シルヴァン・カンブルラン指揮 読売日本交響楽団 (ヴァイオリン : シモーネ・ラムスマ) 2017年 2月 4日 東京芸術劇場

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読売日本響 (通称「読響」) が常任指揮者シルヴァン・カンブルランのもとで演奏する曲目には、かなり凝ったものが含まれるのが通例で、先月から今月にかけての演奏会でも、先に記事を書いたメシアンの「彼方の閃光」や、少々通好みのフランス音楽集などがあったが、今回は極めてオーソドックス。上のチラシにある通り、チャイコフスキー・プログラムである。しかも以下のようなポピュラーなもの。
 ヴァイオリン協奏曲二長調作品 35 (ヴァイオリン : シモーネ・ラムスマ)
 交響曲第 5番ホ短調作品 64

クラシックを聴く人なら、知らない人はいないどころか、好きではない人はいないような名曲 2曲。今日と明日の 2回、同じ演目が演奏されるが、土日ということもあり、チケットはいずれも完売。日本人に大人気のチャイコフスキーである。かく言う私も、ヴァイオリン協奏曲は正直、少し聴き飽きた感がないでもないが、5番のシンフォニーはまぁ、わが生涯を通して本当に飽きもせずに繰り返し聴いているものだ。クラシックの入門曲なので、高校生の一時期は、文字通り毎日毎日毎日毎日聴いていたこともある。そして、50を越えた今となっても、ふと気づくと頭の中でこの曲が鳴り響いていることがよくあるから厄介だ (笑)。きっと高尚なクラシックファンの方からすると、この交響曲などは、感傷的で陳腐な曲だと思われるであろう。何より作曲者自身がそう言ってこの曲を低く評価していたのだから、きっとそうなのでしょう (笑)。私とても、高尚なクラシック音楽を嫌いとは言わないが、でも、この親しみやすく、時に感傷的なチャイコフスキーという作曲家の作品には、きっとなにか人生の真実が秘められているがゆえに、多くの人々と同様、私も抗しがたい魅力を感じるのだと、ネットの大海の片隅で堂々と宣言しておこう。

コンチェルトでヴァイオリン・ソロを聴いたのは、今回が初来日となるオランダの女流、シモーネ・ラムスマ。
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経歴を見ると、19歳で英国王立音楽院を最優秀の成績で卒業、これまでロイヤル・コンセルトヘボウ管、フランス国立管、スイス・ロマンド管、セントルイス響などと共演しており、やはりオランダ出身の指揮者でニューヨーク・フィルの次代音楽監督に内定しているヤープ・ヴァン・ズヴェーテンが「世界をリードするヴァイオリニストの一人」と絶賛しているという。どこどこコンクール優勝という経歴の記載はないので、地道に活動を広げ、能力が認められて実績を重ねて来た人であるようだ。オランダ人の常として大変長身で、舞台映えする点は有利かもしれないが、もちろん背の高さで音楽をやるわけではないから (笑)、世界の人々に訴えかける何かを持っているのであろう。実際この日のチャイコフスキーを聴いた印象は、優美なテクニックよりも強い表現力を重視するタイプであろうかと思う。第 1楽章の終結部で音楽が熱を帯びる箇所や、第 3楽章の導入部で音楽が走り出す箇所では、ややテンポを上げて情熱的に弾いていた (カンブルランは平然としながらぴったりと合わせていた)。また第 2楽章でも、陰鬱な中音域で注意深く音楽の呼吸を生み出していて、自然な佇まいの中に強い集中力が感じられて素晴らしかった。その表現力は、アンコール (聴衆に向かって「アリガトウ。Thank you!」と言ったあと英語で曲名を告げた) で演奏されたイザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第 2番の第 4楽章でも発揮され、浮かび上がっては消えて行く「ディエス・イレエ (怒りの日)」の旋律には鬼気迫るものがあって、なるほどこういう持ち味のヴァイオリニストなのだなと納得できた気がした。一方で、もう少し端正な音楽も聴いてみたい気もしたことも事実。もちろん未だ若手なので、これからの成長には大いに期待できるだろう。今回、東京でのリサイタルは 2月10日 (金) に浜離宮朝日ホールで開かれる。私は彼女のエージェントでもなんでもないが (笑)、チラシを掲載しておこう。
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カンブルランの指揮は切れ味鋭いもので、あまり感傷的な要素がないのが特色であるため、チャイコフスキーの交響曲をどのように料理するのか興味があったが、今回の第 5番、概して大変オーソドックスな演奏であったと思う。もっとも、冬のロシアの寒くて曇った空を思わせる暗い冒頭部分は若干遅めのテンポを取りながらも、主部に入るとあまり粘らない歌い方できっちり弦を刻ませていて、情緒纏綿というイメージではない。身も世もない哀しみというよりは、音響のドラマとしてのチャイコフスキーが冒頭から提示されていたと思う。全体を通して、木管の歌いまわしも金管の咆哮も素晴らしく、時折微妙にテンポを変えながらかなり丁寧な身振りを伴うカンブルランの指揮を、読響がよく音にしていた。音に勢いはあるが、だが勢いに任せて暴走することはない。第 3楽章から第 4楽章へは、多くの場合、間を置かずに続けて演奏されるが、今回は完全に楽章間が切り離されていた。このあたりもカンブルランの感性が、情緒によりかかりすぎることなく、音のドラマを引き出そうという意図につながっていることを端的に示していたと思う。スタンダードな曲目において、この指揮者とオケならではの味わいを持ちながらも、誰もが楽しめる演奏を聴くことができることは嬉しい。「休日の午後のチャイコフスキー」に、聴衆は皆、満足して帰ったことだろう。

カンブルランの次回来日は、新シーズン最初の 4月。ほんの 2ヶ月後である。マーラーの「巨人」をメインとするプログラムで開幕。そして、バルトークの歌劇「青ひげ公の城」の演奏会形式上演もある。彼らしい意欲的なプログラミングにおいて、また素晴らしい演奏を期待したい。
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by yokohama7474 | 2017-02-04 18:14 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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