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ドント・ブリーズ (フェデ・アルバレス監督 / 原題 : Don't Breathe)

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ほかの人のことは分からないので私自身の話をするが、よく何かに襲撃される夢を見る。そのような夢においては大抵、目の前に迫る危機を知恵と勇気と運で切り抜けようと自分に言い聞かせて、要は逃げまどうのであるが(笑)、ジ・エンドとなる前に必ず目が覚めて、自分が安全な世界に戻ってくることができた幸運に酔いしれる。そう、夢というものは、最高にして絶対安全なエンターテインメントなのである。その一方で、映画を見ていると、迫る危機に立ち向かう主人公が、絶体絶命のピンチにおいてハッと目が覚め、おっとそれは夢でしたという安易な設定もままあるが、私はそれを支持しない。現実に見る夢であるからこそ目覚めたときの爽快感が素晴らしいのであって、そもそも作り事である映画の中でそれをしてしまうのは全くアンフェアではないか。真摯な映画の作り手なら、そのような禁じ手に頼ってはいけない。

なぜにそんな話でこの記事を始めるかというと、理由はふたつ。たまたま今年の初夢が、どこかの都市の地下鉄で私自身が銃撃戦に巻き込まれるというスリル溢れるものであったことがひとつ(もちろん、途中で目が覚めて、無事生還しましたよ 笑)。そしてもうひとつは、この映画、夢だのという安易な手を使わず、最初から最後まで恐怖体験を尋常ならぬ迫力で描き切った壮絶な作品であることだ。今年はまだ始まってから5日しか経っていないわけだが、なるほど、私は初夢で、既にこの映画との出会いを予知していたのかもしれない!!

予告編を見たのでストーリーは分かっていた。それは至って簡単で、若い三人組がある家に泥棒に入ったところ、その家の住人は盲人であり、盗みは楽勝かと思いきや、あにはからんや、盲人の逆襲に遭ってしまい、"Don't Breathe" つまり、盲人の攻撃を避けるためには息もしてはいけない、という絶体絶命の危機に陥ってしまうというお話。例えばこんな感じとか、
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あるいはこんな感じ。
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「い、息をするな!!」
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おー、こわ。と思うでしょう? でも、きっとこの映画を見ていない人は、この恐怖を本当に理解することはできず、過小評価するだろう。私もこの映画を見るまではそうだった。しかしこの映画、本当に本当に怖いのだ。嘘だと思う人は、是非劇場に足を運んで頂きたい。冒頭に掲げたポスターにも、「20年に一本の恐怖作品」とある。その表現が適正であるか否かは分からないが、これを見てつまらないと思う人がいるとは、私には思われない。

という感想を持つには明確な理由がある。演出が冴えているのだ。多分もう一度見てみれば、また怖い怖いと思いつつ、この作品に張り巡らされたきめ細かい恐怖の演出のあれこれに気づくだろう。ネタバレを避けてその点について語るのは難しいが、そう、例えば、盲人特有の用心深さが密室のリアリティを増していることは挙げられるだろう。ここで主人公たちはあの手この手で家から出ようとするのであるが、それができない理由がいちいちあって、言葉の説明がなくとも、画面だけでそれがストレートに伝わってくるのである。また、様々な危機を乗り越えてなんとか窮地から逃れようとする彼らに、幸運の女神が微笑みかけると思われる瞬間も何度もあるのだが、あぁなんたること。そうは問屋が卸さないのである。この絶望感は尋常ではない。なんと残酷なことに、映画の中で主人公たちが向かい合っているのは現実であって、夢ではない。暗闇でこんな風になってしまうのも、むべなるかな。
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それ以外にも様々な演出の妙が効いているのだが、この種の映画が成功するもうひとつの条件は、登場する俳優たちの顔があまり知られていないことだろう。例えば「13日の金曜日」とか、「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」、あるいは「SAW」でもよい。恐怖のマックス値は、危機に遭ったり命を落とす人物たちが、我々の見慣れた役者でないことによるリアリティが作り出すのである。だが、後で調べて分かったことには、私はここで凄惨な恐怖に立ち向かう若い女性ロッキーを演じるジェイン・レヴィの出演作を、以前見たことがあるのだ。それは、サム・ライミのデビュー作「死霊のはらわた」(1981年) を2013年にリメイクした版 (原題 "Evil Dead") だ。
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この映画、正直なところちょっとやり過ぎで、怖いを通り越して笑ってしまうくらいのエグさであったのだが、これは文化ブログであるからして、この映画においてこの女優の顔がどんな風に変形したかをご紹介することは避けよう(笑)。ご興味おありの方はネットで画像検索されるとよい。ここではこの女優さんの素顔のみご紹介しておく。
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さあここからがこの作品の作り手の紹介である。本作の生みの親、監督・脚本・製作を手掛けたのは、1979年ウルグアイ生まれのフェデ・アルバレス。
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実はこれは彼の2本目の長編作品であって、そのデビュー作がほかならぬ上記の「死霊のはらわた」リメイク版なのだ。なるほどなるほど。そういうことだったか。そうすると、同じ女優を使って、1作目から2作目に大きな飛躍を成し遂げたと言ってもよいのではないだろうか。それから、もし私の見間違えでなければ、エンド・タイトルにおいて、弦楽四重奏のオリジナル音楽の演奏者の中で、ヴィオラ奏者がこの人の名前であった。もしそうなら大変興味深いことだ。隅から隅までこの映画は彼のものだということだ。彼の経歴を見てみると、2009年に彼が YouTube に投稿した 5分弱のロボットムーヴィー 「パニック・アタック」を評価した件のサム・ライミが、「死霊のはらわた」のリメイク版の監督に抜擢したというもの。この作品、私も見てみたが、確かによくできている。既にアクセスが766万回を上回っており、人気のほどが伺えるし、何よりもここで街がロボットの襲撃を受けるシーンは、まさに彼の原点であることが納得できて、大変面白い。まぁ、ピコ太郎にはアクセス回数は負けているが(笑)、しかしこんなところから映画作りの才能が発掘されるのだから、すごい時代になったものだ。
https://www.youtube.com/watch?v=-dadPWhEhVk

一応補足すると、ここで何度か名前の出ているサム・ライミとは、1981年に最初の「死霊のはらわた」で衝撃的デビュー、その後1985年の「XYZマーダーズ」(日本では「クリープショー」と二本立てで公開されたのを、当時私も見に行ったものだ)などでちょっとマニアックに知られたホラー監督であったが、その後2002年から2007年にかけてのスパイダーマンの3作を監督してメジャーな名前になった人。未だ57歳ということは、デビューの時は弱冠22歳だったことになる。この「ドント・ブリーズ」でも製作者に名を連ねているが、彼自身の監督作も今後楽しみなのである。
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尚、エンドタイトルには一見してハンガリー人と分かる名前が沢山並んでいたが、プログラムの情報によると、本作のセットはブダペストに作られたとのこと。なるほど、人件費も節約できるし、何やら国策として映画のロケを誘致しているらしい。そういえばハンガリーの映画監督にはイシュトヴァン・サボーという人もいたが、最近はどうしているのだろうか。いずれにせよ、このような映画がヒットすれば、今後もハンガリーでの映画制作が盛んになるかもしれない。

さてこのように、本年最初の大絶賛映画となっているのだが、ここで表現されているリアリティの源泉において、さらに2点追加で指摘しておこう。ひとつは、物語の舞台がデトロイトであること。言わずと知れた自動車産業の街デトロイトは、私は訪れたことはないが、現在ではかなり荒廃した地域もあるとのことで、その街を舞台として設定したことが、この物語において欠かせないリアリティをもたらしている。つまり、すさんだ街では若者が犯罪に走り、また、盗みに入った家で銃をぶっ放そうがドタドタ走ろうが、周囲に人が住んでいないので他人に聞こえることはないわけだ。もうひとつは、襲撃される盲人(演じるのは「アバター」にも出演していたスティーヴン・ラング)が、湾岸戦争の退役軍人であるということ。戦争における負傷で失明したという設定であるが、聴覚だけで侵入者をここまで追い詰められるのも、武器の扱いに慣れ、肉弾戦にも優れた元軍人ならではである。そして、その彼も決して善良な市民ではなく、後半にあっと驚く仕掛けがしてあって、もう本当によくできたキャラクター設定なのだ。あー、今思い出しても怖い(笑)。だがそのような設定が、ある意味では現在の米国のリアルな姿を示していると思うと、この映画があながち荒唐無稽なものとも思われず、本当に怖いのはその点ではないかと思われてくる。
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そのリアリティを実感したら、さぁ、気を取り直して、何の気兼ねもなく深呼吸できる幸せを、胸いっぱいに実感しようではないか。
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by yokohama7474 | 2017-01-06 01:04 | 映画