ローグ・ワン / スター・ウォーズ・ストーリー (ギャレス・エドワーズ監督 / 原題 : Rogue One : A Star Wars Story)

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「スター・ウォーズ」シリーズの第 7作、エピソード 7 となる「フォースの覚醒」を見てからちょうど 1年ほどが経過した。最初この「ローグ・ワン」の予告編を劇場で見たとき、もうエピソード 8が完成したのかと早とちりしたが、これは、"A Star Wars Story" とある通り、シリーズに付属するものであって、全 9作のメインのエピソードには入らない。だが、これは例えば「イウォーク・アドベンチャー」のようなサイド・ストーリーではなく、実はシリーズの第 1作目、エピソード 4「新たなる希望」が始まる 10分前までを描いた物語なのである。つまり、
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いやだから、イウォークじゃないですって (笑)。ローグ・ワン、ローグ・ワン。この「ローグ」という言葉、昨年の「ミッション・インポッシブル / ローグ・ネーション」でも使われていたもので、「ならず者」という意味。この作品においては、帝国軍に従わないならず者たちの活躍が描かれているのである。ネタバレはいつものように避けるが、まぁ公開後 1ヶ月以上を経て、この作品の上演頻度も落ちてきていることだし、ごく簡単に言ってしまえば、エピソード 4 の大詰めで、帝国軍の強力極まりないデススターが、一ヶ所を攻撃されただけで大破してしまうという、考えてみれば不思議な出来事があったが、本作はその背景を描いているのである。
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この映画、世間の評価を見ているとなかなか高いようだが、正直に白状してしまうと、残念ながら私はあまり乘れなかった。それは、この直前 (同じ日) に見た映画が、先の記事でも採り上げた「アイ・イン・ザ・スカイ」であったことも関係していよう。現代の世界で実際に起こっていることを再現したようなあの映画の筆舌に絶する切実感に比べれば、この映画の中で起こっている戦争は、どこまで行っても架空の世界。もちろん架空の世界は大いに結構なのだが、今思い出せばエピソード 4で帝国軍兵士が銃で撃たれて倒れるところなど、いかにもどこかのどかなものであった。この映画で頻出するそのようなシーンを見ていると、何か胸が悪くなるような気がして来てしまう。これは私がいけないのであろうか。
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主役を演じるフェリシティ・ジョーンズは、「インフェルノ」での演技も記憶に新しい英国の女優である。ここでも「スター・ウォーズ」シリーズ特有の父と子の葛藤が描かれるが、この場合の設定はそれほど屈折もなく、ストレートな彼女の演技には好感が持てる。だが、いわゆる色気は皆無であると申し上げておこう (笑)。
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私の好きなフォレスト・ウィテカーも重要な役で出演している。彼はいい味を出していると思う。
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その一方、ほかのキャラクターにはあまり感心しなかった。この 2人は頑張っているものの、突き抜けたものまでは感じられなかったのは私だけだろうか。
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盲目の武術者チアルート・イムウェを演じるドニー・イェンと、その仲間であるベイズ・マルバスを演じるチアン・ウェン。実はともに 1963年生まれの中国人で、母国の映画で過去 2回共演しているという。と思ったら、後者はなんと映画監督でもあり、あの香川照之が出演した、日中戦争を舞台とした厳しい作品「鬼が来た!」の監督・主演なのである。それは面白い。だが、例えば「七人の侍」の大詰めシーンのような容赦なく観客に迫ってくるような迫力は、彼らの熱演によっても感じられなかった (比較するのも酷だとは思うものの)。

監督のギャレス・エドワーズは、2014年の「Godzilla」でメジャーテビューした英国人で、41歳。これだけの大作ともなると監督の持ち味を出すのは困難であると思うが、そうですねぇ、「Godzilla」もそれほどすごい映画とも思わなかったし、今後の活躍を期待することとしよう。
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恐らく「スター・ウォーズ」ファンとしては、ちゃんとダース・ベーダーが出てくるところとか、C3-PO や R2-D2 も 1シーンだけ出てくるところに喜びを見出すであろう。その他あれこれのトリビア楽屋落ちが沢山入っていることは、ネット検索すれば情報が得られる。だが私が面白いと思ったのは、この人の出演だ。
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昔のホラー映画におけるフランケンシュタインやドラキュラ役でも知られる名優ピーター・カッシング。ここでは、エピソード 4と同じ、デススターの司令官、ターキンを演じている・・・、いやちょっと待て。彼は随分以前に亡くなったのではなかったか。そう、彼は 1994年に死去している。実は今回のこのシーン、別の俳優の演技に昔のカッシングの顔をはめ込んだ CG 合成なのだそうである。うーん、全く違和感を感じない出来であった。同じような例はこの人にも。
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キャリー・フィッシャー演じるレイア姫が、デススターの設計図を受け取るシーンで出て来るのだが、これも明らかに CG 合成だと思われる。エンドタイトルを見ていると、Special Thanks のところに彼女の名前が出ていたので、撮影に当たって何かアドバイスでもしたのであろうか。だが、そのキャリー・フィッシャーは昨年 12月27日、まさに日本でこの映画が封切られた数日後に突然死去。未だ 60歳であったという。しかも、エピソード 4撮影時に共演していたハリソン・フォードと不倫関係にあったという衝撃事実を記した自伝をその直前に販売、そのプロモーションのためにロンドンを訪れた帰り、ロサンゼルスの空港で飛行機を降りたあと倒れたということだ。しかも彼女の死去の翌日、母親のデビー・レイノルズ (ミュージカル「雨に唄えば」でジーン・ケリーの相手役を務めた) も 83歳で死去。なんとも痛ましいことではないか。私がこの「ローグ・ワン」を見ても乗れなかったもうひとつの理由は、この一連の出来事が起こった後に見たことにもあるかもしれない。

それにしても、爽快感のない「スター・ウォーズ」だ。そもそも冒頭で "A long time ago in a galaxy far, far away..." と来て、ジャジャジャーン、パララッタッタッタタタタタタタタタと、ジョン・ウィリアムズによるあの勇壮なメインテーマが鳴り響くのがこのシリーズのワクワク感を醸成するのに、ここではそれがない。一方、本編終了後にはいつものエンドテーマが元気よく流れてやれやれと思うが、それもつかの間、すぐに暗い曲調に変わってしまうのだ。音楽の使用に関しては、何か契約上の問題でもあったのかと勘ぐりたくなってしまう。私はエピソード 2 の封切を 2002年にニューヨークで見たのだが、有名なテーマ曲が出て来るとヤンキーたちはヒューヒュー言って大騒ぎであった。さて今回の作品、そのようなヒューヒュー騒ぐ瞬間を奪われているわけで、米国の観客の反応はどうだったのであろうか。

ここで私が考え込んでしまうのだ。世界には暗く深刻な出来事が溢れていて、それは例えば「アイ・イン・ザ・スカイ」のような作品で仮借なく描かれている。その一方で、本来暗い世界を勇気づけるような希望を描くべき「スター・ウォーズ」が、戦争の描き方には切実感がない一方で、爽快感まで失ってしまっているとは、いかなることか。もはや時代は、胸のすく爽快な活劇というものを生み出せなくなってしまったのであろうか。彼らローグ・ワンによってつながれたはずの「新たなる希望」には、一体世界に対するどのようなメッセージが込められているのだろうか。
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by yokohama7474 | 2017-02-03 00:24 | 映画 | Comments(0)
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