パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK 交響楽団 (アコーディオン : クセニア・シドロヴァ) 2017年 2月12日 NHK ホール

e0345320_22375621.jpg
NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の首席指揮者、エストニア出身のパーヴォ・ヤルヴィが、今月もまた意欲的なプログラムに取り組む。この日の曲目は、ヤルヴィの出身地であるバルト海沿岸の国の音楽による大変興味深いもの。
 アルヴォ・ペルト (1935 - ) : シルエット - ギュスターヴ・エッフェルへのオマージュ (2009年作 日本初演)
 エルッキ・スヴェン・トゥール (1959 - ) : アコーディオンと管弦楽のための「プロフェシー」(2007年作 日本初演、アコーディオン : クセニア・シドロヴァ)
 シベリウス : 交響曲第 2番ニ長調作品 43

つまり、前半 2曲はエストニアの違う世代の作品を置き、いずれも日本初演。そして後半では、その埋め合わせのように (?)、シベリウスの 7曲の交響曲の中で最もポピュラーな第 2番を採り上げる。これは大変意義のあるプログラムであろう。東京の音楽シーンをリードするべきヤルヴィと N 響のコンビにふさわしい。
e0345320_22472541.jpg
まず最初のペルトであるが、彼はその静謐な音楽によるヒーリング効果により、一時期は大層もてはやされたものだ。古いキリスト教の音楽のようなティンティナブリ (鐘) 様式と言われ、ミニマル音楽のような単純さも持ち合わせている彼の音楽は、誰でも一聴して耳になじむものだ。私は 1980年代にリッカルド・シャイーが当時のベルリン放送交響楽団 (現ベルリン・ドイツ交響楽団) を指揮した「ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌」を FM で耳にして仰天。恐らくは日本にペルトの音楽が紹介された最初の機会であったのかもしれない (今でも探せばその演奏を録音したカセットテープが出てくるはず)。その後、ギドン・クレーメルとキース・ジャレットが共演した「フラトレス」を収録した ECM レーベルの CD「タブラ・ラサ / アルヴォ・ペルトの世界」を購入して何度も何度も聴いたものだ。この種の天才は、ふとこの世からいなくなってしまうことが多いが、幸いなことに彼は、81歳になった現在でも健在のようだ。
e0345320_22581521.jpg
エストニア出身のヤルヴィにとっては母国の大作曲家。当然近い関係であろうと思うのだが、今回の演奏会のプログラムを読むと、ヤルヴィが指揮をしたペルトの作品を収めた CD を作曲者が聴いて感銘を受け、ヤルヴィに電話をして、当時ヤルヴィがパリ管弦楽団の音楽監督に就任間近であったことから、そのお祝いのために作品を書きたいと申し出たらしい。その作品が、今回日本初演された「シルエット - ギュスターヴ・エッフェルへのオマージュ」である。ええっと、ヤルヴィが指揮したペルト作品の CD なら、私の手元にもある。これだ。オケはエストニア国立交響楽団。
e0345320_23072436.jpg
e0345320_23073568.jpg
今回日本初演されたこの作品、演奏時間は 7分程度と短いものの、ペルトの作り出す音響が凝縮されている。昔の作品に比べると少し神秘性は減退したようにも思うが、弦楽合奏と打楽器という編成が自然を模倣するように思われ、ある意味で武満徹の音楽との共通性を感じさせる。もっとも作曲者の言によると、エッフェル塔 (もちろん、作曲当時ヤルヴィが主要な仕事場のひとつとしたパリを象徴する) の設計に存在する合理的構造とエレガンスが、音楽に通じると感じて作曲されたもの。今回の N 響の弦は実にニュアンス豊かに鳴っていて、曲の本質を明らかにする名演を成し遂げた。

2曲目は、やはりエストニアの作曲家、トゥールの作品。ヤルヴィより 3歳上の 1959年生まれ。この「プロフェシー」(予言の意) は一種のアコーディオン協奏曲であり、ここではエストニアの隣国ラトヴィアに 1988年に生まれた若手アコーディオン奏者、クセニア・シドロヴァがソロを受け持った。
e0345320_23221739.jpg
ラトヴィア (ちなみにこの国出身の音楽家は、マリス・ヤンソンス、ギドン・クレーメル、ミッシャ・マイスキーなど超一流揃いであり、首都リガの歌劇場は、一時ワーグナーが楽長を務めていたことでも知られる) ではアコーディオンは冠婚葬祭に欠かせない身近な楽器であるらしい。確かに彼女の演奏を聴いていると、あたかも体の一部分のような自然な鳴り方をしていて、これはなかなかに得難い才能であることは明らかだ。今回日本初演されたトゥールの「プロフェシー」は、続けて演奏される 4楽章からなり、音楽は難解ではないものの、光と影の交錯に若干戸惑う人もいるかもしれない。冒頭はあたかもリゲティ、特に「2001年宇宙の旅」に使われた「アトモスフェール」のような雰囲気だ。なかなかに深い内容の曲であり、印象に残る熱演であった。そしてシドロヴァが弾いたアンコールは、キューバの作曲家エルネスト・レオクーナ (1896 - 1963) の「マラゲーニャ」という曲。この題名は、スペインのマラガ地方の舞曲を指すらしい。マラガは私も訪れたことがあるが、あのピカソの出身地である。この曲はポピュラーソングのようなタンゴのような、またバロック音楽のような面白い曲。N 響の定期演奏会でこのような刺激的な曲が聴けることは大変に嬉しいことだ。

後半に演奏されたシベリウス 2番も、実に瞠目すべき名演であった。N 響はパーヴォの父でやはり名指揮者のネーメ・ヤルヴィの指揮で 2014年 4月にこの曲を演奏しており、記憶の中に息づいているその演奏は、終楽章で音が爆裂的に鳴り響く凄演であったが、パーヴォの指揮はより端正で知的である。いつもの通りその長い腕を駆使した見通しのよい演奏であったが、今回改めて思ったことには、音が強く鳴り響く箇所ではオケの力を解き放ちつつ、一転して沈黙に入ると極めてスムーズにその次元に移行する。そしてまたギアを入れ換えて次のクライマッスクに突進する。この曲の終楽章は延々と続く坂道のようにできていて、途中で息切れする演奏にも出会うことがあるが、ヤルヴィの巧みなドライヴによって、若きシベリウスの情熱がストレートに立ち昇ることとなった。N 響は指揮によく反応していて、このコンビが今後向かうであろうさらなる高みを予感させるもの。このような音楽を聴けるなら、やはり N 響は日本一のオケである。

パーヴォ・ヤルヴィの名前は、フィンランドの名指揮者パーヴォ・ベルグルンド (1929 - 2012) に因んでつけられたものらしい。私は彼の実演に接することはできなかったが、左手で指揮をするという特徴もさることながら、3度に亘るシベリウス全集という素晴らしい成果を残したことで歴史に名をとどめた。私は彼とヘルシンキ・フィルによるシベリウス全集でこの作曲家に親しんだので、ベルグルンドには特別な思い入れがある。日本でこれからさらなる活動を展開してくれるであろうもうひとりのパーヴォも、幅広いレパートリーの中で、今後シベリウスを積極的に採り上げて行って欲しいと思う。その創作活動には謎めいた部分のあるシベリウス。整理された音響による新たな発見を期待したい。作曲者もきっと楽しみにしていることだろう。
e0345320_23514802.jpg

by yokohama7474 | 2017-02-12 23:54 | 音楽 (Live) | Comments(0)