 2016-12-31 23:00 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented by 吉村 at 2017-01-14 19:55 x
いまさらですが、あけましておめでとうございます。
そして、いまさらですが、私も娘と一緒にこのコンサート行ってました。第九の最後だけ、というのもまあ良かったですね。
私は、小林沙羅さん、結構良いと思います。
昨年8月にお母さんになられたようで、3月には子守唄中心のコンサートに行って参ります。
今年もよろしくお願いします。
Commented by yokohama7474 at 2017-01-14 22:07
> 吉村さん
こちらこそ、何卒今年もよろしくお願い致します。お嬢さんとともに、このコンサートにおいでになったのですね。ご挨拶できずに失礼致しました。今年もいろいろなコンサートを楽しみたいと思います。決してよいことばかりではないかもしれませんが、せめて趣味を通して世界を語ることは、自由に楽しみたいと思います!!
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