久坂部 羊著 : 芥川症

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このブログで採り上げる書物には、あまり最新刊はない。というよりも、これまで皆無であったかもしれない (笑)。これはたまたま書店で見かけて購入したもの。新潮文庫で今年 1月 1日に発行されたばかりのもの (もっとも単行本としては既に 2014年 6月に刊行されていたとのこと)。著者の久坂部 羊 (くさかべ よう) は 1955年大阪生まれ。大阪大学医学部卒の外科医、麻酔科医であり、在外公館にて医務官を務めた経歴の持ち主だが、2003年に作家デビュー。若い頃は純文学を志したというが、現在では医療の専門知識を生かしたエンターテインメント作品を中心に執筆しているようだ。
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さてこの本は、題名と表紙によって明らかな通り、文豪芥川龍之介の一種のパロディ 7編によって成り立っている。その題名を列挙すると、
 病院の中
 他生門
 耳
 クモの意図
 極楽変
 バナナ粥
 或利口の一生

もちろん、このブログをご覧になる方に、もとになった芥川の小説名を説明する必要はないと思うが、念のために書いておくと、「藪の中」「羅生門」「鼻」「蜘蛛の糸」「地獄変」「芋粥」「或阿呆の一生」である。そもそも日本の小説家の中で芥川ほど入りやすい人はいないのではないか。短編しか書いていないこともあり、また古典を換骨奪胎していることや、時に童話の形態を取っているものもあるゆえ、(今は知らないが私が子供の頃には) 教科書にもよく取り上げられていた。随分以前から私の手元には、ちくま文庫の芥川全集全 8巻があり、未だすべてに目を通したわけではないものの、彼の文学の鋭利な感覚には常に特別なものを感じている。また、昔私は田端に住んでいたので、いわゆる「田端文士村」の中心人物としての芥川には、長らく特別な思いがあるのである。
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そんな思いで本書を手に取ると、これはなかなかに面白い。それぞれの作品は大なり小なり医療や現代医学に関係した題材となっているのであるが、芥川の「原作」のテーマとの類似性が様々にあるのである。例えば最初の「病院の中」では、父を病院で亡くした息子が、その死因を何人もの医者に尋ねると、それぞれに言うことが違うという具合。これは (黒澤明の「羅生門」の原作にもなった) 芥川の「藪の中」の設定と同じである。だがこの「病院の中」においては、最後にちょっとひねったオチが出て来て、なるほどと思わせるものがある。但し、正直なところ、私としてはこの最初の作品が 7作の中で最も面白かった。ほかにはミステリー仕立てあり、現代社会の問題点と向き合う作品あり、またユーモラスな作品もあるが、描写が必要以上にグロテスクであったり、設定が重すぎたり、またなんとも取りつく島のない悲惨な医療の現実であったりして、ハハハと笑ってすませられない要素もあれこれ出てくるのである。もちろん私はそれらの要素に意義を見出さないわけではないが、芥川という天才が描写したさらに乾いた世界、そしてその奥に潜む人間社会への絶望感というものを思うと、少し複雑な思いに捕らわれるのである。もしかしたら私は、せんないノスタルジーに浸っているのかもしれない。だが、人々をして芥川文学に立ち返らせるものは、やはりこの作家の人間観察であることを思うと、それをパロディにする試みの限界も同時に感じざるを得ないのだ。

とは言いながら、全 7編、飽きることなくスムーズに読み切ることができたことも事実。芥川を必要以上に意識しなければ、それなりに楽しめる書物であると思う。

by yokohama7474 | 2017-02-11 00:36 | 書物 | Comments(0)
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