塩津能の會 (能「樒天狗」ほか) 2017年 2月11日 喜多六平太記念能楽堂

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最近どうも、久しぶりに能を見たくて仕方がないという気持ちが強くなっていた。私は別に能に詳しいわけでもなんでもなく、以前は主として薪能などの機会に、その神秘的な世界を見たくて時々見に行っていたくらいであるが、だがまさにその神秘性には深く心を動かされるのである。もともと私は通常の演劇にも興味自体はあるのだが、クラシックのコンサートやオペラにかなり時間を取られている関係上、どうしてもそちらはおろそかになってしまう。一方で、歌舞伎や文楽という伝統芸能は、このブログでも採り上げている通り、それなりの頻度では鑑賞の機会を得ている。だが能については、以前見たのがいつであるかすらも思い出せないありさま。毎度テンポの遅さには忍耐を必要とするものの、日本人独特の美意識に則って演出される生者と死者の邂逅に、妙なる幽玄の美を見ることができる芸能は、能をおいてほかにない。そんなわけで、思い立って調べてみると、なんと便利な時代になったことであろう。全国の能上演のスケジュールを調べることができるサイトがあって、それを見ると、東京だけでも実に大変な数の上演がなされている。まず国立能楽堂の公演を調べてみたら、既にチケットは完売。そして目に付いたのがこの公演だ。目黒にある喜多能楽堂での公演。喜多とはもちろん能の一派。観世、宝生、金春、金剛の四座のうち、金剛から江戸時代に分かれた流派である。私の知識はその程度で、それぞれの流派の違いなど理解していないのだが、喜多流については明確にひとりの名前を思い浮かべることができる。14世 喜多六平太 (きた ろっぺいた 1874 - 1971)。人間国宝であり文化勲章受章者でもあった、偉大なる能楽師。
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今回私が能を鑑賞したのは、この第 14世喜多六平太の名を冠した能楽堂である。目黒駅から徒歩 7分の距離にあり、ドレメ通りという面白い通りを通って行く。これについてはまた後ほど記すが、能楽堂の入り口はこのようなシンプルな作り。
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そして今回の演目は以下の通り。
 舞囃子「白楽天」 : 大槻 裕一 (おおつき ゆういち)
 舞囃子「天鼓」 : 塩津 圭介 (しおつ けいすけ)
 能「樒天狗 (しきみてんぐ) : 大槻 文藏 (おおつき ぶんぞう) / 塩津 哲生 (しおつ あきお)

「大槻」姓が二名に、「塩津」姓が二名。私も調べて知ったのであるが、大槻文藏は 74歳。大阪出身の観世流の能楽師で、紫綬褒章受章者。大槻裕一もやはり大阪、観世流の弱冠 19歳。文藏の芸養子である。一方の塩津哲生は喜多流の能楽師で 72歳。彼もまた紫綬褒章受章者である。塩津 圭介は彼の長男。つまりこれは、観世と喜多という異なる流派が合同で開催する催しなのである。なんといってもメインは後半の、75分を要する「樒天狗」である。これは 1464年に足利義政の後援を受けて (古い!!) 京都で開かれた勧進能の演目のひとつであったが、それ以降、歴史上の記録にある上演はあと一度だけで、1994年に復活上演されるまで長らく忘れられていたらしい。昨年大阪で観世流・喜多流の合同で上演され、今回はその時の上演から二人のシテが役柄を入れ替えての東京公演となる。

一言でまとめてしまうと、この「樒天狗」、大変面白かった!! 能らしく亡霊や物の怪が登場するので、そもそも私好みの内容なのであるが (笑)、それにしても救いのないストーリーなのである。つまり、以下のようなもの。京都の愛宕山を通りかかった山伏が、折からの雪がやむのを待っていると、高貴な姿の女性が一人で樒 (しきみ、折るとよい香りがするので仏花として使われる) の花を摘んでいるのを見る。ところが夜になってもそれを続けているので、山伏もさすがにこの世の人ではないと気づき、素性を尋ねたところ、六条御息所 (ろくじょうみやすどころ) とも呼ばれた白河天皇の娘であるという。彼女は自らの美貌に慢心したため、その報いで魔道に堕ちたと語る。入れ替わりに現れた木の葉天狗が彼女の過去について語ることには、太郎坊という愛宕山に住む天狗が彼女の命をわずか 21歳で奪い、魔道に引き込んだとのこと。この太郎坊、もともとは空海の弟子の高僧であったが、破戒して天狗に化してしまったという悪い奴。そして小天狗二人を引き連れた大天狗 (これが太郎坊) が登場、六条御息所に熱湯熱鉄を飲ませるという拷問を行い、彼女は黒焦げとなるが一旦もとの姿に戻り、そして今度は鉄の鞭で叩かれて木っ端みじんになるというもの。なんともおどろおどろしくまたシュールな展開だ。これは、2013年に大阪で行われた公演の様子で、太郎坊に責めさいなまれる六条御息所。今回も同じ演出であるが、役者が異なっており、この時太郎坊天狗を演じた大槻文藏が今回は六条御息所を演じている。
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自らの美貌を慢心しただけでこんなひどい目に遭うのは誠に理不尽で、それが滅多に上演されない理由のひとつであることは確かであろう。だがこのような演目を生み出した室町時代の創作者 (世阿弥の継嗣、音阿弥が作者とも言われるが不詳) は、人間の業の深さを描くことを主眼としていて、それが日本人の感性の深いところに響いてくることは確かであろう。今回六条御息所を演じた塩津哲生はこの公演の主催者であるが、笠をかぶって舞台に現れた瞬間から鬼気迫るものがあり、能らしく緩慢な動きの中に小刻みな震えも見せ、強い印象を与えた。一方、大天狗太郎坊を演じた大槻文藏は、実に堂々たる悪漢ぶりを表現した。また、会場で配られたプログラムには作品解説が詳しく掲載されており、また、今回演出を担当した村上 湛 (むらかみ たたう) が開幕前に解説をしてくれるなど、事前に情報のなかった私でも充分に楽しむことができた。また、何より有り難いのは、プログラムに詞章が掲載されていることで、これを見ながら鑑賞することで、ストーリーを明確に辿ることができた。調子に乗って台本まで買ってしまったが、自分で謡うわけではなし、これはちょっと要らなかったかな (笑)。
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尚、六条御息所とは、源氏物語に登場する架空の人物の名である。だがこの作品において魔道に堕ちて苦しんでいる人物は実在の人で、白河天皇の娘、媞子内親王 (ていし (または「やすこ」ないしんのう) のこと。京都の六条に住んでいたので六条御息所と呼ばれたらしいが、その邸宅跡は京都の万寿寺という寺になっているらしい。この万寿寺、京都五山の第 5位という格式の高い寺であったが、その後衰退し、現在は東福寺の塔頭として小さな規模で現存している。尚この媞子内親王は、皇女が幼少の頃に伊勢神宮に数年間仕える制度である「斎宮 (さいくう)」にも籍を置いていたという。私は数年前に、松阪と伊勢の間に位置するこの斎宮跡 (最近発掘調査・研究が活発に行われている) を訪れたことがあるので、早速斎宮歴史博物館で購入した冊子を手元に持ってきて調べると、あ、ありましたありました。ずらりと並ぶ斎宮皇女の中に、この媞子さんの名が。こういう資料を見ると、能のモデルがぐっとリアリティを増しますな。
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さて、今回、この「樒天狗」に先立って前半で上演された 2演目は、舞囃子 (まいばやし) とあるが、これは何かというと、能の演目のダイジェスト版を、シテ一人が音楽と謡をバックに仮面をつけずに舞うというもの。プログラムのストーリーを読むとそれぞれに面白いが、いかんせん、こちらは詞章も掲載されておらず、耳で内容を聞き取ることはほぼ不可能だったので、舞っている役者の緊張感のみ鑑賞することになってしまった。尚、今回は狂言の上演はなし。というわけで、久しぶりの能であったが、現代人にはいささか遅すぎるテンポを享受し、限られた舞台装置をイマジネーションで補うことで、幽玄の世界がまさまざと見えたのは嬉しかった。これを機会に、また出かけてみたい。クラシック音楽に占領されていない日程を探す必要はあるが・・・。

ところでこの喜多能楽堂のあるあたりは、なかなかに風情があって面白い。ドレメ通りと呼ばれているが、これは専門学校「ドレスメーカー学院」の略。杉野学園という学校法人が経営している。この通りにはその学校の建物が立ち並んでいるほか、カトリック目黒教会や、アマゾンが入っている新しいオフィスビルもある。だが私の目をぐぐっと惹きつけたのはこの建物だ。
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1957年にできた建物らしい。日本最初の衣装博物館であるそうだ。中を覗くと灯りはほとんどついておらず、観覧希望者は申し出るようにと書いてあったが、今回は時間の関係もあり、パスした。そしてこの建物の前にある銅製の塔も大変な存在感なのである。由緒書によると、水戸光圀の命によって鋳造されたもので、高橋是清が自宅の庭に置いていたものを、杉野学園が譲り受けたものらしい。
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また、目黒区のサイトによると、このあたりには明治期に日本初の撮影所が作られたらしい。但し現在ではマンションになっていて、その面影は既にないとのこと。撮影所と言えば私の住んでいる大田区の蒲田が有名であるが、こんなところにさらに古い撮影所があったとは驚きだ。もっとも、能楽堂で上演されているのは、15世紀に確立した演劇。映画とは歴史が違います (笑)。もちろんこのあたり、私が大好きな雅叙園も近いし、古刹大圓寺もある。様々な文化が混淆する目黒、まだまだ尽きせぬ魅力がありそうだ。

by yokohama7474 | 2017-02-12 01:44 | 演劇 | Comments(0)
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