秋山和慶指揮 東京交響楽団 (ピアノ : 小菅優) 2017年 1月14日 サントリーホール

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昨年末押し詰まってからの第九、そしてつい先日のニューイヤーコンサートを聴いた秋山和慶の、本領発揮のコンサート。いや、この人はいついかなるコンサートにおいても本領を発揮しているので、今さらそんなことを言うのもおかしいのであるが、私の敬愛する秋山の持ち味健在を実感できた、充実感満点のコンサートであったのだ。
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このブログで逐一記事にしている通り、昨年は大変に充実したコンサートやオペラが目白押しで、昨年秋頃になるとかなりその疲れが出て来ており、年が明けたら、しばらくはコンサートに行かないようにしようかとまで半ば本気で考えていた。だがそんな中、このコンサートのチラシを目にして、これだけは何がどうあっても聴きに行かねばならんと、堅い決意をしたものである。それ以来楽しみにしてきたコンサート当日、NHK ホールで N 響によるスペイン物のコンサートを聴いたあと、サントリーホールに移動したのであるが、こちらは完全に「フランス物」のコンサートである。具体的な曲目は以下の通り。

 メシアン : 交響的瞑想「忘れられた捧げ物」
 矢代秋雄 : ピアノ協奏曲 (ピアノ : 小菅優)
 フローラン・シュミット : バレエ音楽「サロメの悲劇」作品50

うーん。これは誰がどう見てもフランス物。もし唯一疑問があるとすると、真ん中の曲、矢代秋雄の作品がなぜフランス物と言えるかということだろう。それは追って検証することとするが、昨年発表されたこの曲目を見て狂喜乱舞した私は、これこそ秋山のみがなしうるコンサートであると確信したものだ。決して秘曲というほど無名な曲ばかりではなく、それどころか、それぞれに名曲の誉れを得ている曲であるが、いわゆる通好みの渋い曲目であるとは言えるだろう。客席もかなり空席が目立ったものの、熱心な音楽ファンが耳を傾ける素晴らしいコンサートとなった。ニコニコした表情の白髪頭でポピュラー名曲も振れば映画音楽も振るマエストロが、そのハードな活動の一環としてこのようなコンサートまでをも振っている東京とは、なんという端倪すべからざる街であろう。

まず最初の曲、オリヴィエ・メシアン (1908 - 1992) の「忘れられた捧げ物」は、1930年の作。作曲者 22歳の若書きで、この 20世紀フランスの大作曲家の実質的なデビュー作である。ほんの 12分ほどの曲であるが、3部構成からなり、最初と最後は拍節感の全くない、まさに瞑想的な音楽で、後年のメシアンのスタイルを早くも示している。秋山と東京交響楽団 (通称「東響」) は実に繊細な音で滑り出し、管楽器と弦楽器の間の双方向の影響も鮮やかに、高密度な音楽空間を作り出した。メシアン特有の陶酔も、これだけ演奏時間が短いと聴きやすい (笑)。だが、嵐のような第 2部を経て第 3部に入ったとき、新たな発見があった。それは確かに弦楽合奏なのであるが、第 1ヴァイオリンが全員弾いているにもかかわらず、第 2ヴァイオリンは 2名だけ (終わりの方では 4名に増加)、ヴィオラは 5名による演奏で、チェロとコントラバスは沈黙している。そして響いてくる音は、高音をフワフワと漂うもので、あたかもメシアンが好んだ電子楽器オンド・マルトノの響きそっくりではないか!! 作曲家の指向は、若い頃から一貫しているものなのである。
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そして 2曲目は、矢代秋雄 (1929 - 1976) のピアノ協奏曲。私があえてこの作品をフランス音楽に分類するのは、若くして逝ったこの作曲家が、パリに学んだからにほかならない。日本の西洋音楽の歴史は、初期の山田耕筰や瀧廉太郎のイメージからも、メインストリームはドイツに学んだという印象が強く、国民性という意味でもドイツ人に対するシンパシーがある面は否めない。だが日本の作曲界にも、池内友次郎 (いけのうち ともじろう、1909 - 1991) のようにパリに学んだ人もおり、その池内の弟子でその後の歴史に名を残した作曲家たちも多い。矢代はそのうちのひとりなのである。
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このピアノ協奏曲は、そんな矢代の代表作であるのみならず、日本の現代音楽における代表的な協奏曲でもある。初演は 1967年。ピアノ独奏は昨年亡くなった中村紘子であった。中村はこの曲の録音も残しており、今自宅の CD 棚を確認すると、岩城宏之指揮 NHK 響と共演したものが 2種類手元にある。いずれも初演翌年の 1968年の録音であるが、3月 6日と 5月30日と、違う日の録音なのである。ともあれ、今回ピアノソロを担当したのは、今年 34歳になる素晴らしいピアニスト、小菅優 (こすげ ゆう)。
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彼女の経歴を見ても、海外のコンクールで優勝というものは見当たらない。それどころか、桐朋とか藝大の出身でもなく、1993年からヨーロッパで実績を重ねてきたという。日本人にはどうしても権威主義がついて回る中、このように海外での実績で名を成した日本人音楽家は本当に数えるほどしかいないのであるが、実際に私が過去に聴いた彼女の演奏においても、その真摯な姿勢と透明感溢れるタッチに打たれたので、その実力は既に承知している。今回、矢代のピアノ協奏曲を、高い集中度をもって非常に明確な表現で演奏したことは、いわばこれまでの認識を再確認したということであるが、これもまた、東京で聴ける一級の音楽なのである。もちろん秋山のサポートも実に丁寧かつ要領を得たものであり、このような演奏で再演される日本の現代曲は、本当に選ばれた存在であると思う。そして小菅はアンコールとして、メシアンの前奏曲集から、第 1曲「鳩」を演奏した。私はこの曲を聴いたことがなかったのであるが、一聴してメシアンの作品であることは明瞭。だが調べてみるとこの曲は、「忘れられた捧げ物」の前年、1929年の作で、やはり作曲者最初期の作品。この 1929年という年は、奇しくも矢代秋雄の生まれた年でもある。矢代はパリ音楽院でメシアンにも学んでいる。アンコールの小品ひとつ取っても、この日の演奏会がフランス音楽プログラムであったことが分かろうというものだ。

そして休憩後に演奏されたのは、やはりフランスの作曲家、フローラン・シュミット (1870 - 1958) の「サロメの悲劇」。この作曲家、一般にはあまり知られていないであろう。「シュミット」という苗字だけで呼ばれないには理由があって、同時代のオーストリアの作曲家にフランツ・シュミットという人がいて、「F・シュミット」と表記しても、どちらだか分からない (笑)。
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彼の作品で唯一それなりに知られているのがこの「サロメの悲劇」であるが、これは 1907年に書かれたバレエ音楽を、1910年に、より大きな管弦楽に編曲したもの。あの有名なリヒャルト・シュトラウスの楽劇「サロメ」の初演は 1905年。この「サロメの悲劇」はそのわずか 2年後の作品で、世紀末のサロメブームの最後を飾る、後期ロマン派風の絢爛たる曲なのである。フランス音楽がいわゆる洒脱な持ち味で特徴づけられるのはドビュッシー、ラヴェルから、モダニズムに立脚した 6人組という流れによってであるが、20世紀初頭までは、このような後期ロマン派風の作品もフランスで書かれていたのである。この「サロメの悲劇」、日本では、往年の名指揮者ジャン・フルネがレパートリーとしていたこともあり、また、ジャン・マルティノンの録音が以前から有名なので、それなりに知名度がある曲ではあるものの、実際には滅多に演奏されない。今、「日本の交響楽団 定期演奏会記録 1927 - 1981」という資料を調べてみると、その期間の演奏回数はたったの 2回。まず、1965年に NHK 響がピエール・デルヴォーの指揮で演奏しているが、これが日本初演であったのだろうか。そしてなんと、もう 1回の演奏は 1974年、今回と同じ秋山和慶と東響によるものなのだ!! うーん、私は常々、秋山の資質の最良の部分は、後期ロマン派の演奏に出ると信じているが、やはり若い頃からこの曲をレパートリーにしていたのである。実際この日の演奏は、オケも絶好調で、この曲の醍醐味を充分に味わうことのできる名演であった。非常に確実なバトンテクニックでオケをリードする秋山はしかし、その心には熱く燃える炎を抱いており、めくるめく音の渦を見事に整理しながらも、迫力満点の演奏を成し遂げたのである。この演奏は録音されているようであったが、一度きりの演奏ではもったいない。再演して頂ければ、是非また聴きに行きますよ!!

そんなわけで、秋山と東響によるフランス音楽コンサートは、実に充実したものとなった。これを聴いていて思ったことには、このコンビでマーラー・ツィクルスをやってもらえないものだろうか。もちろん、過去に何曲もこのコンビのマーラーを聴いているし、現音楽監督であるジョナサン・ノットも、今後継続的にマーラーを採り上げて行くものと思われる。だが、今の秋山と東響であればこそ、大変ハイレヴェルなシリーズになるに違いない。関係者の方がもしご覧になっていれば、是非ご検討下さい!!

ところで、年明けから頑張って一連の記事を書いてきたが、しばらく出張に出てしまうので、一週間程度は更新できません。悪しからずご了承下さい。

by yokohama7474 | 2017-01-15 02:07 | 音楽 (Live) | Comments(0)