バイオハザード : ザ・ファイナル (ポール・W・S・アンダーソン監督 / 原題 : Resident Evil ; The Final Chapter)

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このブログの持ち味は、様々な文化分野を思いのままに逍遥することであり、鈴木大拙を語り武満やブルックナーを語った同じ人間がゾンビ物を語ることは、ここでは至極当然の流れなのである。というわけで、ゾンビ好きの私は、既に封切り後 1ヶ月を経ているこの映画をようやく見に行ったのだ。だが調べてみるとこの映画、日本先行公開であり、米国では 1月27日の公開であるとのこと。ということは今でもまだ、全米の人々よりも先んじているわけである。

さて、このブログで何度もゾンビ好きと公言している私であるが、実はそれほどマニアックにゾンビ物を渉猟しているわけでもない。もちろん、ゾンビ映画の巨匠ジョージ・A・ロメロは尊敬していて、なかなか見る機会がないと言われる同監督の「マーティン / 呪われた吸血少年」(ゾンビ物ではないが) も昔特集上映の際に劇場で見ているし、また比較的最近では「ゾンビ大陸アフリカン」という作品もやはり劇場で見て、実に社会性あふれる問題提起に満ちた傑作であるということも知っているが、実はこの「バイオハザード」シリーズにはさほど熱心ではないのである。1作目は見たことをはっきり覚えているが、それ以降、6作目である今回の「ザ・ファイナル」まで、見た記憶がない。今調べてみると、1作目は 2002年の作品。それから、2004年、2007年、2010年、2012年と来て、2016年のこの映画ということになり、コンスタントにほぼ 2 - 3年おきにシリーズが製作されてきたことになる。これはなかなかのことである。作り手の意図と興行成績が両立しなければ、そういうことにはならないだろう。私はゲームはしない人間なので、もともとゲームとして人気の出たこの「バイオハザード」の映画版が、果たしてゲーム人気にどれほどリンクしているのかは、全く知らないのだが。これが 1作目のディスクのジャケット。
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ともあれこの映画のよいところは、ゲームのことを知らなかったり、過去のシリーズ物の映画を見ていなくても、これ単独で充分楽しめる点である。冒頭、非常にコンパクトにこれまでのあらすじが主役によって語られ、いきなりストーリーが始まったと思うと、最初から最後までお化け屋敷とジェットコースターのコンビネーションとなり、ノンストップで駆け抜ける。率直に言うと、これはゾンビ物としての必然性をもはやかなぐり捨てた映画であり、敵がなんであろうと、世界の終わりにひとりで立ち向かう勇敢で強靭な女性の闘いを描いた問題作なのだ。なにしろ、冒頭から荒廃したワシントンの光景が出て来て、その絶望感は実に深い。考えてみれば、ほぼ半世紀近く前の「猿の惑星」第 1作では、ラストシーンで倒れた自由の女神が出て来ることで、その土地が変わり果てたニューヨークであることが分かり、それが衝撃であったわけであるが、21世紀の映画ともなると、米国の中心地の荒廃は、既に冒頭から容赦なく観客に迫ってくるのだ。時代のテンポは変わったのである。

さて、主役のアリスを演じるのはもちろんミラ・ジョヴォヴィッチ。現在 41歳。私は「フィフス・エレメント」や「ジャンヌ・ダルク」といった、当時のパートナー、リュック・ベッソン監督の映画で初めて彼女の演技に接したのであるが、頑張っているのは分かっても、当時はそれほど魅力的だとは思わなかった。リュック・ベッソンの作としても、この 2作 (もう 20年近く前になるわけだが) の出来には諸手を挙げて大絶賛ということにはならないし、ついでに言ってしまえば、その後のベッソンの監督作品には、さてどれほど見るべきものがあるだろうか。などと考えてくると、この「バイオハザード」シリーズ映画版の生みの親であるポール・W・S・アンダーソンと公私ともにパートナーシップを組んだことが、ミラ・ジョヴォヴィッチにとっては正しい選択であったのではないかと思われてくる。このブログでも何度か触れているヴィム・ヴェンダースの素晴らしい作品「パレルモ・シューティング」に、ジョヴォヴィッチが妊婦姿で出て来るが、それはこのアンダーソンとの間の子であるわけで、調べてみると既に子供が 2人。なるほど、このハードなシリーズをコンスタントに製作しながらも家庭生活も充実させるとは、本当に素晴らしくも逞しい活動ぶりだ。
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いやしかし、この映画でのジョヴォヴィッチは、上の写真のように旦那にデレデレしている女性ではなく、それはそれはもう、とてつもなく厳しく強く、そしてとんでもなくカッコよい。その姿からは常にただならぬ緊張感が漂い、その闘志はあらゆる敵を圧倒する。女優がアクションを演じる映画は昨今では枚挙にいとまがないが、これほどカッコよいヒロインは、ちょっとないのではないか。ゾンビ物を怖いと思う人でも、この演技を見ることで、かなり心が強くなること受け合いだ (笑)。また、スタイリッシュでスピーディなカット割りや、凝った動きの殺陣によっても、効果的にそのアクションが活きている。
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ただ一方で、彼女以外の役者は、残念ながらあまり印象に残らない。悪役の男性俳優陣も頑張ってはいるのだが、たとえ肉弾戦で殴り合いになって、途中まで有利に戦いを進めていても、アリスに勝てるようにはどうも思えない (笑)。この映画は、もう完全にジョヴォヴィッチの一人舞台なのである。日本からはモデルのローラが端役で出演しており、セリフもひとつあるが、どのような意図で設定されたのか理解に苦しむような残念な役柄であり、それ以上に、日本の CM ではあれだけ輝いている彼女が、ジョヴォヴィッチの姿・表情・動き・セリフ回しの前では、まざまざと格の違いを見せつけられてしまうのだから、映画とは本当に厳しいものだ。
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このように考えてくると、役者という職業には、自らの信念を維持しながら、巡って来る運をいかにつかむかということが大事なのだということが分かる。その役者 (これは音楽家でも画家でも小説家でも同じであろうが) の表現力のピークが人生のどこでどのように達成されるかは、誰にも分らない。年を経て表現力を失ってしまうアーティストもいれば、若い頃にはない表現力を長じるとともに身に着けるアーティストもいる。ミラ・ジョヴォヴィッチの場合、この「バイオハザード」シリーズでひとつの頂点を作ったわけだが、シリーズが今回で本当に終わってしまうのなら (一応そういう説明になっているようだが)、今後はまた違ったテイストの作品で、新たな表現の場を切り拓いて行くことだろう。大変楽しみである。・・・が、まだこのシリーズ、続けてみてはいかがでしょうかね。もうちょっと見たいなあ。

by yokohama7474 | 2017-01-25 01:22 | 映画 | Comments(0)
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