ネオン・デーモン (ニコラス・ウィンディング・レフン監督 / 原題 : Neon Demon)

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うーん。この映画を表現するのに、どのような言葉を使おうか。まず予告編を見た印象では、近いタイプの映画は「ブラックスワン」であろう。すなわち、予告編によるとどうやらこの映画は、ファッション界にデビューした若く初々しい女の子が、才能を見出されてめきめき頭角を現し、周りの女性たちの燃えるような嫉妬と競争心を煽り立てることとなる。そして初々しかった彼女自身、成功するにつれて悪魔的傲慢さを発揮し始める。その結果段々見えてきたことには、彼女らが居場所を見出している、明るい照明の輝く華やかな世界は、実はネオンの光に潜む恐ろしいデーモンの巣窟なのである・・・とまあ、そのようなストーリーであると思われるからだ。見終わった今、この映画を反芻してみると、もちろん「ブラックスワン」との共通点もあるにはあるが、より強烈に人間の影の部分に光を当てる、心底恐ろしい映画であると思う。誰が見ても面白いかと問われれば、多分首を横に振るだろう。だが、見る価値はあったかと問われれば、渋々首を縦に振るだろう。

まず導入部が非常に凝っている。ザラザラしたガラスのような表面に様々な色が当たり、タイトルが出たあと、本編の冒頭に登場するのは、ソファに身を寄りかかったまま、どうやら首を切られて息耐えた血まみれの若い女性。上のポスターにも含まれている、このような画像だ。私の記憶では、映画の中では腕も血まみれだったように思う。
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だがどうやらこれは作り物であるらしい。なぜなら、真剣にシャッターを切る男の映像が、切り返しで次に現れるからだ。カメラは一旦ソファから引いたあと、再度男のショットとなり、そしてまたソファに戻るが、そこには既に女性の姿はなく、カメラはただ空しく対象物であるソファに寄って行くだけ。次のシーンでは、場面が変わって、首と両手におびただしくこびりついた血糊をティッシュで拭き取る、この青い服の女性。彼女は鏡に向かっており、多くの照明で明らかな通り、どうやらそこは撮影のためのメイクをする部屋だ。女性の前には大きな鏡があり、血糊を拭き取る彼女はどこか上の空である。すると、部屋の反対側、そこにもメイク用の鏡が沢山並んでいるのであるが、そこにはショートカットのもうひとりの女性がいて、二人はポツポツと会話を交わす。本物の人間と、その鏡像が、交錯してコミュニケーションを始める。そして血糊の拭き取りを手伝いにショートカットの女性が寄ってきて、二人が向かい合って喋るときには、その短いセリフのいちいちで、カメラはいわゆるピン送りという手法を使うことで、ただの何気ない会話シーンに不思議な感覚が与えられている。つまり、喋っている人物の顔にピントが合ったと思うと、話し手の交代とともに別の人物にピントが移り、会話の進行とともにそれが交互に繰り返されるという手法である。これにより、喋っている人物の表情にはピントは合っているが、聞いている方の人物の表情はピンボケで伺い知れないということになる。
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記憶だけで書いているので、細部が違っていてもご容赦願いたいが、私がここで言いたかったことは、冒頭のこの流れだけで、この映画の映像のスタイリッシュな凝り方は、単に技法を弄んでいるのではなく、ここで描かれる人間像やその関係と密接に関係していることがはっきり分かる、ということなのだ。私の見るところ、この映画の大きな特徴は 2つ。ひとつは、全編を通してあらゆる場面で鏡が多用されることで、これにより真実と虚像の境界が曖昧になっていること。もうひとつは、無音の場面が多いがゆえに流れに緊張感があり、音楽や音響の入る場面では、必ず何か重要な事態が発生するということだ。そのような監督の手練手管にまんまとはめられた観客は、その先を読めない展開に身を乗り出し、そして後半では何度か、その身をのけぞらせるだろう。実際、私が見たレイトショーでは観客が 10名ほどであったが、大詰め近くのあるシーンでは、何人かが「うえっ」だが「ぎょえっ」だか、何やら得体の知れない声を思わず口から漏らしていたものだ (笑)。監督のインタビューを読むと、ホラーやメロドラマやコメディや SF などのあらゆる要素の混じった映画を撮りたいと言っていて (そう言えば、先に大絶賛した「ドント・ブリーズ」のフェデ・アルバレス監督も同じようなことを言っていた)、なるほどとは思うのである。このセンスは只者ではない。ただ、相当にグロテスクなシーンもいくつか出て来て、それらは本当に強烈であるので、拒否反応を示す人も多いだろう。とはいえ私自身は、それらを汚いとは全然感じなかった。あ、これでは監督は満足しないかな。では訂正して、汚いとは思ったけど、人間の真実の狂気を抉り出す仮借ないシーンとして強く印象に残った、という言い方にしましょう (笑)。

こんな凝った作品を撮ったのは、1970年デンマーク生まれの、ニコラス・ウィンディング・レフン。この映画の原案・脚本・監督である。美女演じるところの死体の横に登場してもらいましょう。
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残念ながら私は見ていないが、2011年の「ドライヴ」という作品がカンヌ映画祭で見事監督賞を受賞したことで、一躍名を上げた監督である。因みに「ネオン・デーモン」は、やはり昨年 2016年のカンヌのコンペティション部門で上映され、絶賛の拍手と非難の嵐の双方を巻き起こしたらしい。いやー、きっと審査員の人たちも、「うえっ」とか「ぎょえっ」とか声を上げたに違いない (笑)。このようにスキャンダラスな要素を持っている監督だが、これだけのセンスの持ち主なら、今後の活躍も必ずや期待できると思う。

さてさて、あえてこれまで全く触れてこなかったのであるが、演出以外のこの映画の最大の見どころは、もちろん主演女優である。エル・ファニングだ。
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彼女は 1998年生まれだから、未だ 18歳。昔は、天才子役ダコタ・ファニング (最も有名なのは「アイ・アム・サム」とか「宇宙戦争」であろうか) の 4つ下の妹という位置づけであったが、今や素晴らしい女優である。ダコタの近況は知らないが、成功した子役にしては珍しく、ドロップアウトせずにまっとうな大人になって女優業を続けているようだ。だがこのエルの場合、姉よりもファンタジー系での活躍が多く、私自身も、以前もほかの記事に書いたが、J・J・エイブラムスの低予算の傑作「SUPER 8 / スーパー 8」での彼女に驚嘆し、そして、なぜか全く話題にならなかったコッポラの近作「ヴァージニア」で狂喜したのである。その後「マレフィセント」を経て、このブログでも採り上げた「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」では素顔の演技を披露したと思ったら、今度はこの映画である。ここでの主役ジェシーは大変な役柄であって、ただ演じ上げるだけでも極めてハードであるが (血まみれにもなるし)、何より様々な設定での千変万化の表情を求められるので、この若さで充分な演技経験を持つ彼女の強みが活きている。そして、いくつのシーンでは本当に彼女のプロ魂を感じることができるのだ。この映画では完璧な美を持つ女性という役であり、ただの美形という感じとは少し違う彼女の顔だちは、設定と少しずれがあるかもしれないが (監督自身もそう認めている)、何より女優エル・ファニングの多くの可能性をここで見て取ることができるだろう。こういう写真の数々を引っ張ってきても、どういう映画であるか、さっぱり分からないでしょうが・・・。彼女の魔力を秘めた眼球は、永遠にその存在を主張し続けるのである。
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尚、この映画で久しぶりにキアヌ・リーヴスを見たが、ここでは、「さあ、どうする?」という悪漢の挑発に敢然と立ち向かうヒーロー・・・ではなく、怠惰で無礼で怪しげな安モーテルの経営者を演じて、なかなかいい味を出している。
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振り出しに戻って、うーん。この映画を表現するのに、どのような言葉を使おうか。「女性の恨みは本当に恐ろしい」という単純な言い方は避け、「人間が根源的に持つ狂気や暴力性を助長する要素としての、女性の恨みは本当に恐ろしい」と総括しておこうか。そう、この映画は人間存在の深いところを描いているのである。でも、グロテスクの向こうにそれを見るだけの眼球を持つ人にしかお薦めしないと言っておこう。その意味で、「ブラックスワン」のような多くの観客に受け入れられる映画とは、少し違ったものになっているのである。

by yokohama7474 | 2017-01-26 01:25 | 映画 | Comments(0)
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