世界遺産 ラスコー展 国立科学博物館

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フランスにあるラスコー洞窟は、スペインのアルタミラ洞窟などと並んで、旧石器時代の壁画が残ることで有名である。子供の頃から教科書や図鑑などで素朴な動物の絵を見て、何やら人類の遠い記憶といった雰囲気のその壁画に、底知れぬ神秘的なものを感じていた。また、20世紀になってから子供と犬によって偶然発見されたという逸話も面白く、ラスコーがフランスのどこにあるのか知らないが、一度は行ってみたいなぁと思いながらも、そんなに古い壁画は、保存のために一般公開していないことは明らかであり、いわば「永遠に見ることのできない聖地」のようなイメージが私にはある。そんな中、上野の国立科学博物館で今、そのラスコーの壁画の展覧会が開かれていることは朗報であり、でもまさか本物の一部を切り取って日本まで持ってくることは不可能であるので、さて一体何を見ることができるのか、あまり期待すぎないようにと自分に言い聞かせ、現地に足を運んだのである。

まずラスコーがどこにあるかというと、展覧会の図録掲載の地図によると、以下の地図の通り。フランス南西部、ボルドーの近くである。そして、やはり図録掲載の写真から、現地の風景もご覧頂こう。川に沿った場所にある小さな村である。
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この壁画はいつ、誰が描いたものであるのか。答えは約 2万年前、描いたのはクロマニョン人だ。2万年前と言っても「随分前だなぁ」くらいにしか思わないが、ヨーロッパで最古の文明がギリシャに興るのは 5000年前。日本で言えば、縄文時代の始まりは 1万6000年前、弥生時代の始まりは 2500年前。そう思うと、「随分前」のイメージが少しは明らかになる。そう、随分前のものなのである (笑)。クロマニョン人は、後期旧石器時代にヨーロッパに住んでいた人類 (ホモ・サピエンス) である。その前の中期旧石器時代にヨーロッパにいたのはネアンデルタール人であり、こちらは未だ芸術的活動を行えるほど進化していなかった。よって、クロマニョン人を「新人」、ネアンデルタール人を「旧人」と呼ぶ方法が分かりやすいが、調べてみると、ネアンデルタール人はホモ・サピエンスではなくその亜種であるというのが現代の定説になっており、この呼び方は適当ではないそうだ。まあこのあたりは調べれば調べるほど細かい話が沢山出て来て、なにせ検証個体や遺跡の数も限られているので、いかに DNA 鑑定等現代の先端科学を駆使しても、素人でもはっきり分かる歴史が書かれる日が来るのかどうか分からない。

ともあれこのラスコーに驚くべき壁画を 2万年前に残したクロマニョン人、どのような外見をしていたのか。この展覧会に展示されている復元像はこの通り。
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これはどう見ても現在の人類そのままである。なるほどクロマニョン人はホモ・サピエンス、我々の直接の祖先なのだ。そもそもホモ・サピエンスはどこから来たかというと、最近の研究により、20~10万年前のアフリカにその起源があることが分かっている。以下の図は、ホモ・サピエンスの世界への拡散ルートである。ヨーロッパには 4万7000年ほど前に、東方から西に向かって移動して行った。また、ユーラシア大陸を横断して日本にも 3万8000年前に入っている。アメリカ大陸はその頃ユーラシア大陸と陸続きであったらしく、南米には 1万3000年前に到達している。図の中で白く塗られているのは氷床。つまり氷に閉ざされているので人類が住まなかったところだ。面白いことに、近代から現代にかけて最先端地域として世界を牛耳ってきた (そろそろ陰りが見えているという見方もあるかもしれない 笑) 英米両国は、この図によるといずれも当時は未だ氷の土地である。ホモ・サピエンス登場の頃には世界で最も遅れた場所であったのだ!!
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上記の通り、ネアンデルタール人は芸術的活動をしておらず、クロマニョン人がヨーロッパにおいて初めて、人類としての「芸術」を残すこととなった。ヨーロッパ、特にフランスとスペインには 300ほどの洞窟でクロマニョン人の壁画が見つかっているらしいが、規模においても保存状態においても、このラスコーはまさにその貴重な代表例であり、早くも 1979年には世界遺産に登録されている。1940年、穴に落ちてしまった飼い犬を追って村の少年が偶然発見したこの壁画は、その後一般公開され、多くの人たちが訪れたが、バクテリアや菌類の繁殖を招き、保存上の理由によって 1963年には時の文化大臣アンドレ・マルローによって閉鎖されてしまった。現在では研究者すら入ることができないらしいが、現地には 1983年にオープンした洞窟の一部を再現した (主に手作業による測量と模写からなる) 資料館があって、ラスコー 2と呼ばれている。今回の展覧会では、新たに 3次元レーザースキャン技術などを使って作成したラスコー 3が展示されている。これは世界を巡回しているらしく、日本でも東京のあと、宮城県多賀城市と福岡でも展覧される。尚、会場ではほとんどの箇所で写真撮影が許されている。私は残念ながらスマホすらロッカーに入れてしまって素手だったので会場で写真は撮らなかったが、再現壁画はこのような感じで、ライティングが時折変化するので、見ていて興味が尽きない。
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さて、ではラスコー壁画とはどのようなものなのか、見てみよう。このようないくつかに枝分かれし、細く伸びた、まるで腸のような洞窟内は、7つの場所に分類されている。すなわち、
 1. 牡牛の広場
 2. 軸状ギャラリー
 3. 通路
 4. 身廊
 5. ネコ科の部屋
 6. 後陣
 7. 井戸状の空間
である。会場にはこのそれぞれの区分の形状をミニチュアで再現しているが、洞窟の内部を覆う管のような形態は、まさに腸のよう。
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最初の「牡牛の広間」は、長さ 18m、幅 7m、高さ 4 - 5m というまさに広間であり、ウシ、ウマ、シカなど、一部重なり合った 30頭以上の動物が描かれている。すごい迫力だ。線描もあれば彩色したものもある。
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次の「軸状ギャラリー」は狭い入り口の奥に広がる空間で、ここには 60頭ほどの動物が描かれている。その美しさに魅了されたある先史学者は、「先史時代のシスティーナ礼拝堂」と呼んだという。もし狭い空間でこれを見ることができれば、2万年の時を超えた人類の創造の奇跡に身震いすることであろう。動物たちの活き活きとしたこと!!
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次の「通路」では、もろい壁面に彫刻刀のような石器を使って、繊細で小さな線刻画が多数施された。全体で実に 239頭が確認されているという。
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「身廊」とは、教会建築において堂内の長い部分を指す名称だが、それはここが天井の高い広間のようになっているからである。ここでは線刻、彩色それぞれの作品が残る。以下はヤギの列。見えにくいので、復元図を添える。また、ここにある「大きな黒い牝ウシ」は、反対側に向いたウマたちの上に重ね描きされていて、大した存在感だ。
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「ネコ科の部屋」は、這わなければ入れない場所で、ライオンかとも思われるものなど、ネコ科の動物の線描が含まれている。大変ユニークだ。
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「後陣」も教会建築の一部を指す語であり、堂内の奥の半円形の窪んだ箇所のこと。ここでは 10m × 10m の三角形の場所にその名がつけられている。これは少し見にくいが、トナカイの線刻画。下の写真の解説にある通り、ラスコー洞窟では多くのトナカイの骨が発掘されているが、トナカイの描かれた絵はこれだけだという。
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そして面白いのが、「井戸状の空間」。たて穴を 5m降りて行ったところにあり、地表から 20m下にある場所だ。ここでは黒い絵具だけを使って不思議な絵が描かれている。槍が刺さって内臓がはみ出ているバイソンが、トリの頭を持つ人物を攻撃しており、その横には、やはりトリを彫刻した槍か、槍を飛ばす道具と見られる道具が立っている。意味は解明されておらず、誠に謎めいた壁画である。
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このようにラスコーの壁画の数々は、ほとんどが動物を描いたものであるが、技法も色使いも様々であり、呪術的な雰囲気をたたえたものもある。先史人たちはなぜ洞窟の中にこれだけの夥しい作品を残したのであろうか。彼らはどうやら洞窟内に暮らしていたのではなく、住居は周辺にあったらしい。なのでこの場所は彼らの長いキャンバスであったわけである。つまり、「絵を描く」こと自体が彼らの目的であって、これは動物との決定的な違いなのだ。もちろん、人間が動物と違う証拠として、ここで使われていた石器や絵具、そして驚くべきことに、動物の油を使用したというランプまでもが発掘されている。今回の展覧会で展示されているこれらの品は、なんとここが世界初公開であるらしい。
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そして、日本での展覧会独特の展示も加わっている。それは日本の後期旧石器時代についてのものだ。私は初めて知ったのだが、なんと日本には、2つのこの時代の「世界最古」があるという。ひとつは、「世界最古の落とし穴」。静岡県の東野遺跡のもので、3万 4000年から 3万 1000年ほど前のもの。動物を追い込むのではなく、自然に落ちるように仕組んだものと考えられている。これが世界最古ということは、日本人は元来狡猾な人種なのであろうか (笑)。
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そしてもうひとつ、これはすごいと思うのだが、「世界最古の往復航海の証拠」。伊豆七島の神津島の沖にある恩馳島には黒曜石の岩塊が存在し、旧石器時代にここから運ばれたと見られる黒曜石が本州の遺跡で発見されているという。以下の地図で赤い色のついた遺跡である。尚、肌色の部分は 3万 8000年前の陸地。これが世界最古ということは、日本人は元来交易のセンスがあるということだろうか。
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一体人間はなぜ、絵を描くのであろう。ラスコーは、その根源的な問いに対して無言のヒントをくれる場所であるようだ。ただ生きるために食うという生活ではなく、火をおこし道具を使い、直立歩行することで、人間ならではの生活をクロマニョン人たちは実現し、そして何かを壁面に再現するという段階に至った。今に至る人間の芸術行為の根源を作り出した彼らの活動を知ることは、また我々人類の可能性を知ることでもある。一度現地でその空気を吸ってみたいものだが、まずはこの展覧会でその内容を知ることには、大きな意義があると思うのである。

by yokohama7474 | 2017-01-28 15:25 | 美術・旅行 | Comments(0)
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