ファンホ・メナ指揮 NHK 交響楽団 (ギター : カニサレス) 2017年 1月14日 NHK ホール

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NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の本年初の定期演奏会である。上の写真は、今月の N 響定期のプログラムの表紙であるが、3人の指揮者の写真があしらわれている。このオケの定期は毎月 3プログラムあるので、今月はそれぞれ違う指揮者が指揮するということだ。右上は日本人の下野竜也。それ以外の二人は、実はいずれもスペイン人なのである。左側に見えるのは、去年二期会で「トリスタンとイゾルデ」の名演を繰り広げた名匠ヘスス・ロペス = コボス。今回の N 響とのレスピーギ・プログラムを是非聴きたいものだが、残念ながら仕事の都合でそれは叶わない。その代わりに今回私が聴くことができたのは、右下に写っている指揮者、ファンホ・メナ。むむむ、いかにもスペイン風の名前だが、今までに聞いたことのない名前である。調べてみると、私と同じ 1965年生まれだ。どんな若手指揮者であろうか。
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おっと、既に 51歳である。若手とは言えないであろう。えっ、ということは、私も 51歳か。立派なオッサンである。ちょっとは自覚しないと (笑)。ともあれこのメナ、現在のポストは英国マンチェスターの BBC フィルの首席指揮者。ということはあのイタリアの名指揮者、ジャナンドレア・ノセダ (一時期よく東京交響楽団やこの N 響を振りに来ていたが最近はご無沙汰だ) の後任ということである。既にニューヨーク・フィルやボストン響、ロサンゼルス・フィル等米国の名門を指揮しており、昨シーズンにはスペイン物を指揮してベルリン・フィルにもデビューしたという。スペイン人指揮者には優秀な人は何人もいるのだが、真に国際的な巨匠という扱いを受けた人は、実はそれほど多くない。ロペス=コボスなどはまさに、スペイン人指揮者としての新たな地平をこれから開いてくれるかもしれない人だが、彼よりも一世代下のこのメナは今回が N 響デビューであり、ひょっとしたら日本デビューなのかもしれない。最近の活躍ぶりを知ると、スペイン人指揮者の範疇を超えた優秀な音楽家であることを期待したくなる。

今回のプログラムは以下の通り、まさにスペイン・プロである。
 ファリャ : 歌劇「はかない人生」から間奏曲とスペイン舞曲
 ロドリーゴ : アランフェス協奏曲 (ギター : カニサレス)
 ドビュッシー : 管弦楽のための「映像」から「イベリア」
 ファリャ : バレエ組曲「三角帽子」第 1部、第 2部

上記の通り、スペイン人指揮者が真の国際的巨匠とみなされにくいひとつの理由は、非常に独自性の高い「スペイン物」というジャンルの存在にあるだろう。ヨーロッパの中で唯一イスラム教から「奪回」された地域であるイベリア半島は、独特のエキゾチズムの存在する場所であるがゆえに、かの地の音楽には、その東洋的要素のある粘っこい旋律や、憂いを帯びながらも激しさを持つリズムにおいて、他のヨーロッパ地域にない神秘性があるようだ。ところが、スペインの作曲家はそれほど沢山いないので、勢い同じような曲がスペイン物として尊重されるか、もしくはドビュッシーやラヴェルというフランスの作曲家の作品でスペインを題材にしたものが演奏されることとなる。今回のプログラムはまさにそうしたもの。一体日本のオケが、どのくらいスペイン情緒を表現できるのか。これは、マドリッドでも有数のフラメンコを鑑賞できるカフェ・デ・チニータスの舞台。私も何度も行きましたよ。深夜 0時くらいから盛り上がり始めるのです。
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そして、このコンサートを聴いた結果を一言で言うならば、実に楽しい!! この音楽がどこの国で生まれたものであるにせよ、今回 NHK ホールではじけ飛んだ溌剌とした音たちが描き出したものは、要するに音楽の素晴らしさ。スペイン独特の情緒はあるにせよ、どこの国の音楽であれ、聴き手が純粋に音楽として楽しめるか否かこそが大事なのであって、その意味で今回のメナと N 響の演奏は、音楽そのものが雄弁に語っていた点が素晴らしい。そもそも N 響のように長らくドイツ系の音楽を中心に演奏してきた団体にラテンの風を吹き込んだのは、現在の名誉音楽監督であるシャルル・デュトワ。以前も書いたことがあるが、デュトワ時代以降の N 響のあらゆるタイプの音楽への順応力はまさに瞠目すべきものであり、今回のような演奏に接するとそのことを再認識する。指揮者メナ自身も、今回の演奏にきっと満足したことだろう。とにかく冒頭の「はかない人生」間奏曲から、その音のクリアなこと。この演奏会を通して、クライマックスに向かって盛り上がって行く熱気は、常にこのクリアな音が基礎をなしていたと思う。一方で、ドビュッシーの「イベリア」の第 2曲「夜のかおり」などは、なんともアンニュイな雰囲気で、こうなるとスペイン音楽ではなく、完全にフランス音楽なのである。プログラムによるとこのメナは、巨匠セルジュ・チェリビダッケに、晩年師事したらしい。言うまでもなくこの「イベリア」はチェリの得意のレパートリー。今回ここで聴かれた音楽そのものの淀みとそこからの飛翔は、師から弟子へと続く国籍を超えた音楽の表現力の伝達こそが可能にしたものであろうと思う。だが実際、指揮台の角で飛び跳ねる指揮者を見て、指揮台から転げ落ちるのではないかとハラハラする経験も、視覚的な刺激に満ちたもの (笑)。その指揮者の情熱をきっちり音にした N 響には拍手を送りたい。

そういえばこのメナは、スペインはスペインでも、バスク地方の出身であるとのこと。フランスとの国境に位置するピレネー山脈あたり。最近ではほかの地域における地政学的問題が大きいので、バスク問題を意識する機会は少ないが、長らく独立運動が盛んな土地である。ちなみに、フランスの作曲家の 2大巨星であるドビュッシーとラヴェルは、ともにスペイン情緒ある曲を書いているが、そこには決定的な違いがあって、ラヴェルの場合は母親がバスク人であり、よりスペインに対する皮膚感覚のシンパシーがあったものと思われる。その一方、生涯でたった一日しかスペインに足を踏み込まなかった (!) ドビュッシーが、この「イベリア」で見事なスペイン情緒を描き出したのは、パリで親交のあったファリャのおかげであると、メナは考えているという。これがファリャの肖像。
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今回ギターソロを弾いたカニサレスは、あのフラメンコの巨匠パコ・デ・ルシアのグループにいたギタリスト。1966年バルセロナ生まれ。彼もまた、サイモン・ラトル指揮のベルリン・フィルと、今回と同じアランフェス協奏曲を最近演奏している。
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ロドリーゴのアランフェス協奏曲は、もちろん古今随一のギター協奏曲の名曲であるが、NHK ホールのような大きなホールでのギターソロの響きには限界があるので、今回は若干ながら PA を利用していた。演奏はもちろんよかったものの、アンコールとして演奏されたカニサレス自作の「時への憧れ」という曲は、さらに様々なギターの表現力の可能性を追求したもので、正直なところ、より感動的であったと思う。

このように大変充実したコンサートであったので、この指揮者の今後の活動には是非注目したいと思う。最近はブルックナーに力を入れているとのことで、まあ今回は名刺代わりのスペイン物であったにせよ、次回は是非、そのブルックナーなど、また違ったレパートリーを聴かせて欲しい。一方の N 響も、スペイン音楽をきっと楽しんだことと思う。と書いていて思い出したのは、随分以前にこのオケはやはりファリャの「三角帽子」を、稀代の名指揮者の下で演奏している。それは、エルネスト・アンセルメ。この曲の世界初演者である。この N 響への客演は1964年のことだから、ファンホ・メナも、それから私自身も、未だ生まれる前のこと。手元に引っ張り出して来た CD はこれだ。
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そんなに前の時代の (もちろんデュトワ時代の遥か前の)演奏だし、重厚なドイツ物に慣れていた N 響のこと、もしかしたら腰の重い演奏かもと思って久しぶりに聴き直してみると、これがなかなかのノリなのである。N 響の演奏能力が半世紀以上から高かったことを再確認し、今後に対する期待が高まる。今年 2月から 3月にかけて、首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィとともにヨーロッパ主要 7都市に遠征する N 響。その多様な能力をヨーロッパの聴衆にもアピールすべく、ぜひ頑張って頂きたい。

by yokohama7474 | 2017-01-14 23:56 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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