小泉和裕指揮 東京都交響楽団 2017年 1月10日 サントリーホール

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前日に続く、本年 2度目のコンサートである。前回の記事で、新年はドヴォルザークの「新世界」交響曲の演奏頻度が高いと書いたが、実は今年の 1月の日本のオケのプログラムを見ていると、もうひとつ気づくことがある。それは、なぜかブルックナーのコンサートが多いことだ。ここで採り上げる小泉和裕指揮の東京都交響楽団 (通称「都響」) による 5番以外に、今月後半にはピエタリ・インキネン指揮の日本フィルが 8番を、佐渡裕指揮の東京フィルが 9番を演奏する。また全国を見渡すと、井上道義と大阪フィルも、やはり 5番を予定しているようである。アントン・ブルックナー (1824 - 1896) はオーストリアの作曲家。長らく教会のオルガニストを務め、40歳を越えてから本格的に交響曲の作曲を始めた人であるが、その音楽は実に大規模で荘厳なもの。ちょっとほかに類を見ない特別な作曲家なのである。
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このブログでもしばしば彼の交響曲を採り上げてきたが、それだけ日本でも人気のある作曲家であるということだろう。長大なシンフォニーは、一晩のコンサート分の演奏時間を要する場合が多いし、決して器用な構成で曲を作った人ではないので、とりとめなく長いという評価もある。従ってどうしても、彼の音楽を嫌いな人は大嫌い、好きな人はどうしようもなく好き、ということになる (笑)。私自身はもちろん、これまでの記事で明らかな通り、相当にブルックナーに入れ込んでいる、いやむしろ、熱愛していると言ってもよいことは事実 (家人など、「よくもまあこんな長い、しかも同じ曲の CD をいろんな指揮者で飽きもせず買うよね。前に買ったものをまず聴いてから買ったら?」と文句言うことしきりである)。だがそんな私でも、演奏に共感できないとたちまち、「確かに長い曲だなぁ」と思ってしまうのである。その意味では、暑い時期にブルックナーを聴くのは心理的にも肉体的にもつらいことであることは確かで、聴くならやはり夏よりも冬の時期・・・ということが理由で、1月におけるブルックナーの演奏頻度が高まっているのだろうか (笑)。いずれにせよ、誰でも楽しめるポピュラーな新世界交響曲とはまた違ったレパートリーで新年を寿ぐというのもよいではないか。

さて。今回都響を指揮したのは、1949年生まれの小泉和裕。このオケの終身名誉指揮者の地位にある。
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このブログでマエストロ小泉を採り上げるのは初めてであり、今回久しぶりに彼の実演に接するが、随分以前からこの都響とか新日本フィルで彼の指揮を聴いてきたものである。もう67歳ということだが、40代の若手指揮者の頃と変わらぬ痩身で、永遠の青年指揮者というイメージである。彼のキャリアで特筆すべきは何といっても、1973年のカラヤン・コンクール優勝であろう。この指揮者コンクールは、ベルリン・フィルの音楽監督として世界楽壇に君臨したヘルベルト・フォン・カラヤンが有望な若手指揮者発掘のために自ら立ち上げたもので、この入賞者には、今をときめくマリス・ヤンソンス (1971年、2位) やヴァレリー・ゲルギエフ (1977年、2位) などがいる。だが彼らはいずれも 2位。まあ、1位なしの 2位というケースもあるのだが、小泉の場合は正真正銘の 1位。これは素晴らしいことである。その後当然ベルリン・フィルは指揮しているが、ウィーン・フィルもザルツブルク音楽祭で指揮している。日本人指揮者には優秀な人が沢山いるが、ベルリン・フィルとウィーン・フィルの両方を振った経歴のある人は果たして何人いるだろうか。この小泉以外には、小澤征爾と岩城宏之くらいではないだろうか (確認したわけではないのでほかにもいるかもしれないが、ベルリン・フィルはともかく、ウィーン・フィルを指揮できる機会は非常にハードルが高い)。そんなわけで、私がクラシックを聴き始めた 1980年代、小泉は日本人指揮者として期待の星であったが、1983年に彼が海外で就いた初のポストはウィニペグ交響楽団の音楽監督。ウィニペグとはカナダの都市で、正直なところ私は、小泉が得たポストによってその都市の名を知ったものであった。その後、彼の実演に触れる機会が何度もあり、いつもキレがよくて一気呵成に駆け抜ける音楽を暗譜で指揮するその姿に喝采を送ってきたものである。だが結局その後彼の活動は、どんどん国内にシフトすることになり、現在ではこの都響の終身名誉指揮者 (これは異例のタイトルである) に加え、九州交響楽団音楽監督、名古屋フィル音楽監督、仙台フィル首席客演指揮者、神奈川フィル特別客演指揮者と、ずらりと国内のタイトルが並ぶ。興味深いことである。高い能力のある指揮者が国内で活動を続けてくれることで、日本の音楽シーンは必ずや何かの収穫を得ることであろう。そこに、他国にはない日本独自の個性が生まれてくることを期待したくなる。

さて今回、小泉と都響が演奏したのは、上記の通りブルックナーの交響曲第 5番変ロ長調。ブルックナーの番号つきの 9曲の交響曲の中でも、その壮大な迫力では恐らくナンバーワンの曲である。昨年の春日本を襲来したダニエル・バレンボイムとシュターツカペレ・ベルリンのブルックナー・ツィクルスにおいてもこの 5番は出色の出来で、私も昨年 2月14日の記事でそのことをわめき散らしたものだが (笑)、今回の小泉の演奏は、少し演奏のスタイルが異なっていた。まず管楽器の規模はほぼスコアの指定通りで、木管は 2本ずつ、金管はホルンとトランペットのみ若干増強。小泉の指揮は相変わらずキレがよく、ブルックナー演奏にありがちな重さを伴ったタメは、あまり聴かれなかった。その指揮ぶりは往年のカラヤンを思わせ、直立した姿勢から両手を前に出してトンと落とすような仕草や、いざというときに左手の掌を、球を握るような形にして宙に突き出すあたりはそっくりである。また、譜面台も置かない暗譜での指揮で、その視線は楽員に注ぐというよりは指揮台に向けられるような感じであるのもカラヤン風。高い集中力だ。結果として、都響の強い音が素晴らしい充実感で鳴り響いており、特に終楽章のクライマックスにおける金管のパワーは出色であった。なるほど、久しぶりに聴くマエストロ小泉の音楽は健在であった。

ただ、もしひとつ気になる部分があるとすると、やはり楽員とのアイコンタクトがもっとあってもよいのではないかということだ。カラヤンも老年に至って、ある時期から目を開けて穏やかな表情で指揮するようになったが、今の小泉は老齢とは言えないまでも、今後そのようになって行くのかもしれないと、勝手に想像している。彼の特徴である大きな身振りは、年齢とともに困難になるであろうし、そして指揮者の凄みとは、年齢を重ねることにより、小さな動きで大きな音響を生み出すようになる点にこそあるものである。国内に軸足を置いて活動する小泉であるからこそ、そのようなさらなる高みに達することを目撃できるのは、日本の音楽ファンの特権ということになると思う。プログラムには、この都響との関係についての小泉のインタビューが掲載されているが、こんな発言がある。

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指揮者は入念に準備をして、何かをしなければならないと勢い込んで練習場に乗り込んでくるものです。どれだけ勝手を知っていても、どうしても固くなるものです。そういった状況の時に『安心しなさい、私たちはついて行くから』と伝えてくれました。信頼でつながり、何かを生み出す。それはかけがえのない経験です。これから都響との時間は、もっと大切なものとなると感じています。
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指揮者という威厳ある職業の人にしては、何とも率直なコメントであるが、そうであるがゆえに、これからの都響との実り多い共演を楽しみにしたいと思う。

ところで、ここに興味深い写真がある。1973年のカラヤン・コンクールでの授賞式であろうか。実はこの年はどうやら小泉と 1位を分け合った指揮者がいて、それは、現在でも大活躍中で、日本のオケのあれこれにも登場しており、モスクワ・フィルやボリショイ劇場の音楽監督を歴任したロシアのヴァシリー・シナイスキー。写真の右端、カラヤンから何かを手渡されている人物だ。その左が小泉。そして、そのまた左は、これはひょっとして、東京交響楽団の前音楽監督、ユベール・スダーンではないだろうか?! 調べてみると彼はこの年の第 2位。なるほど指揮者の世界にもいろんなご縁があるわけであるし、いつも私が主張している通り、これらの指揮者たちが頻繁に登場する日本の音楽シーンを、決して侮ってはいけないのである。
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by yokohama7474 | 2017-01-11 01:28 | 音楽 (Live) | Comments(0)